科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

EUからの手紙 卵のフィプロニル

斎藤 勲

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 昨日、島津ヨーロッパから宣伝メールが届いた。

Fipronil in your breakfast- eggs & honey?

 今欧州で話題となっている農薬フィプロニルが、島津の分析機器LC/MS/MS8060で高感度に測定できますよというもの。商売上手。

 オランダの卵にフィプロニルが検出された件について、適切な情報は8月8日付の畝山智香子さんの、“食品安全情報blog”を読んでから、いろいろ考えてほしい。卵からの検出された濃度は0.003~1.2ppm程度で、もし1.2ppmの卵を子供が食べた場合、イギリスの子どもの97.5%タイル摂取量データでは急性参照用量(ARfD)の1.66倍になるとのこと。日本での卵の残留農薬基準は0.02ppm。

 このフィプロニルは以前からいろいろと話題を提供している農薬である。私も2012年12年26日のこのコラム「中国産ウーロン茶農薬基準超過の検査内容」に書いている。中国から輸入したウーロン茶のティーバックなどから、残留農薬基準(0.002ppm)を超えるフィプロニルなどが検出され、回収廃棄された事件であった。中国では殺虫剤として広く使用されていた。

 日本でも従来の剤では抵抗性を持った害虫に有効な薬剤で、特に稲の育苗箱処理剤として初期のウンカやメイガなど、水稲の初期防除によく使用された。しかし、水田土壌に吸着したフィプロニルは、今話題のニオニコチノイド系農薬よりも水生昆虫の生育に影響しており、トンボなどの減少の一因ではないかとの指摘もある。フィプロニルはフェニルピラゾール系殺虫剤で、ネオニコチノイド系農薬とは作用機作も異なる農薬である。

 フィプロニルは農薬以外にもいろいろ使われている。特に大手の家庭用ゴキブリ駆除剤ではよく効く成分として使われており、また愛犬などのノミ、シラミ除去などに首の背中側に薬剤を滴下してやるとしばらく有効という薬剤も市販されている。実は身近な薬剤なのである。

 今回の事件は、鶏飼育の現場での使用は認められていないフィプロニルを、駆除業者が鶏飼育場で使用したらしい。それが卵や鶏肉を汚染したのだ。100万個単位で鶏卵が廃棄されているという。香港でもオランダから輸入した卵から0.02ppm以上のフィプロニルが検出され、販売中止を指示したという。

 日本の食品安全委員会は、2016年4月にフィプロニルの評価結果を厚生大臣に通知しているが、1日摂取許容量は0.00019㎎/㎏体重/日、急性参照用量を0.02㎎/㎏体重/日としている。日本では、EFSAが今回の卵の摂取で健康影響評価に使っている急性参照容量0.009㎎/㎏体重/日よりも大きい値となっている。

 ドイツのドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)の説明では、1.2ppmの卵を食べた時、1日あたりのイギリスの子ども(体重8.7㎏)の摂取量データを見てみると、97.5%値は108g(㎏体重当たり)なので、1日約1㎏近い卵を食べるということになる。卵1ダース以上食べることになる!その量を食べると0.0149㎎/㎏/日のフィプロニルを摂取することになり、ARfDが0.009㎎/㎏体重/日の166%という計算となる。ほかのドイツの摂取モデルでは2-4歳の子供でArfDの72%、大人は26%という計算結果も示している。しかし、特殊な例とはいえARfDを超える事例もあるとなると、当局はなかなか対応に苦慮している。

 日本では、急性参照用量ARfDが0.02㎎/㎏体重/日なので、イギリスの子供(体重8.7kg)の摂取量でも74.5%となり、一過性の安全性は保てているので落ち着いての対応となるだろう。
 この報道をtoxic egg 「毒卵」という言葉で情報発信することは控えてほしい。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。