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執筆者

瀬川朗

高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。

家庭科教育の今

調理実習におけるジャガイモの食中毒を防ぐには?

瀬川朗

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しばらく前のことになりますが、2019年7月に兵庫県宝塚市の小学校でジャガイモが原因の食中毒事件が発生しました。報道によれば,ジャガイモは家庭科の授業で調理して喫食したものだということです。毎年,ジャガイモを原因とする食中毒のニュースを耳にしますが,そのほとんどは家庭や飲食店ではなく小学校で起きています。

●小学校ではジャガイモの食中毒事件は毎年のように起きている

図1は,厚生労働省の食中毒統計資料および『全国食中毒事件録』をもとに2008年から2018年までの学校の調理実習における食中毒事件の件数と,そのうちジャガイモを原因食品とする件数と患者数をまとめたものです。

図1 調理実習における食中毒発生件数とそのうちジャガイモの占める件数 ※筆者作成

調理実習で起きたのかどうか明示されていないものについては,報道等をもとに筆者が判断しました。ひとくちに調理実習といってもどの教科かはわかりません(総合的な学習の時間や特別活動,そして理科などでも調理をすることがあるでしょう)が,多くは家庭科の授業であると考えられます。

調理実習における食中毒は毎年4〜5件程度発生していること,そしてジャガイモについては2018年を除いて年に1〜2件発生していることがわかります。残念なことに,学校で食べたジャガイモが原因の食中毒事件は毎年のように起こっているのです。

また,この期間に発生した16件の患者数を合計すると327名となり,1件あたりの患者数は約20.4人と多数に上ることも指摘できます。早急な対策が求められているところですが,私は来年度から発生件数がさらに増えるのではないかと危惧しています。突如としてジャガイモの毒性が悪化するわけでも,子供たちの免疫力が急激に低下するわけでもないのにどうしてそのようにいえるのでしょうか。

●発生件数の増加が懸念される理由—新学習指導要領の実施—

私がジャガイモの食中毒が増加すると考える理由は,新学習指導要領が2020年度から全面実施されることにあります。初回の記事でも述べたように,学校が教える内容やその順序を決める際に基準とするのが学習指導要領(以下では,学習指導要領とその解説をあわせて「学習指導要領」と記します)です。また,教科書も学習指導要領をもとに執筆・編集されます。この学習指導要領のうち小学校のものが2017年に改訂され,来年度から新たな学習指導要領に基づいた授業が行われるのです。

新学習指導要領では「教科横断的な視点」が重視されていますが,「教科横断」とは,各教科等を別々にとらえるのではなく有機的なつながりを意識してカリキュラムを組むということです。家庭科に関連するところでは,子供たちが他教科等の学習の一環として育てた植物を調理実習で用いるといった連携は現在でも広く行われていますが,このような校内で栽培した作物を実際に調理して食べるという学習活動がこれまでにも増して盛んに行われる可能性があるということになります。このこと自体には何の問題もなく,むしろ教科横断的なカリキュラムは歓迎すべきです。とはいえ,万が一適切でない方法により作物が栽培・保管された場合,それを食べることは食中毒の危険につながりかねません。これがジャガイモの食中毒が増加するのではないかと考える第一の理由です。

もう一つの理由は,新学習指導要領で小学校家庭科の内容が変更されたことによるものです。今回の家庭科の改訂で話題を呼んだのは,「ジャガイモの題材指定」です。これまでも家庭科の調理実習では野菜や卵をゆでる調理が扱われてきましたが,何をゆでるのかはとくに決められていませんでした。

教科書ではゆで卵やゆで野菜サラダ,あるいは粉ふきいもなどが扱われてきましたから,小学生の頃にこれらの料理を作った記憶のある方も多いかもしれません。しかし,今回の改訂ではゆでる食材としてジャガイモと青菜が指定されました(これを「題材指定」と呼んでいます)。つまり,来年度からは日本全国どこの小学校でもジャガイモや青菜を用いることになったのです。学習指導要領には「芽や緑化した部分には,食中毒を起こす成分が含まれているので取り除く必要があることにも触れる」と記されてはいますが,これまで必ずしも用いるものではなかったジャガイモが指定されたことで食中毒の発生が従来よりも危ぶまれると考えるのは私だけではないはずです。

●新しい教科書でジャガイモ料理はどう変わったか

教科書でジャガイモ料理がどのように扱われているのかをみると,開隆堂出版『小学校 わたしたちの家庭科 5・6』 では,ジャガイモ料理は「ゆでる」料理4種類のうちのひとつとして挙げられています。14ページから始まる「ゆでる調理をしよう」ではニンジン・ブロッコリー・キャベツの「カラフルコンビネーションサラダ」がもっとも大きな扱いですが,続いて「ゆで卵」「ほうれんそうのおひたし」とともに「ゆでいも」が掲載されています(図2)。

