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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

鈴木宣弘・東大教授の新刊「食の戦争」に二言苦言

白井 洋一

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 10月6日(日)の毎日新聞の書評欄に「松原隆一郎・評 『食の戦争−米国の罠に落ちる日本』=鈴木宣弘・著」が載っていた。

 著者の鈴木宣弘・東大教授がTPP(環太平洋経済連携協定)絶対反対論者であることは有名だし、遺伝子組換え(GM)食品・作物を快く思っていないことも知っている。本の内容は予想通りのものだが、私が気にかかったのは書評子の2つの記述だ。

 「GM作物は米国では科学的に安全とされるが、現に著者は、モンサント社のトウモロコシに発がん性リスクがあると指摘している」

 「米穀物協会には自国で食べる小麦はGMにしないと公言する幹部もいる」

 発がんリスクの根拠って何だろう? 米国穀物協会(USグレイン)幹部の発言はいつどこで?と興味をもち、早速この本(文春新書、8月21日発売)を買って読んでみた。

組換えトウモロコシの発がん性の根拠とは
 62頁からの「懸念される実験結果の報告」で、鈴木教授は次のように書いている。

 「最近、ショッキングな実験結果がフランスで報告された。AFP通信社の2012年9月21日付けの『GMトウモロコシと発がん性に関連、マウス実験 仏政府が調査要請』という配信記事を引用する」

 「【9月21日AFP】フランス政府は19日、遺伝子組み換えトウモロコシと発がんの関連性がマウス実験で示されたとして、保健衛生当局に調査を要請した。(中略)農業、エコロジー、保健の各担当大臣らは、フランス食品環境労働衛生安全庁(ANSES)に対して、マウス実験で示された結果について調査するよう要請したと発表した。3大臣は共同声明で、『ANSESの見解によっては該当するトウモロコシの欧州への輸入の緊急停止をも含め、人間および動物の健康を守るために必要なあらゆる措置をとるよう、仏政府からEU当局に要請する』と述べた(後略)」

 鈴木教授はこの後、長々と動物実験の結果を紹介しているが、肝心な「ANSESの見解」にはふれていない。ついでに言うと、実験はマウスではなくラットを使っている。ラットもマウスも同じネズミじゃないか、どっちでも良いだろうというのは動物実験をよく理解していない人に多い。

 2012年9月のフランスお騒がせラット実験とは、セラリーニらのことだ。確信犯的いかさま論文であることはご存じの方も多いと思うが、ことの顛末、詳細はGMOワールドII(2012年10月29日31日)をお読みいただきたい。

 鈴木教授がふれなかったANSESの公式見解は2012年10月22日に出された。

 「ANSESはセラリーニらの研究の弱点を強調、しかし組換え作物の長期影響について新たな研究を薦める」という見出しで以下のように述べている。

 「フランス政府からの要請でセラリーニらの論文を評価した。実験手法や結果の解釈には科学的弱点が多く、発がん性と関連するという結論は導き出せない。しかし、組換えトウモロコシだけでなく、除草剤も使ったという点で独自性はある。今後、きちんとした実験手法によって、信頼できる長期影響評価をおこなうことを薦める」

 要するに、着眼点の独自性(オリジナリティ)は認めるが、実験の中味は雑で信頼できるものではないという結論だ。

 ANSESの公式見解は、AFP通信やNYタイムズでも配信された。鈴木教授は手抜きをせず、ここまでフォローすべきだった。

 米国穀物協会幹部の問題発言「自国で食べる小麦は組換えにしない」とは
 90頁の冒頭で鈴木教授はこう書いている。

 「筆者も出演したNHKスペシャル『世界同時食糧危機 アメリカ頼みの食が破綻する』(2008年10月17日放送)で、米国穀物協会(USグレイン)幹部が『小麦は我々が直接食べるので、遺伝子組み換え(GM)にはしない。大豆やトウモロコシは家畜のエサだから構わないのだ』と発言し、物議を醸した」

 この番組は私も見た。米国穀物協会(USグレイン)幹部がこんなこと言ったかなあと思い、ビデオ録画を5年ぶりに見直した。

 1時間20分の放送中、このような発言はなかった。鈴木教授が出演した1回目(10月17日放送)だけでなく、教授が出演していない2回目(10月19日放送)のビデオも見直したが、ここでもこのような発言はなかった。

 鈴木教授は自らも出演したテレビ朝日「サンデープロジェクト」(2008年12月7日放送)と混同したのかもしれない。

 この番組では米国穀物協会(USグレイン)が組換え小麦についてコメントしている。ただし鈴木教授が書いているような言い回しではない。「小麦は消費者意識もあり微妙な問題だ」と慎重でけっして物議を醸すような過激発言ではなかった。付け加えれば、USグレインはトウモロコシ、大麦、ソルガムを扱っており、小麦やダイズは別に独立した生産者団体がある。自分たちが扱う作物以外について、「組換えにはしない、すべきではない」などと軽々しくテレビで発言しないはずだ。

 テレビ出演も多い売れっ子の鈴木教授はNHKとテレビ朝日を混同したのだろうか? それとも民放よりNHKを引用した方がインパクトが高いと意識的にまちがえたのだろうか。いずれにしても事実を歪曲したことになる。

 一般大衆向けに話をおもしろくし単純化するため、不都合な真実は抹殺し、十分な追跡調査をしないのは、商業ライターやジャーナリストではよくあることだろう。しかし、鈴木教授(1958年生、1982~1998年農林水産省勤務)は日本を代表する大学の現職教授だ。彼の発言、著作にはなるほどと思う卓見もあるだけに、今回指摘したようなお粗末さは実に残念だ。百の真実を述べても、一つでもねつ造、歪曲があれば、研究者生命に関わる。研究者とはそういうものだ、だから世間から(一応)信用されているのだと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介