科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

国産茶葉とスリランカ紅茶葉 ネオニコチノイド系農薬は?

斎藤 勲

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今年の3月から6月にかけて週刊新潮に掲載された「『食』と『病』特集、実は『農薬大国』ニッポン(ノンフィクション作家奥野修二、本誌取材班、7回+番外編)」の記事に、北海道大学獣医学部池中良徳先生たちの論文「スリランカの紅茶葉と日本の緑茶葉におけるネオニコチノイド殺虫剤及びその代謝物の汚染」が紹介されました。この論文をもとに、茶葉のネオニコチノイド系農薬についてまとめてみました。

●検出された農薬は残留か、汚染(コンタミネーション)か?

まず、タイトル文頭の汚染(Contamination)という言葉が気になった。食品(食物)に微量に存在している農薬は、残留(Residue)しているのか、それとも汚染(Contamination)されているというべきなのか?それぞれの考え方の違いが反映される部分でもある。

茶の栽培に必要なものとして散布される農薬は、当然のことながら使用方法や使用時期などが定められており、収穫された乾燥茶葉には残留基準mg/㎏・ppmが設定されている(通常残留基準は生の状態のものが多いが、茶の場合は蒸して揉んだ後なので水分含量は10分の1以下になり濃縮されるため、残留基準は高めとなる)。その農薬が茶葉から検出されたならば、それは残留(Residue)という表現が適切で、汚染(Contamination)ではないと思う。

たとえば2006年、北海道で発生したかぼちゃから30年以上前にビート栽培で使用されたヘプタクロルが土壌残留していて、ウリ科植物は塩素系農薬を吸収しやすいので基準値を超過して違反回収した事件があった。この事例はまさに汚染(Contamination)だろう。

農薬は、その農産物を生育するうえで必要な農業資材として、収量・品質確保の面だけでなく、過酷な農作業を軽減するためいろんな場面で使われている。当然、茶の栽培にもいろいろな農薬が使われるが、輸出用の散布を考えるとなかなか苦労が絶えない部分がある。詳細は農林水産省が作成した以下の 輸出相手国の残留農薬基準値に対応した日本茶の病害虫防除マニュアルが参考になる。

●国産茶葉で検出されたネオニコチノイド系農薬 ADIに対する割合は十分に低い

池中らの論文では、国産の緑茶茶葉とペットボトル飲料について分析結果が示されている。国産茶葉で検出されたニオニコチノイド系農薬は、ジノテフランは最高値3.0ppm、中央値0.27ppm(基準値25ppm)、チアクロプリド同0.9ppm、0.007ppm(30ppm)、チアメトキサム同0.65ppm、0.013ppm(20ppm)など、ネオニコチノイド系7農薬のうち、ニテンピラムを除き検出率67~100%である。ジノテフランがほぼすべての茶葉から残留値の一番高い数値で検出されており、日本の茶ではよく使用されている状況が読み取れる。

ペットボトルのお茶からも78~100%の頻度で、ジノテフラン、チアメトキサム、チアクロプリド、クロチアニジン、イミダクロプリド、アセタミプリドが中央値で<0.001~0.17ppm検出されている。ネオニコチノイド系農薬は水溶性が高いのでお茶に移行しやすく、茶葉4gを使って200mlのお茶を作るとすると50倍くらいに希釈されるので、レベル的にはそのような数値だろう。

論文では、茶葉を食べた場合の安全性評価もしている。もし、体重大人57㎏、子供16,2㎏の人で最大残留濃度の茶葉35.7g、16.2g(97.5%タイル:100人いた時に最も食べた人より2,3人少ない人の摂取量なので結構な量である)を食べたとする。ADI(一日摂取許容量)と比較すると、子供のほうが体重は少ないが食べる量は相対的に多いのでADIに対する評価は厳しくなる。子供の場合のADIに対する割合は、ADIの厳しいチアクロプリドで7.16%、濃度が高く頻度も多いジノテフランで1.29%などADIの10分の1未満の値である。極端な摂取を想定した場合の理論上の計算値だが、ADIに対する割合は十分に低いと思う。