図2 教科書にみるジャガイモ料理① (2014) 新編 新しい家庭 5・6. 東京書籍. 16ページより

もう一方の教科書,東京書籍『新編新しい家庭 5・6』では,ジャガイモ料理は「ゆでる」料理としてではなく栄養バランスを考えた「一食分のこんだて」を考える学習で登場します。ジャガイモ料理は2種類で,ブロッコリーを添えた「粉ふきいも」と「ジャーマンポテト」です。また,調理法だけでなく保存の方法の記述が「参考」として加えられています(図3)。

図3 教科書にみるジャガイモ料理② (2014) 小学校 わたしたちの家庭科 5・6. 開隆堂出版. 100〜101ページより

以上の2冊は現在使用されている教科書ですが,来年度から用いられる新たな教科書では,「ゆでる」調理では指定された食材であるジャガイモと青菜を中心とした構成になりました。

図4 新教科書では主役に躍り出たジャガイモのゆで方 (2019) 小学校 わたしたちの家庭科 5・6. 開隆堂出版. 15ページより

図4は,開隆堂出版『小学校 わたしたちの家庭科 5・6』に掲載されているジャガイモのゆで方のページ(一部)です。従来の教科書に比べ安全に対する注意がはっきりと示され,またシンプルに「ゆでる」ことで熱を加えたときの食材の変化に注目させようとしていることがわかります。東京書籍の教科書『新しい家庭 5・6』も大筋は似通っていますが,両者の手順には違いがあります。開隆堂出版の新教科書は芽を取り除いたあと皮をむかずにゆで,ゆで上がってから皮をはがす方法を採用しているのです。包丁をほとんど使うことがないため安全かつ簡便にジャガイモを調理することができるというメリットがありますが,ゆでる前に皮を厚くむくという処理ができないため,ゆでた後にも緑化した部分がないかきちんと確認しなければ,表皮層より内部にソラニン類が蓄積したジャガイモを口にしてしまいかねないという問題がありそうです。この方法の注意点に関しては教科書の執筆者を含む食の安全・衛生の専門家の方々に教えを乞いたいところです。

●文科省は具体的な対策を提示すべきだ

そもそも調理実習で扱う食材を一律に指定することには議論の余地がありますが,ジャガイモは広く一般に用いられる食品ですからひとまず了解するとして,文科省はジャガイモを指定したからには必要な食中毒対策をすべきです。もっとも,学校安全への取り組みはトップダウンで進めるのが最善とは限りませんが,現に全国の小学校で毎年のようにジャガイモの食中毒事件が発生している事実を重く受け止め,注意喚起を行うことは当然に求められるのではないでしょうか。

具体的には,平成21年の奈良市の小学校での食中毒事件を受けて厚生労働省から出された通知(以下に引用)を再確認し,管理が不十分な学校菜園で栽培したジャガイモではなく市販のジャガイモを使用するよう周知徹底することが必要でしょう。冒頭に紹介した宝塚市の事件でも,ジャガイモは校内の畑で栽培されソラニン類を多く含んでいたと報じられていました。何よりもまず未成熟なジャガイモを使用しないことがリスクの軽減になるはずです。

(1)小学校内や家庭菜園等で栽培された未成熟で小さいジャガイモは,全体にソラニン類が多く含まれていることもあるため喫食しないこと。
(2)ジャガイモの芽や日光に当たって緑化した部分は,ソラニン類が多く含まれるため,これらの部分を十分に取り除き,調理を行うこと。
(3)ジャガイモは,日光が当たる場所を避け,冷暗所に保管すること。
出典:「ジャガイモの喫食によるソラニン類食中毒について」平成21年8月10日食監発0810第3号

ジャガイモの食中毒事件が繰り返されるたびに,教師の知識不足ばかりが槍玉に挙げられるのはたいへん残念なことです。教師の指導力に原因を求めても解決には近づきません。しばしば30人以上の児童・生徒が同時に調理をするという状況で教師ひとりが安全管理を任されていること,どのような食材を扱うのかは教師個人の判断では決められないこと,事故情報を共有する仕組みが構築されていないこと,そして十分な施設・設備が整っていない場合が多いことなど,子供たちと教師が学校教育において置かれた現状を踏まえた冷静な議論が望まれます。

食中毒統計資料の整理にあたり「給食ひろば」様にご助力いただきました。ありがとうございました。

参考文献

1)厚生労働省. 「食中毒統計」(2020年2月1日最終アクセス)
2)文部科学省. (2018). 小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 家庭編.(2020年2月1日最終アクセス)
3)渡邊彩子他. (2014). 新編 新しい家庭 5・ 東京書籍. 〔120140242〕
4)内野紀子・鳴海多恵子・石井克枝他. (2014). 小学校 わたしたちの家庭科 5・ 開隆堂出版. 〔120140243〕
5)鳴海多恵子・石井克枝・堀内かおる他. (2019). 小学校 わたしたちの家庭科 5・6(見本). 開隆堂出版.
(〔〕内は公益財団法人教科書研究センター附属教科書図書館・教科書目録情報データベースの目録レコード番号)

執筆者

瀬川朗

高等学校(家庭科)及び大学の非常勤講師等を経て,2019年度より鹿児島大学教育学系講師。専門分野は教育学,とくに家庭科教育。

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