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執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

今年は、残留実態に基づく農薬のリスク評価・議論ができたら

斎藤 勲

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 昨年9月のコラムで「悲喜こもごもの台湾向けミカン」として愛媛県と愛知県の輸出事例について触れた。しかし、愛媛県が輸出を再開したのはハウスミカンだけで、まだ露地物は難しいとのこと。ドリフト等圃場管理を含めいろいろ大変なのだろう。

 台湾での違反の農薬の中に、2016年6月の結果では、ミカンでジノテフラン0.23ppm(不検出)の他にメチダチオン1.5ppm違反(全果で検査、基準1ppm)がある。メチダチオンは2014年にも1.4ppm残留で廃棄処分された。その際、海外では使用されなくなった農薬を日本だけが使っており、毒性も強く、違反になった残留濃度で急性毒性を評価するとARfD(*) の1.35倍、乳幼児では3.8倍にもなる危険な農薬として話題になった。
実際のところはどうなのだろう。

●ミカンのメチダチオンの国内暫定基準は5ppm
 メチダチオンという農薬は、およそ半世紀前に現シンジェンタ社が開発発売した有機リン系農薬の1つである。メチダチオンは、別名DMTPという名前でも使われており、商品名はスプラサイドとしてなどに長く使われてきた。海外では使用量減少などもありシンジェンタは製造販売をやめることとしたが、日本国内で柑橘、果樹での根強い需要があり2012年JA(全国農業協同組合連合会)が登録、製造、販売の権利を得てクミアイ化学から販売されている。乳剤40%と水和剤36%が主に販売されており、カイガラムシ防除などに使われる乳剤は静岡、和歌山、愛媛、熊本、鹿児島等柑橘生産県で出荷が多く、アブラムシ・カイガラムシなどに使われる水和剤(リンゴ、ナシ使用可)は青森、他に山形、和歌山などと、剤形によってはっきりと使用実態が出荷実績(農薬要覧2013)に反映し興味深い。

 メチダチオンは2006年にポジティブリスト制度がスタートするまで食品衛生法の残留基準は設定されておらず、環境省が農薬登録時に設定している登録保留基準(現在は残留基準を準用)でミカン(果皮を除く)0.2ppm、それ以外の柑橘5ppm、野菜0.1ppm等の基準が決められており、ポジティブリスト設定時に、海外との基準の整合性も加味して暫定基準が設定され、ミカン・柑橘では5ppm、りんご0.5ppm、ナシ1ppm、主な野菜類0.1ppm、主な果樹類0.2ppmとなっている。登録保留基準ではミカンは果皮を除く形で、他の柑橘は全果で検査するので、残留が主である果皮を含まないミカンは基準値が小さな値となっていたが、海外基準(ミカンは5か6ppm、柑橘2ppm等)ではミカンは皮をむいて検査しないので高い基準となっている。そのあたりも考慮して暫定基準では他の国内基準の5ppmに暫定的に統一されたのだろう。だから通常のメチダチオン使用方法ではミカン果肉残留は0.2ppm以内に収まるということである。

●ARfD(急性参照用量)を計算すると…
 次に1.4ppm残留していたミカンを食べた時の急性参照用量ARfDを計算してみる。式は
短期推定摂取量(㎎/kg)=〔1ユニット可食部重量(0.096kg)×残留値×3+(最大摂取量-1ユニット可食部重量)×1.4〕÷各食品の摂取者の平均体重
(ユニットとは通常摂取する農産物の平均的な1個当たりの重量 )
(最大摂取量は一般(53.7kgで309.4g、幼少児(1-6歳)で264gを使用として計算する。この時子供の体重は大人の3分の1位であるが、食べる量は大人の85%位と短期推定摂取量は大人の3倍位高い値となることに注意)
となる。

