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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

原発20キロ圏内に残された家畜,処分された家畜

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2013年12月19日

 2013年12月4日で東日本大震災からちょうど1000日が過ぎた。昼間は立ち入り可能となったが、寝泊まりは禁止されている旧警戒区域では家や電柱が倒れたままで、3月11日の状態が続いている。この地域の家畜はどう扱われたのか? 今どうなっているのか? 2013年の暮れに振り返る。

主なできごと
2011年3月11日 大地震、大津波発生

3月12日 福島第1原発1号機水素爆発、20キロ圏内住民に避難指示
3月14日 3号機、3月15日 2号機水素爆発
その後、避難区域だけでなく、東北各地の畜産農家でエサ不足が深刻化する。
4月25日 福島県、飼い主の承諾を得て20キロ圏内の家畜処分を決める。圏内には376戸の畜産農家があり、牛4千頭、豚3万頭、ニワトリ63万羽、馬100頭が飼養されている(毎日新聞)。
5月12日 政府、警戒区域の家畜の殺処分を決める。
5月19日 農水省、処分家畜の賠償額基準を示す(日本農業新聞)
5月26日 「処分せず研究に活用を」 獣医師ら学識経験者が政府に要望書(毎日新聞)
政府は安楽死処分の方針を変えず、現在も残された家畜の公的支援は実現せず。

20キロ圏内に置き去りにされた雄牛の精巣に影響なし
 今年(2013年)の10月中旬、「原発事故セシウム 牛の精巣に影響なし 東北大グループ調査」という記事がいくつかの新聞に載った。

 原著論文はサイエンティフック・レポート誌(2013年10月8日電子版)に載った「福島原発事故後の雄牛精巣への放射性セシウムの影響」だ。

 原発事故後、約6か月(196日)と約10か月(315日)の間、福島第1原発から20キロ圏内に置き去りにされ、汚染された草を食べていた牛を捕獲し、許可をとって解剖して体内のセシウム濃度を測定した。

 2011年9月27日に川内村(第1原発から15キロ)で捕獲された雄牛(11か月齢)と雌牛の体内にいた雄牛胎児(妊娠8か月)、2012年1月24日に楢葉町(第1原発から17キロ)で捕獲された雄牛(約12か月齢)の計3頭のセシウム濃度や精子の数などを調べた。

 骨格筋での放射性セシウム濃度(1キログラムあたり)は河内村の牛で408ベクレル、胎児で387ベクレル、楢葉町の牛で1304ベクレルと比較的高い値を示した。しかし、3頭とも精巣の内部形態に異常はなく、精子の数も通常の牛と差はなかった。

 放射性物資は精巣異常や精子数減少などオスの繁殖能力に悪影響を及ぼすと言われている。研究者達は「調査数が少ないので、長期間の内部被ばく(汚染されたエサの摂取)でもオスの生殖能力に影響しないとは断定できない。さらに調査が必要」と慎重なコメントだが、良い結果を示すデータではある。

乳牛 きれいなエサを食べれば2週間で正常値にもどる
 セシウムで汚染されたエサを食べた乳牛のミルクの汚染度はどうなのか? きれいなエサを与えたら汚染は改善するのかという調査が、茨城県笠間市にある東京大学付属農場でおこなわれた。1キロあたり約360ベクレルと高いセシウム濃度のイタリアンライグラス(牧草)を毎日与え、ミルクのセシウム量を調べた。セシウム量ははじめ増え続け、12日目で1リットルあたり36ベクレルと最大になったが、その後は増えなかった。汚染された牧草を与えるのをやめると、約2週間でミルクからセシウムはほとんど検出されなくなった。

 これはセシウムの物理的半減期は30年と長いが、生物が体外に排出することによる生物的半減期はずっと短いことを意味している。

 この研究は東大農学部復興支援プロジェクトの研究者グループによるものだが、残念ながらメディアではあまり報道されなかった。

 この研究結果をふくめ、東大農学部復興支援プロジェクトの研究は、「土壌汚染、フクシマの放射性物質のゆくえ(中西友子著 NHKブックス,2013年9月発売)で詳しく紹介されている。

