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執筆者

小暮 実

東京農工大学農学部農芸化学科卒。東京都中央区保健所で食品衛生監視員として40年間勤務した後、食品衛生アドバイザーとして活動中。

保健所の現場から見た食品衛生

新型コロナウイルスと次亜塩素酸水

小暮 実

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【NITEのニュ-スリリース】

新型コロナウイルス対策のため、アルコールが品薄になるなど消毒薬が不足していることから、「次亜塩素酸水」のニュースを耳にするようになりました。「某自治体が次亜塩素酸水をペットボトルに入れて配布開始!」「某小学校の教室で次亜塩素酸水を噴霧」というようなニュースを聞くたびに、大丈夫かな?と思っていました。

4月の国会答弁でも次亜塩素酸水が話題となり、経産省の要請で(独)製品評価技術基盤機構(NITE)が、代替消毒方法の有効性評価を開始しました。5月には新型コロナウイルスに有効な界面活性剤7種類が公表され、一緒に有効性評価を行った「次亜塩素酸水」については「今回の委員会では判断に至らず、引き続き検証試験を実施する」とされています。

さて「次亜塩素酸水」は効果がないのでしょうか?元食品衛生監視員として、食品添加物としての次亜塩素酸水について述べたいと思います。

【次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸】

次亜塩素酸ナトリウムは、食品添加物にも指定されており、規格基準では「含量として、有効塩素4.0%以上を含む。」と規定されています。次亜塩素酸ナトリウムは、反応性が高いため、苛性ソーダを入れてpH12程度の強アルカリ性に調整して安定性を高めて販売されています。まな板や布巾を漂白すると、ちょっとヌルヌルするのはこのためです。

次亜塩素酸ナトリウムは図1のように、アルカリ性では殺菌力の弱い次亜塩素酸イオンとして存在しており、pHが下がるにつれて殺菌力の強い次亜塩素酸(HClO)となります。この次亜塩素酸を含む水溶液が「次亜塩素酸水」で、pHは酸性領域になります。

なお、新型コロナウイルス対策として次亜塩素酸ナトリウムを0.05%(500ppm)に希釈して用いられることが推奨されていますが、濃度が高いほど効果があると考え、さらに高濃度で使用する傾向もあるようです。実は、次亜塩素酸ナトリウムはある程度は薄めないと効果がでない物質です。

写真のように、次亜塩素酸ナトリウム(5%)を水道水(pH7前後)で250倍(約200ppm)に希釈してもpH9前後のアルカリを示します。つまり、次亜塩素酸ナトリウム希釈液では、ほとんどが殺菌効果の弱い次亜塩素酸イオンとして存在していることがわかります。

一方、殺菌力の強い次亜塩素酸を含む水溶液は表1のとおり様々な種類があります。このうち「次亜塩素酸水」として食品添加物に指定されているのは製造方法、濃度が決められている一部のものに限ります。※本稿では、便宜的に次亜塩素酸ナトリウム希釈液に酸を混和した溶液については「酸性化次亜水」と呼び次亜塩素酸水と区別しました。

【次亜塩素酸水の添加物指定の経過】

さて、非常に紛らわしいのですが、次亜塩素酸ナトリウムと次亜塩素酸水は、食品添加物として指定されていますが、次亜塩素酸は指定されていません。実は「次亜塩素酸」と「次亜塩素酸ナトリウム」は、昭和25年に食品添加物として一緒に指定されましたが、平成3年に「次亜塩素酸」だけが使用実態がないという理由で、消除となっています。

この時すでに強酸性電解水(強酸性次亜塩素酸水)の生成装置が登場していましたが、その殺菌要因が次亜塩素酸であることはわかりませんでした。その後、殺菌要因が次亜塩素酸であることが判明したため、添加物指定を復活すべく活動しましたが、残念ながら認められていません。

この間に、行政手続法によるパブリックコメント制度、添加物指定の際のWTO通報、食品安全基本法による食品安全委員会への意見聴取など、食品添加物指定に関する手順が複雑化しています。このような中で、認可申請に必要な品質(物性・規格)、有効性および安全性に関する科学的エビデンスを揃えて酸性電解水の種類ごとに添加物申請が行われた結果、「次亜塩素酸水」という名称で平成14年に強酸性と微酸性の次亜塩素酸水が認可され、平成24年には弱酸性次亜塩素酸水が認可されています。

