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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

ブラジルに侵入した大害虫オオタバコガ 組換えダイズは救世主になるか

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2014年3月5日

 今、ブラジルではダイズに新手の害虫が現れ被害が広がっている。2年前頃から北東部の大西洋に面したバイア州のワタ畑で被害が目立ちはじめ、多くの殺虫剤に抵抗性を示す蛾として問題になっていた。

 最近のロイター通信(2014年2月27日)によると、この蛾はオオタバコガでアジア地域から侵入してきたようだ。海外からの侵入病害虫はどの国の農業でも脅威だが、ブラジルのダイズにとっては1990年代のタバココナジラミ、2000年代のさび病菌に次ぐ3番目の侵入者だとEmbrapa(ブラジル農牧畜研究公社)は警報をだし防除の徹底を呼びかけている。

 対策として遺伝子組換え品種や農薬が期待されているが、いくら有効な防除資材でも海外で承認されていないものはすぐに使用できない。米国を抜いて世界一のダイズ輸出国となったブラジルならでは難題である。

これまでの経緯

 2012年12月頃、バイア州のワタ畑で今までの殺虫剤が効かない謎の蛾が発生し、ダイズやトウモロコシ、フェジョン豆などにも被害が広がっているとブラジルの地元紙が伝えた。

 2013年2月、Embrapaはこの虫はブラジルや南米大陸には分布しないオオタバコガ(Helicoverpa armigera)だと発表。移動能力の高い蛾でマトグロッソ州など主要穀物生産地域への分布拡大も次々と報告された。

 10月、連邦政府は緊急宣言をだし、ダイズやトウモロコシに散布できる複数の殺虫剤を認可した。しかし、もっとも有効な殺虫剤と考えられている「エマメクチンベンゾエート」の使用許可を連邦政府が出さなかったため、州政府や農民からは対策不十分と批判されている。

 ブラジルニッケイ新聞(2013年10月16日)は「新種の蛾が農家脅かす、国内に有効な農薬なし」の見出しで伝えている。

 連邦政府がエマメクチンの承認に慎重なのは輸出先でこの殺虫剤の使用を認めていない国があるからだ。輸出されたダイズやダイズ搾りかすから農薬が検出された場合、輸入国で承認されている農薬では残量基準レベル以下なら問題にならない。しかし、未承認の場合、たとえ微量でも検出されると輸入拒否、返品か廃棄処分になる。2012年1月にも「ブラジル産オレンジジュースから未承認殺菌剤を検出」と米国で騒ぎになった。この殺菌剤(カルベンダジム)はカナダでは承認されていたが、米国はまだだった。未承認物質の微量検出による貿易トラブルは遺伝子組換え作物だけではないのだ。

オオタバコガはどこから来たのか

 オオタバコガはどこから侵入してきたのだろうか? 2月27日のロイター通信では、「侵入ルートは不明で調査中だが、アジア地域からの可能性が高い。貨物の船便だけでなく、旅行者が植物を持ち込むことも多い。ワールドカップで旅行者も増えるので空港での検疫体制を強化する」と農業省検疫局の話を紹介している。

 オオタバコガは日本を含む東アジア、オーストラリア、インド亜大陸に広く分布するが、北米と南米大陸には分布していなかった。オオタバコガとよく似た同じ属のアメリカタバコガ(Helicoverpa zea)は北米と南米に広く分布するが、アジアやオーストラリアにはいない。

 オオタバコガの分布地図(3頁目)をみると、中米パナマの太平洋上の島部に発生記録が載っているが、南米大陸にはひとつも記録がない。

 オオタバコガは北米、南米各国とも侵入を警戒する要注意リストにあげているので、何らかの物流によってブラジルに持ち込まれたのは確かだろう。中国、インド、オーストラリアに分布するオオタバコガは同じ種だが、遺伝的に地理変異があるので、DNA解析である程度は侵入起源を絞り込んでいるかもしれない。

 侵入経路は害虫によってさまざまで、材木や古タイヤや牧草に卵や蛹が付いて持ち込まれることもある。卵や蛹は寒い時期には休眠して動かないので、長い船旅は寝台車に乗っているようなものだ。

