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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国食品安全近代化法 7番目の提案 輸入業者は対象だが輸出はフリー

白井 洋一

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 1月31日、米国食品医薬品庁(FDA)は「食品と動物の餌の衛生的運搬に関する規則」を提案した。

 これは前回のコラム「意図的な異物混入から食品を守るには 米国食品医薬品庁の提案」で取り上げた食品安全近代化法(Food Safety Modernization Act)関連の一つで、7番目の規則となる。

 これまでにFDAが出した規則は、1.食品の予防的管理、2.生産物(農水産物)の安全基準、3.輸入食品に対する海外事業者認証プログラム、4.第三者監査機関の認定、5.動物の餌(ペットフード)の予防的管理、6.意図的な食品への異物混入対策だ。

 今までの規則は米国内の食品製造業や農水産物生産者と米国に輸出する海外事業者向けだったが、今回は食品やペットフードを輸送・運搬する業者向けの規則だ。温度管理や非食品との仕切りをするなど、輸送時も衛生管理を徹底するよう求めたもので、6番目の食品テロから米国民を守る対策のようにおどろおどろしいものではない。

 しかし、今回の規則は米国向けに輸出する運送業者には適用されるが、米国から海外へ輸出する業者には適用しないと明記してあり、見方によっては米国の身勝手ともとれる内容だ。

提案の中味は常識的なもの

 規則案は本文(120頁)概要版(4頁)が公表されている。

 内容は常識的なもので、まず、トラック、貨車、船などが、運搬の途中で異物混入や食品汚染を起こさない構造になっているか常にチェックするよう求めている。次に、温度(特に低温冷蔵)管理を徹底して食中毒を予防し、非食品と食品を分別して輸送するなど作業上の注意点をあげている。

 輸送・運搬は複数の業者が関わることが多いので、業者間の情報交換と伝達の徹底を求めている。前の積み荷が何だったかを把握し、ミルクのようにアレルギー源となる物質が、乳製品以外の食品に混入・汚染しないよう運搬車両を洗浄するなど、具体的に注意点をあげている。

 あとは、管理者と従業員の教育・訓練、文書で記録を残すことなど全体として常識的な内容だ。FDAは対象となる運送業者は約8万3千社で、企業負担は1社あたり、初年度1784ドル、2年目以降は年360ドルと試算している。前回紹介した食品テロ対策では、初年度7万ドル、2年目からは3万7千ドルなので格段に安い。

 FDAはコストに対して利益を金額に換算するのは難しいが、このような小さな努力(衛生管理)を積み重ねることにより、食品やペットフードへの汚染が減り、商品回収(リコール)も減るので、効果は大きいとしている。

輸入業者は対象だが輸出はフリーパス
 
 今回の規則では、年商50万ドル以下の零細運送業者、農場から食品工場への原料農産物や生きた家畜の運送、コンテナーに完全に収納された常温保存可能食品(shelf-stable food)の輸送などは対象外だ。

 米国から海外へ輸出される食品、米国が中継地となり海外へ輸出される食品の輸送も対象外となっている。

 米国に船や航空機で輸入される食品の輸送に従事する業者は、米国の食品チェーンに入る製品を扱うので、規則の対象となると明記している。日本から米国へ輸出する食品を積んだ船やエアカーゴも衛生基準を満たしているかどうか、厳しくチェックされるということだろうか?

 食安近代化法は米国民の食の安全確保のための法律であり、輸入食品も厳しくチェックするのは分かるが、輸出品には関知しないとはっきり書かれると、あまりにも身勝手、無責任ではと思ってしまう。

食安近代化法が貿易トラブルになる可能性

 前回書いたように、食安近代化法の一連の規則は、「意図的な食品への異物混入防止規則(食品テロ対策)」が代表するように、2001年の9.11同時多発テロ事件が背景にある。いずれの規則でも米国民の食の安全を守るため、事故後の対策より食中毒防止など事故が起こらないよう予防対策に重点をおくことを強調しているが、輸入業者や海外の食品製造施設へのFDAの監視強化も盛り込まれている。

 日本企業は米国の基準に対応できるよう、それなりの対策を進めているようだが、混乱、戸惑いも多いようだ。輸入食品に対する海外事業者認証プログラムや第三者監査機関の認定では、米国の要求に応えられない国が出てくる可能性がある。

 今のところ、米国の食安近代化法の諸規則に対して、「科学的合理性を欠いた不当な貿易制限だ」と異議を唱える国はないが、今後、特に食品テロ防止対策関連での米国の要求度によっては、WTO(世界貿易機関)に異議申し立てする国が出るだろう。

 まだ先、仮定の話だが、WTO訴訟になれば、海外事業者への要求が、「はたして米国民の食の安全確保にどれだけ貢献しているのか? 合理的な根拠にもとづく実効性のあるものなのか?」が争点の一つになるはずだ。食安近代化法に対する米国内外の動きをひきつづき注視したい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介