【次亜塩素酸水のメリットとデメリット】

次亜塩素酸水は、現場の生成装置で電気分解をして使用する点で、今までの添加物とは大きく異なります。つまり生成装置を購入するための初期投資が必要です。また、次亜塩素酸水は殺菌力が強い反面、濃度も薄くその殺菌力が失効しやすい性質を持っています。有機物があるとすぐ反応して活性が落ちるため、有機物汚れを除去してから使うことが重要です。

食品添加物としての次亜塩素酸水のメリット、デメリット

過去に、電解次亜塩素酸水を使用したにも関わらず、溜め水で使用したため、食中毒が発生した事例が報告されています。このため、食品製造現場では、生成した直後の次亜塩素酸水を水道水のように流水使用(かけ流しやオーバーフロー)することを推奨しています。水道の蛇口につなぐ流水型生成装置では、連続使用することもできます。以上のように殺菌力が強く、水道水のように手軽に使用でき、手も荒れにくいため、食品製造現場での導入施設では概ね好評です。

近年、生成機器の小型化が進んでおり、食品工場だけでなく飲食店等での導入も進んでいます。仕込み場、刺身処理、洗い場に3台の生成機器を導入した都内のある料亭では、仕込み場の調理人の魚臭さが消えたこと、刺身用まな板の漂白が不要となったこと、施設全体の臭いが減少したことなどの変化があり、導入したことに満足されています。なお、食器洗浄にも導入を検討しましたが、高価な漆塗りの器の艶がなくなってしまうとのことで、ここでの導入は断念しています。

【次亜塩素酸水とHACCP管理】

とはいえ、どんなに効果のある添加物も、適切に使用しなければ効果が発揮できません。冒頭で、「大丈夫かな?」と疑問に思ったのはこの点です。次亜塩素酸水を適切に使用するためには、業界のガイドラインやマニュアルを遵守することが大切です。機器の選定にあたっては、メーカーのデータ等をもとに実際に事前に洗浄・殺菌を行い、目的にあった結果が得られるかどうかを検証しておくことが肝要です。

次亜塩素酸水は、生成機器などの初期投資には経費がかかりますが、ランニングコストは廉価となるのが特徴です。定期的に電極交換などのメンテナンスが必要であることから、長期的にメンテナンス可能な業者を選定することも重要です。本年6月からHACCP制度化が施行されましたが、管理方法や使用方法についてマニュアル化して、毎日、使用前に適切な使用濃度となっていることを確認して記録することが求められています。

【次亜塩素酸水の適正な使用を】

電解生成した次亜塩素酸を使用する技術は、医療分野では手洗消毒や内視鏡消毒用の医療用具として認可されている他、農業分野では、食塩の代わりに塩化カリウムを電気分解した次亜塩素酸水が平成24年に特定農薬(農作物の防除に使用する薬剤や天敵のうち安全性が明らかなもの)として農林水産省の指定を受けています。環境分野でもビルのタンク水・プール・風呂などの生活用水の殺菌やトイレの除菌水などにも応用されています。

また、平成29年に次亜塩素酸水生成装置及び次亜塩素酸水についてJIS規格が制定されており、国内外における食品衛生、公衆衛生等の分野での普及拡大が期待されていたところです。

そのような中で、新型コロナウイルス対策として「次亜塩素酸水の殺菌効果が高いなら市民に配布しよう!」となった関係者の方々の誠意や英断も感じています。できれば、その効果や薬剤の残効性についても、もう少し検討して頂ければ良かったように感じています。

なお、次亜塩素酸ナトリウムの希釈液はアルカリ性で、皮膚や目の粘膜を傷めるので手洗いや噴霧に不向きであることは言うまでもありませんが、「次亜塩素酸水」の名称で出回っているものの中には、この次亜塩素酸ナトリウムの希釈液に酸を混和、希釈して酸性化した水溶液(酸性化次亜水)もあるようです。酸性化次亜水は食品添加物にも該当せず、規格基準もないため高濃度のものが販売されている場合もあるようです。使用に当たっては、健康被害とならないよう注意しましょう!

どんな薬剤でも、その性質や使用方法を理解して適切に使用されなければ、期待する効果が得られません。これを機に、次亜塩素酸水が正しく理解され、適切に使用されること期待しています。

執筆者

小暮 実

東京農工大学農学部農芸化学科卒。東京都中央区保健所で食品衛生監視員として40年間勤務した後、食品衛生アドバイザーとして活動中。

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