 この本はタイトルにある土壌の汚染だけでなく、コメ、桃、家畜、魚、キノコなどの汚染の実情と対応策を平易に解説しており、ぜひ読んでほしい良書だ。著者の中西さんが自分の専門外分野も含め一人で書いているが、プロジェクトのまとめ役として、他分野の研究の中味もよく把握した上で書いているので正確で読みやすい。

 家畜の汚染の項で中西さんはこう書いている(140頁)。
「汚染した牛乳が産出されても、その牛に汚染していない飼料を与えれば、次第に牛乳中の放射性セシウム量は減っていくことがわかった。事故直後はこのことが知られていなかったためか、牛はかなり処分されてしまうこととなった。もし、汚染されていない餌が与えられ、十分な時間が経ったならば、牛を移動させ、汚染されていない牛舎で飼い続けることができたかもしれない」

残された牛をこれからのために活かす活動
 政府の殺処分指示を拒否し、今も20キロ圏内で牛を飼い続けている畜産農家がいる。牛や豚はペットではなく経済動物。しかし、食肉として売ることもできず、繁殖用にも使えないが殺処分はしのびない、牛がかわいそうだ。なんとか生かして、なにかの役に立ててほしいという気持ちからだ。しかし、牛を飼い続けるには、大量の牧草と配合飼料が必要でお金がかかる。来年からは区域内で牧草栽培を計画しているが、今年の冬を乗り切るのが最大の問題だ。

 2013年9月14日、「福島原発警戒区域内に残された牛と農家」というシンポジウムが東京で開かれた。

 主催したのは「原発事故に関わる家畜と農地の管理研究会」で、東北大学、北里大学、岩手大学などの研究者が、農家と残された牛を研究面から支援しようと立ち上げた団体だ。

 シンポジウムでは、南相馬市の桜井勝延市長や農家の人たちが現状とこれからの希望を語った。つながれた牛を豚が喰い殺す、豚同士の共食い、放されても自力で水を飲むことができず沼地で溺れ死んだ牛など当時の惨状が紹介され、一部はスライドでも流された。

 研究者がこれからどのように農家と残された牛に関わっていくのか難しいだろう。国からの公的支援はおそらく期待できない。主催者の一人、磯貝恵美子・東北大教授は「あってはならないことだが、今後、もし世界のどこかで原発事故が起こったときのために、内部被ばくの調査記録をきちんと残していきたい」と言っていた。農家の方も生産者として経済的不安もある。支援に名のりをあげた研究者たちに敬意を払うとともに、公的な予算補助がなくても継続できる体制作りが必要だ。

 シンポジウム資料の最後に「支援のお願い」としてこう書かれている。
「農家のみなさんと旧警戒区域内で飼養管理している約280頭の牛の飼料と獣医療のため、また飼養者の被ばく低減のための牛の集約施設の設置に向けて、みなさまからの支援をお願いします」

 家畜と農地の管理研究会のホームページでは、活動内容や支援の方法がのっている。今後の研究の充実も大切だが、餌不足で牛が病気になったり餓死しては元も子もない。まずは今冬を乗り切れる体制を作ってほしい。

 福島産牛肉だけでなく、現在市場に出ている食肉や乳製品はすべて放射性セシウムの検査を経て、安全基準をクリアしたものだけが販売されている。それでも「福島産」というだけで、市場で敬遠されたり、買いたたかれる状態が続いていると、シンポジウムでも関係者は嘆いていた。

 今年の牛肉をめぐる食品安全の話題と言えば、7月1日からのBSE(牛海綿状脳症)の検査対象月齢変更だったが、拍子抜けするほど消費者団体は騒がず、あっさり全都道府県が国の方針に右ならえした。最近は「牛脂注入で霜降り肉に変身」や「豪州産を神戸牛と偽る」など、偽装・誤表示ネタが話題だが、これもすぐに忘れさられるだろう。

 警戒区域内で殺処分された多くの家畜、今も飼い続けられている少数の牛、立ち入り禁止区域で野生化し山野を駆け回る牛や豚(イノシシと交雑して産まれたイノブタもいる)たちのことを考える年の暮れだ。

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