 これで計算して、メチダチオンの急性参照用量0.01㎎/kg/日(JMPR1997、日本ではまだ設定なし)と比較すると、2014年の頃言われていたように大人で急性毒性の指標であるARfDの1.3倍、幼少児で3.8倍と危険ではないかという値になる。EFSA(2010)も、「現在の残留基準では柑橘類、仁果類ではARfDを超過してしまうが、ミカンの皮をむいて食べた時の実際の暴露は計算よりかなり低いことが想定され、EFSAは確かな剥離係数による実データを持っていないので過大に見積もっている可能性があり、適切な最大残留量や剥離係数(peeling factor)を使って再検討する必要がある」との見解である。メチダチオンはEUでは実際に使用していない農薬なので、海外から輸入するものでの残留評価となるとそれほど積極的には行われず、ただMRL最大残留値に低い値を入れて、当面は様子見という話にもなる。

 2006年米国環境庁EPAがメチダチオンの暫定再登録適格性決定IREDsで、「柑橘での残留は果皮に限定されており、加工工程で皮をむいた果実やジュースでは非常に低い濃度となる。急性摂取暴露評価では99.9% タイルの暴露量で女性14%~64%乳児(1歳未満)と、急性摂取暴露はEPAが関心を持つレベルを超えていない」と報告している。

●日本におけるデータは
 では日本におけるみかんの残留分析データを見てみよう。
 まず、メチダチオンはLogP(水に溶けるかどうかの係数)は2.2で100倍位油に溶けやすい農薬のため、柑橘では果皮のワックス層や清油成分に留まり内部には入りにくいという性質をまず理解しておこう。
 「食品安全性セミナー3:残留農薬(上路、永山執筆:2002年 中央法規出版)」では、市販品4件を果皮・果肉で見てみると果皮には0.14~1.5ppm残留したミカンでも果肉は全て検出せず(0.005ppm未満)、すべて10分の1以下の数値であった。平成17,18、19年の農林水産省の「国内農産物における農薬の使用状況及び残留状況調査の結果について」では、ミカンを221件検査して1検体からメチダチオン0.01ppm検出、他は検出せず。千葉県(1984年)調査では、ミカンではないが輸入レモン4検体で果皮に91.7~98.5%、果肉に1.5~8.3%残留していたという報告がある。

 私たちの検査でもミカンの可食部分の検査では、ほとんどの農薬は検出されたことがないのが実情である。むしろ検査で気を付けるのは果皮と果肉の濃度があまりに違うので、果肉部分を処理する際の包丁やまな板、作業者の手に皮むきで付いた精油中農薬などからの汚染を十分注意して検査する必要がある。
 そういった面では、最初に設定された登録保留基準の0.2ppmは理にかなった数値であり、この数値で先の短期推定摂取量を計算してみると、一般ではARfDの19%、幼少児では55%とARfDを十分下回っており、ミカンの場合極端な食べ方でも大丈夫だろう言うのが実際のところである。

●皮をむいて検査するかどうか、実態に近い議論を
 分析する部位が食べるところと同じ場合はそのままの計算で良いのだが、通常皮をむいて食べる柑橘類、りんごは皮ごと食べる人が多いが日本ナシは多分皮をむいて食べる、キウィは皮をむいて検査するがバナナ、アボカド、マンゴを初め熱帯産果実、枝豆等実際は食べない部分も検査しているため残留濃度がかなり高いものも結構あり検討する必要がある。

 急性参照用量ARfDは実際に食べて健康影響があるかどうかを評価する数値の基であり、無毒性量に安全係数をかけたものであり、これを超過したからといってすぐに健康影響があるわけではない。しかし、一度にたくさんの農産物を食べたらという実際的な評価で関心が高い部分でもあるので、調理加工係数が係る食材では、加工係数やそれぞれの人の食べ方などそのあたりを考慮した数値で計算して、実際に近いリスク管理をしないと、ただただキャー怖いという話になってしまい、まともな議論ができなくなる状況は避けたいものである。

*急性参照用量(ARfD:acute reference dose)
ヒトがある物質を24時間又はそれより短い時間経口摂取した場合に健康 に悪影響を示さないと推定される一日当たりの摂取量

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。