論文のタイトルにはスリランカの紅茶葉のネオニコチノイド農薬について書いてあるが、分析したところすべて定量限界未満であったと言葉で示されているだけである。論文が出た2018年頃のネット情報では「スリランカ産茶葉からは一切残留農薬の検査は(検査で検出?)されなかった。農薬を全く使用していないのです。」とか、「日本のお茶に含まれるネオニコチノイド系農薬全種類含有。ペットボトル飲料にも。自然栽培のスリランカでは全く検出されず」等々、日本のお茶がたたかれた。しかし、事実を少し説明しておきたい。

今回の論文では、茶葉での残留分析という夾雑物も多く大変厄介な検体での分析であったので、ネオニコチノイド農薬の特徴として水に溶けやすい(茶葉に残った場合はお茶に出やすいことにもなる)性質を利用して、粉砕した茶葉1.5gに25℃の水40mlを入れて、ネオニコチノイド系農薬を抽出することにより、夾雑物を減らして分析しやすくする工夫をされている。熱湯で煮出したお茶と水出ししたお茶を考えていただければわかると思う。

しかし、この抽出方法は水に溶けやすい農薬には適用できるが、水に溶けにくい他の多くの農薬は抽出できない、検出できないのである。今回のスリランカ産紅茶はスリランカの食料品店で購入したものであり、自然栽培だの農薬不使用などは分からない。論文の分析結果からわかることは、今回のスリランカの紅茶葉にはネオニコチノイド系農薬が残留していなかったという事実で、他の農薬が検出されなかったなどの記述はない。

●「スリランカは無農薬で日本は農薬まみれ」とは言えない

2019年にスリランカのスリ大学の研究者がセイロン紅茶の農薬残留分析した報告がある。抽出方法は世界的に使われているQuEChERS法(AOAC法)で、アセトニトリルを用いて抽出精製してGC/MSで分析したものである。この方法ではいろいろな農薬分析はできるが、残念ながらネオニコチノイド系農薬は測定できない。水溶性が高いニオニコチノイド系農薬は揮発性が悪いのでLC/MSなら分析可能であるが、GC/MSでは一部可能だが全体の分析はむずかしい。

この分析結果を見てみると、5つの大手輸出の品を分析した結果、ピレスロイド剤Bifenthrin0.01~0.044ppm、有機リン剤Chlorpyrifos nd~0.067ppm、Methyl Parathion nd~0.051ppm、塩素系農薬Endosulfan Sulfate nd~0.033ppm、o,p’-DDT nd~0.036ppm などの農薬が検出されている。Codex、EU、日本の基準は満たしていた(と記述してあるが、基準がない農薬やMethyl ParathionのEUの基準は0.05ppmだからぎりぎりセーフだが大丈夫? )。これを見ると、いまだにMethyl Parathionを使うのかとか、o,p’–DDTが検出されるのは、マラリアの関係でDDTを使った時の汚染なのか不明だが、スリランカの現状を知る良い情報である。また、ここで検出された農薬の多くが水には溶けにくい農薬なので、もし茶葉に残留していても、あまり飲む紅茶などには溶出してこないだろう、ネオニコチノイド系農薬と違って。

このスリランカの分析結果を見てみると、ネット情報の様な「スリランカは無農薬で日本は農薬まみれ」とは言えない。池中らの論文もそれは言っていないし、事実誤認だろう。

私たちはお茶の栽培の実態を理解しておく必要があると思います。現在の日本の茶葉生産の栽培と農薬使用の実態と輸出での対応策は、農水省の日本茶の病害虫防除マニュアルに書かれています。それぞれの農薬の特性をうまく使ってよいお茶をどう作っていくのか、使っていないのにどうして農薬が微量検出されるのか等々、時間があればおいしいお茶(夏は水出しもよし)を飲みながらご一読ください。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。