科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

一週間後にしかわからない残留農薬検査は意味がないか?

斎藤 勲

キーワード:

 本来はこの記事は2月にさらっと書くべきことであったが、夏かと思われる季節になってやっと書いている。発端は、FOOCOM.NET編集長の松永和紀さんが1月29日発行のメールマガジン第186号に書かれた「どうも引っ掛る宮崎県の機能性研究」だった。宮崎県総合農業試験場の安藤孝部長との交流について書かれている。安藤さんは残留農薬や栄養・機能性成分の一斉分析技術の開発に携わり、短時間で分析できる方法を確立した。島津製作所が同県との技術連携に踏み切り、今年1月には高速・高分離分析を全自動化したシステムを開発したとして、プレスリリースを出している。

 メールマガジンでは、安藤さんが1994年、工業試験場から農試に移った時(安藤さんは工学部卒)、「有機溶媒をたくさん使ってやる公定法を研究補助の女性たちに強いてはいけない。一週間後にしかわからないような検査結果では農業現場では活かせない。何とかしなければ」と思われたことが紹介されている。松永さんは、感激したそうだ。これを読んだ時、感じたことが二つあった。

(1)「有機溶媒をたくさん使ってやる公定法」

 現場が長いと感性が鈍るというか、そういうものだと思っている。私も40年前に衛生研究所に入った頃は、残留農薬検査で1検体あたり数百ミリリットルのいろんな有機溶剤を浴びるように?使っていた。10検体なら数リットル。夕方になると、肉体労働の疲労感とジエチルエーテルの臭いが呼気からするのである。消火器も2,3回使用した。それが今日も仕事をしたなあという労働者としての満足感でもあった。

 鉛、カドミウムなどの金属分析では硫酸、硝酸を大量に使うので、室内のステンレスの部分は大半がさびていた。そんな環境では、安藤さんが言うように補助職員の方に強いてはならないという感覚はなかなか育たず、別のというかノーマルな環境の意識を持った方が入ってこないと変えることはできない。当時は作業者の健康にかかわる労働安全衛生という観念はあまり持ち合わせていなかった。そんな私が、労働衛生学の有害物の健康影響指標としての生物学的モニタリングの仕事も始めるのは奇妙だが。

 その後、当然のことながら実験環境は劇的に改善し、今ではそんなことがあったんですかと言われてしまうだろう。安藤さんの話を読んで感じるのは、きっかけを作る人の大切さと外部からの常識を導入することの重要さである。

(2)「一週間後にしかわからないような検査結果では農業現場では活かせない」

 この言葉はまさに農業現場に直結した試験場だから感じる実感である。当時の衛生研究所というか厚生省サイドでは、食品衛生法に定められた規格基準に流通商品が適正であるかを検証することが目的で、年間計画を予算内で立てて、それに基づいて食品衛生監視員がお店や市場などでサンプルを収去してくる(お金を払うのではなく収去伝票を渡す!)。

 当時は今のようにポジティブリストではないので、残留基準値が多くはないが、行政検査では基準値の適否にミスは許されないので、当然丁寧な?手の込んだ有機溶媒をふんだんに使う分析法を行っていた。残留農薬検査でいえば、有機塩素系農薬や有機リン系農薬等、残留性が高い、毒性が高い農薬を中心とした基準であり、基準超過は年に1,2回くらいの頻度であった。

 大部分の微量に残留するいろいろな農薬を俯瞰的に検査するのが、いわゆるモニタリング検査である。モニタリング検査のポイントは経時変化である。年単位でどういった食品がどのように変動していくのか、環境動態との関連は? 等食品に係るダイナミックな部分が関心事となる。

 そこには当然翌日に検査結果を出して生産者にフィードバックして、消費者に安心してもらえる農産品を届けるといった視点はない。衛生部サイドと農水サイドの違いと言ってしまえば、お役所的で身もふたもないが、それが現実であった。

 しかし、2000年以降残留農薬問題が国内、海外を含め話題になり、法律も変わってくるとそうも言ってはいられない。迅速多成分一斉分析が厚生労働省サイドでも普通になった。迅速+多成分+一斉に分析する。理想的な方法である。しかも、当然それなりの精度がすべての結果に求められてくる。30ppmにも0.02ppmにも同様に。すべての検体、すべての農薬を適正な数値で出す。正直なところ無理だ。しかし、こんなに高額な機械を買ってやったのに、どうしてもっと早く結果が出せないんだ! と有形無形のプレッシャーの中で、現場担当者は無理を承知で日々奮闘している。

 現実的な対応としては、すべての結果を翌日、翌々日に出すのはなかなかむつかしいが、基準超過かどうかの危ない農薬は最初の分析データからある程度推測可能なので、そのデータだけ先ず確認して先に予備報告を挙げておき、優先的に分析を行い処理し、その他大勢の問題のない農薬は落ち着いて解析する方法が、現実的には一番良い方法だろう。依頼する側と検査部門が相互にその緊急対応の仕組みを決めておけばよい。

 全部の正式な結果が1週間後でも2週間後でもそれならば大きな支障はなく、タイトルの「1週間後にしかわからない検査結果」でも、緊急性のある場合にも対応でき、モニタリングデータとして蓄積し、食料供給の背景にある健康影響リスクを科学的に検証していく地道な仕事が続けられている。
 残量農薬分の意味と目的を考えながら検査の組み立てを見ていけば自ずとそのやり方は決まってくる。見えないものを見える化することの大切さを感じながら。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。