科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

ADIとARfDの対応ミス1

斎藤 勲

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 日経BPFoodScienceが終了して1年が経過する。今回WEBSITEフーコムがスタートし、私も書く機会を与えていただいた。感謝。残留農薬分析に直接かかわることというよりも、そこに現れてくる事象の背景のようなものを紹介できたらと思っている。

 それはともかく、3月11日の東北関東大震災以来大変な状況に日本は陥っている。それに伴う未曽有の原発事故、スリーマイル島事故を超えたレベル6ともいわれる規模(そういえばスリーマイル島の時は建物があった)になっており、まだ収拾の目処がつかず心配尽きないところである。今起こっている原発事故の対応も、本当は私たちが最初の時点で腹をくくらなければいけなかったかもしれない。相当シビアな状況であった事故に対して、原子炉からの環境への早急な一時的放出、注水による対応。食品や水への環境汚染は覚悟し、短期的曝露指標から推定した基準で対応し、一時的には高い値を我慢してでも、早急な大胆な対応が必要であったかもしれない。
 地震直後には4つあった建物が今では無残な姿となってしまっている。炉心燃料棒水低下による皮膜酸化で水から水素が発生し1号炉建屋爆発崩壊、3号炉建屋も爆発崩壊、使用済み燃料も実は危ない、4号炉建屋爆発、2号炉も汚染が激しい、高い放射能のたまり水の作業してβ線やけど、次々と出てくる事実、変化する状況、まるで悪夢を見ているような光景である。

 その結果は、食品や水にも被害が及び連日問題となっている。暫定基準(規制値)違反があちこちで見つかり出荷停止される時、必ず言われるのは「食べても直ちに健康に悪影響はない」という言葉だ。飲用水で放射性ヨウ素131が100ベクレル/kgを超えた水は、1歳未満の乳児が飲むのを控える(実際は飲むなと言っている)よう呼びかけており、その場合も「長期にわたって飲み続けなければ問題ない」「代替飲料水がない場合には飲用しても差し支えない」と説明されている。良く分からない説明だから、ミネラルウォーターがあっという間になくなった。

 このセリフどこかで聞いたことがある。そうだ、残留農薬の基準値違反の時の説明と一緒ではないか。最近の事例では、3月2日付の厚生労働省発表でアセフェート(有機リン剤で家庭園芸でもよく使用される一般的な薬剤)の残留基準違反によりメキシコ産アボカド及びその加工品が検査命令になったことを伝えている。生鮮アボカド中アセフェートが基準値の2倍超過したためである。アボガドには残留基準値は設定されていないので一律基準0.01ppmが適用され、0.02ppm(基準の2倍と表現される)でも違反となるのである。厚労省は、食べたとしても安全な説明として「体重60kgの人が、毎日7.2kgのアボカドを食べ続けてもADIを超えることはなく健康に及ぼす影響はありません」とし、更に親切に、「セロリは10ppm、みかんは5.0ppm」と教えてくれている。つまり、基準のある品目は一律基準の1000倍や500倍という全く別次元の基準になっていますよ、と安全性を強調する説明がしてある。
 だったらどうして回収するの、という話にもなる(厚労省報道発表資料)。

 もっと正確にいえば、検査は種子を除いた皮つきの状態で行うので、皮をむいて食べれば農薬摂取量は大幅に減る(ただし、アセフェートの場合、土壌に残留していて根から吸収されたのなら話は別、皮をむいても減らない)。1日摂取許容量ADI(毎日一生涯食べ続けても健康影響が見られない量)に届くためには更に何倍も食べる必要がある。大きいアボカドで全体で300g位か、食べるところは200g弱だろう。そんなものを30個、40個毎日食べたら、それこそアボカド中毒になってしまうだろう。この回収廃棄の実態、何とかならないものなのか。

 次元の違う話ではあるが、今回の放射性物質の汚染と残留農薬の基準違反に共通しているのは、長期摂取を前提に検討し基準として設定した数値を、短期又は一過性の問題の部分に持ち込んで無理して評価している矛盾がそのまま露呈しているのだ。だから、違反⇒回収廃棄⇒でも大丈夫?という法令は順守しているが、論理不明な説明となる。
 残留農薬に関して言えば、一口食べた量でADIを超えてしまうような濃度は回収廃棄すべきだが、一律基準超過の様な場合、本来はイエローカードでどうしてそういったイレギュラーの状態が起こったか調査報告義務を負わせて様子を見る位が後々のためである。特に、0.05ppm以下の微量残留値の場合、ドリフト等圃場での散布とは限らない場合も含まれるからである。

 ADIで評価するのが妥当なのは、事故米を毎日食べるとか、土壌中金属の高濃度汚染による作物影響等が出ているのに日常的に食べなければならない、というような状況だろう。急性指針値ARfD(一時的な摂取を評価するための1日摂取量基準)による評価が当たり前になるよう早急に整備していく必要がある。日本では設定が遅れているが、実際の基準超過は、ほとんどの場合はARfDでの評価判断であろう。そのことについては次回説明する。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

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新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。