 オオタバコガは餌になる植物に一粒ずつ卵を産み、土の中や植物の茎にもぐって蛹になるので、材木、古タイヤ、牧草などに便乗して侵入した可能性は低い。ブラジル当局が推定するように一般人、旅行者による植物の持ち込みからだろうか? おおよその侵入起源は推定できても、侵入経路の特定は困難かもしれない。

組換えBtダイズ登場

 2013年にブラジルではBt(バチリス・チューリンゲンシス)のCry1Acトキシンを発現する組換えBtダイズの商業栽培が始まった。モンサント社の製品でオオタバコガやアメリカタバコガなどのヤガ類に効果があり、除草剤グリホサート耐性品種と掛け合わせて、「IntactaRR2」という商標で販売されている。

 オオタバコガの発生に合わせて急きょ発売というわけではなく、モンサント社は何年も前からブラジル政府に栽培認可や食品安全審査を申請していた。2012~13年に主な輸出先の中国、欧州、日本で輸入が承認され、今年から本格的栽培に入る予定だ。

 ブラジルのダイズは2013年には約90%が除草剤耐性の組換え品種で害虫抵抗性を合わせもつ「IntactaRR2」のシェアは4%だ。種子の値段は今までの除草剤耐性だけの品種に比べてかなり高いようだが(ロイター通信によると約5倍)、オオタバコガ対策が追い風になり、予想以上の伸びが期待されている。

 組換えBt品種で心配なのは害虫がBtトキシンに対し抵抗性を発達させることだ。この辺はバイテクメーカーも心得ており、ダウ社がCry1AcとCry1Fをもった系統、モンサント社がCry1A.105(Cy1Ab,Cry1F, Cry1Acを人工的に融合したトキシン)とCry2Abを合わせもった系統を開発し、ブラジルでの商業栽培に向けて申請準備中だ。輸出国向けの食品安全審査も同時並行で進められている。輸出先、とくに欧州や中国で輸入承認が下りるには3、4年かかるので、これらの新品種が商品化されるのは数年先になる。それまではCry1Acだけの品種で、抵抗性が短期間で発達しないように上手に管理していく必要がある。

 2月27日のロイター記事の最後に「シンジェンタは損失、モンサントは儲かる?」という見出しがある。今回のオオタバコガ問題でモンサント社の組換えBtダイズの人気は高まるが、ブラジル政府が認可しないエマメクチンはシンジェンタ社の製品であり、利益は回らないという意味だろう。

 シンジェンタ社も南米市場のダイズ種子販売に意欲的だが、今のところ害虫抵抗性品種の開発では、モンサント、ダウ社に遅れをとっている。今回のオオタバコガ問題で、Bt品種の効果が発揮されれば、Btプラス除草剤耐性品種が主流になる可能性がある。シンジェンタ社はいくつかBtトキシンの素材をもっており、非組換えのアブラムシ抵抗性の優良品種も市場に出しているので、新規Btダイズ品種の開発は容易だろう。難関は輸出先での承認作業でここに時間をとられると、南米ダイズ市場でほんとに負け組になるかもしれない。

日本の農薬メーカーは正しい情報発信を

 昨年秋、日本植物防疫協会主催のシンポジウムで「世界の農薬マーケットの展望」と題して日本の農薬メーカーの方が講演した。その中で「ブラジルではBt作物に抵抗性の害虫(ヤガ)が大発生し、農薬が効かずワタやダイズで問題になっている。当社も損害を被った」との発言があった。

 現地法人からの報告とのことだったが、ブラジルで数年間商業栽培されているBtワタやトウモロコシで、抵抗性を発達させた害虫は今のところ報告されていない。Btダイズの栽培も始まったばかりだ。ワタやダイズで問題となっているのは侵入害虫のオオタバコガだ。日本の農薬メーカーは一社も組換え作物商戦に参入していないが、他社の製品であろうと海外情報の収集、発信には正確を期してほしい。

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