科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

「ADIとARfDの対応ミス」 その2

斎藤 勲

キーワード:

●現実の問題対処に必要なのはARfD

 急性参照用量ARfDは、「24時間以内に摂取した食品や水に含まれる物質が、現時点での知見から消費者に対してなんらかの健康リスクを示さない、通常体重あたりで示される推定量」として定義されている。要するに一過性の摂取で健康影響があるかどうかを判断する目安ということだろう。ということは、農産物の農薬残留で問題になるのは、一日摂取許容量ADIではなく、ほとんどがARfDではないか? なぜならば、国内では農薬の残留基準違反の割合は非常に低く、農薬が基準を超えて残留した農産物を食べ続けることなど、まずあり得ないからだ。

 ARfDは、残留農薬摂取による急性影響を考慮するために1994年にJMPR(FAOとWHOの合同農薬残留部会)が設定した概念であり、結構新しいと言えば新しい概念である。WHOからARfD設定のガイダンスも出ており、血液、免疫、神経系、肝臓腎臓への毒性や内分泌への影響等を指標にして設定される。日本でも食品安全委員会でADI設定とともに、ARfDの設定も検討する方向で進んでいる雰囲気があり、喜ばしいことである。

●メタミドホスの場合は…

 日本では現在、ARfDが参考値としてアセタミプリドとメタミドホスについて設定されている。例えばメタミドホスの場合、単回投与試験(このあたりがADI設定と大きく異なる)で、ラットを用いた急性神経毒性試験(0.7 mg/kg 体重投与群雌雄で、脳及び赤血球ChE 活性が20%以上抑制された)の結果、無毒性量は0.7 mg/kgの一つ低い濃度の0.3 mg/kg 体重となり、安全係数100で除した0.003mg/kg体重/日がARfDとなった。

 メタミドホスのADIは0.0006 mg/kg体重/日だから、20倍くらい余裕のある数値だ。通常の一時的な摂取ではなかなか届かない数字だとも言える。ちなみに、JMPRの設定しているメタミドホスの基準は、ARfDは0.01 mg/kg体重/日、ADIは0.004 mg/kg体重/日で、日本の10倍位の値となっている。

 例えば、今福島原発で問題となっているホウレンソウを嫌って中国産ホウレンソウを買って食べたとする。後から検査したら暫定基準0.5ppmの2倍の1ppmメタミドホスが残留していたとする。ARfDは0.003mg/kg体重/日だから、体重50kgの人なら、0.003mg/kg体重×50kgの計算をすればよく、0.15mgまで良いとなる。1ppmは1μg/gホウレンソウだから、150g(一束弱位?)食べると0.15mg摂取することになるが、なかなか一度に食べる量ではないし、更にメタミドホスは水溶性が高いのでお湯でゆがいて和え物で食べればもっと減るだろう。

●国際基準に合わせた設定を

 今後も色々な農薬等について安全性評価が行われ、ADIや将来ARfDも設定されていくだろう。だが、食品安全委員会が評価して決めるという現在の仕組みは最適だろうか? 大切なことは食品安全委員会で、というのは良いが、基本はFAO/WHOのJMPR等が設定する世界標準に準じた基準の微調整でいいのではないか。

 アセフェートにしてもそうだが、各国でのADI等の基準が異なっているのは先ほどのメタミドホスもそうだが釈然としない(アセフェートは日本の場合ADI0.0024 mg/kg体重/日、JMPRは0.03 mg/kg体重/日、ARfDは0.1 mg/kg体重/日。JMPRでは動物種差が少ない酵素活性阻害では安全係数に10を使用する場合あり)。残留基準が異なるのは、気候、土壌、食習慣の異なる作物があるから当然かもしれないが、ヒトへの毒性のような普遍性のあるものではどうかと思う。

 確かに、ヒトの抗悪性腫瘍薬イレッサ(ゲフィチニブ)のように非小細胞肺がんへの効果に人種や性差が影響する様な薬剤ならそれぞれの国での治験は重要である。しかし、農薬のADIやARfDは基本的に動物実験を基に決められる。マウスやウサギや犬を使った毒性試験では国による差が出てはむしろいけないし、世界中の実験報告を基に評価するわけだから、日本も積極的にJMPRのような組織に入り込んでそこで決められた値が、そのまま日本でも適用される位のハーモナイゼーションは取れないものだろうかと思ってしまう。

●調理で減らすデータ集積も、安心につながる

 東日本大震災の話に戻ると、放射性物質の含まれる食品を食べて健康影響につながるのは、基準を大きく超過した場合である。農薬も同じで、べらぼうな超過は論外。だが、食べるな、捨てなさいと杓子定規に言うだけではいけないだろう。基準値の付近の物なら、どうしたら上手に減らして不安がらずに食べることができるのかという調理科学の情報・知識の不足こそが問題ではないか。科学はもっと生活者の近いところでの実験としてデータ収集しておくことがとても大切である。

 まさかの時に役に立つのは、難しい数値解説ではなく、そういった実生活に近いレベルでのデータ集積である。原料に残存するものが実際に私たちの口に入るまでにどうなっていくのか、どう減っていくのか減らないのか、この場合にはどうすればいいのか、そういった生活者自身が自分でできる、自分を守ることを支援する情報こそが、安心につながるまともな情報だろう。かく言う私も、常々組合員から素朴な質問を受けて、モゴモゴと対応することしきりである。反省。

執筆者

斎藤 勲

地方衛生研究所や生協などで40年近く残留農薬等食品分析に従事。広く食品の残留物質などに関心をもって生活している。

新・斎藤くんの残留農薬分析

残留農薬分析はこの30年間で急速な進歩をとげたが、まだまだその成果を活かしきれていない。このコラムでは残留農薬分析を中心にその意味するものを伝えたい。