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執筆者

内田 又左衛門

大学時代(京大、UC Berkeley)から農薬の安全性研究に携わる。現在は農薬工業会事務局長、緑の安全協会委嘱講師。日本農薬学会会員

農薬の今

農薬は安全か?

内田 又左衛門

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<編集部注:筆者のプロフィールは、執筆当時のものです>

 福島第一原子力発電所が漏出する放射能の問題は、今でも解決していませんが、今回から農薬の安全性をテーマに説明します。ご意見やご質問がありましたらお寄せいただければと思います。

 「農薬は安全か?」とよく問われます。実はこの質問、とても曖昧で、答えるのが難しいものです。何故このように聞いておられるのか良く判りません。果たして、この世に「完璧に安全で、危険の可能性がないもの」があるのでしょうか。

●自動車は安全か

 例えば「自動車は安全ですか?」と聞かれたら、あなたはどのように答えますか。止まっている状態であれば自動車には危険はないかもしれませんね。しかし直射日光の下で車内に赤ん坊や幼児を放置したりすれば非常に危険です(幾度も熱中症事故がニュースになった)。また東日本大震災時のように津波と一緒に流れている自動車は見るからに凶器です。運転時でも、安全運転を心掛け実践している場合と、逆に飲酒運転やスピード違反の場合では、安全・危険の答えが違ってきます。

 このように、すべてのものは安全と危険の両方の可能性があります。まだ起こっていない「危険」をリスクと言いますが、このリスクを認識し未然に防止することができれば実際上の問題はないことになります。リスクを抽出し、評価し、管理する手法がリスクマネジメントで、ほとんどの安全対策で、この手法が採用されています。

 例えば自動車ではリスクマネジメントとして車検、道路交通法、信号、道路標識、自動車免許、安全運転講習会、監視カメラや覆面パトカー等による取り締り等があり、更に法令遵守を動機付ける為に罰則もあるのです。実際、今でも年間数千人が交通事故で亡くなっています。リスクは極めて高く、保険が重要なリスクヘッジとして必要になっています。

● 農家の99%以上は適正使用している

 農薬も同じで、製品が適正に管理され接触や摂食の程度が許容範囲に留まれば安全です。農薬は作物保護の為の必須資材として使用されていますが、ごく微量、収穫物に残留しヒトの口に入る可能性があります。その為、リスク評価、リスクマネジメントそしてリスクコミュニケーション(食品の場合三つを合わせて特にリスク分析と言う)が厳格に実施されています。

 リスク評価では、毒性の種類や強さ、また使用方法やヒトに対する暴露(摂取)量から農薬使用基準、ADI(一日摂取許容量)、更には残留基準を設定しています。
 リスクマネジメントとして、農薬取締法を制定し周知徹底、すなわちラベルをよく読み、農薬使用基準を遵守し、注意事項に留意して、適正な保護具を付けて作業することになっています。また農薬を使用した後は、作業内容や確認事項を記録します。
 リスクコミュニケーションでは、農林水産省は毎年4-5千農家の農薬使用状況を監査し、99%以上は適正使用であることを確認しています。何でも完璧はありません。ここでも、ごくわずか(0.3-0.4%程度)の適用外や不適正使用があり、国や都道府県は指摘・指導をしています(監査結果は農林水産省ホームページに公表)。

 また農産物中の残留農薬も分析して問題ないと確認しています。2009年度は2例で僅かな基準値超過がありましたが、食べても健康に影響が及ぶものではないレベルでした。また食品安全委員会等の行政、学会、さらには農薬工業会、全国農薬協同組合もリスクコミュニケーションを実施しています。

●リスク分析が、十分に行われている

 農薬のリスク分析は、農薬登録時に十分検討されています。農薬の種類によっては、毒性に強弱があり取扱いや使用時注意事項も違いますが、一般的に言えば、農薬製品を希釈して散布液を調整する時は、原液を扱いますので手袋やメガネをしなければ、危険な場合があります。すなわち農薬もすべての場面で安全とは言えません。しかし、食品中の残留農薬は食べても危険なものではなく、安全と考えて良いモノです。以上のポイントをまとめたのが次の図です。

chemical ある農薬(図中のピンクの枠)、たとえば殺虫剤、の製品を考えてみましょう。その製品の含量が50%とすると、1リットルに500g、すなわち50万mgを含みます。したがって50万ppmになります。これを飲んだりしては決して安全とは言えないものです。しかし1,000倍希釈した散布液は500ppmです。これを散布した作物では更に1桁程度低くなります。もちろん作物の状態で変わります。

 散布後は、代謝や光分解等で速やかに分解します。また、作物の生長や肥大により希釈されます。その結果、収穫時には農薬残留基準、この農薬の場合は0.2ppmですが、これ以下の濃度になります。実に農薬製品の百万分の一以下の濃度です。食事として口に入れるまでには、さらに洗浄、分解等をうけて、低くなっています。図中のグリーンゾーンのものは、健康被害の恐れはないものと判断でき、食べてもまったく問題ないものです。

 冷凍餃子事件や事故米で有名になったメタミドホスは、日本では農薬としては使われていませんが、基準は有ります。これを例に判断してみます。中国での農薬製品は30%でしたので、30万ppmで、極めて危険で取り扱いには厳重な注意が必要です。しかし白菜の残留基準は2ppmで、このレベルではメタミドホスといえども食べて安全で全く問題ありません。逆に餃子での濃度は2万ppmでした。これは農薬として散布したものでないことはすぐ分かります。もちろん残留農薬ではありません。リスクも相当高いものです。このように感覚的でなく、内容、特に濃度、で判断すると結論が変わります。農薬製品と食品中の残留農薬はまったく次元の異なるモノであり、前者は時には危険が伴うが、後者は食べても安全であると言えます。

● リスクのトレードオフ

 リスクは完全にゼロにはできません。また、無視できるレベルのリスクを更に無くそうとすると、リスクトレードオフ(交換)が起こります。別の予期しないリスクが生じるのです。食べても安全なレベルの残留農薬を心配して、無農薬栽培や有機栽培農作物に拘る方がおられます。ところが、無農薬や有機栽培の農作物がより安全、より健康に良いとは言えないことが判明しています。

 元来、作物は天然の毒素を含んでおり、外敵を防ぐように進化してきました。害虫や病原菌等の外敵の攻撃があると、天然毒素のレベルも増加することが判ってきました。この毒素はアレルギーを引き起こす他、セロリーでは有機栽培農家の皮膚に障害を起こすこともあるようです。
ひとつのリスクだけに注目し、その削減を考えた行動は、リスクのトレードオフが常に起こりますので、総合的に判断すべきと思います。

(次回に続く)

執筆者

内田 又左衛門

大学時代(京大、UC Berkeley)から農薬の安全性研究に携わる。現在は農薬工業会事務局長、緑の安全協会委嘱講師。日本農薬学会会員

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