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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

ピアレビュー論文とは STAP細胞騒動からの教訓

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2014年4月2日

 理化学研究所のSTAP細胞論文が話題になっている。写真の意図的合成や記述の無断引用などいろいろ指摘されているが、このような低次元の疑惑のまえから、この分野の専門家は「分化したはずの体細胞に再構成遺伝子の指紋がないのはおかしい」と指摘していた。一流科学専門誌であるネイチャー誌に載ったので大騒ぎになったのだが、専門家が読めばすぐに気づくような問題点を、論文を事前に審査した査読者はおかしい、不備があると見抜けなかったのか? 査読者や編集部にも問題があったと私は思う。

ピアレビューされた論文とは

 GMO Compass (2013年7月22日)の「ピアレビュー論文 これで決まりではなく研究の始まり」というコラムを思い出した。

 2012年9月に発表されたフランスのセラリニイ教授らの「遺伝子組換えトウモロコシでラットに発がん性」論文に関してのコラムだが、たった1本、ピアレビューされた論文が出たからといって、今までの数多くの研究論文の結果が否定されるものではない。論文が出たということは、最初のハードルを通過したに過ぎず、その分野の専門家の評価を受けるのはこれからだと述べている。さらにコラムニストは、「論文の査読は無償の作業であり研究者は積極的にはやりたがらないが、査読者がその分野に精通していないと、誤りが見過ごされたまま出版され、その論文を載せた専門誌、学会誌の価値を落とすことにもなる」と書いている。

 ピアレビューはたんに「査読」とも訳されるが、ピア(peer)は同僚、同業者のことで、論文の場合、その分野に精通した同業者による審査のことだ。いまの科学は細分化しており、特に最先端のテクニックを使った実験では、たんに分子生物学、再生細胞学の専門家といっても、論文で使われたテクニックを多少なりとも扱った経験がないと、正しいのか疑わしいのか見分けるのは難しい。

 私は今回問題となっている分野にはまったくの素人だが、遺伝子組換え作物の環境影響評価に係わっていたときに、ピアレビューを受けて世に出た論文でも、実験方法がおかしいと思えるものがいくつかあった。

 たとえば、ネイチャー、サイエンスとともに一流の専門誌である米国科学アカデミー紀要(PNAS)に、組換えトウモロコシの花粉がオオカバマダラ蝶の幼虫に与える影響を調べた論文がある(Wraightら、2000)。彼らは花粉をアセトン溶液で溶かして食草(トウワタ)にのせ、幼虫に食べさせているが、アセトンの原液(100%)にふれると植物の葉は枯れるし、花粉の毒性もなくなってしまう。水に溶かせば問題ないが、こんどは葉の表面が水をはじくため食草に花粉がのらない。

 アセトンを水で薄めて70~80%に調整すると、花粉の毒性はそのままでうまく食草の上にのせることができる。しかし、論文では何%に薄めたとは書いておらずアセトンで溶かしたとしか書いていない。これは実験方法としては重要なツボなので書かなければならないことだし、研究者なら必ず書くはずだ。

 私は当時、Btトウモロコシ花粉で蝶の幼虫が死ぬという騒ぎの中で、影響評価の実験をやっていたので、アセトン100%はおかしい、これで実験できるはずがないと気づいた。しかし、実際にやった人でなければ、昆虫や植物の専門家でもおかしいとは思わず、論文審査をパスしてしまったのだろう。

 こまかいことのようだが、ピアレビューというのはそもそも同業者による細かい部分のチェックだ。実験の結果や結論の導き方が科学的に妥当かどうかや統計解析のやりかたが正しいかだけを審査するのではない。もっとも注意するのは、「材料と方法(Material and Method)」、「マテメソ」と呼ばれる部分だ。

 私は遺伝子組換え作物の環境影響について約400本の論文を実験方法を含めて詳細にチェックしたが、マテメソであきらかにおかしい、詳しく説明されていないと思えるものが有名な学会誌にもいくつか載っていた。

 論文の査読者全員が気づかなかったのか、あるいは一人は指摘しても他の査読者は指摘せず(査読はふつう2、3人によって別々におこなわれる)、最終的に編集部が掲載可としたのかは分からないが、じっくりマテメソを読めばこの実験はおかしい、疑わしいという論文は、どの分野でも相当数あるはずだ。

 2006年に発覚した韓国の研究者によるES細胞(胚性幹細胞)論文のねつ造事件のとき、この分野が専門の知人が、「実によくできた論文でじっくり読んでもねつ造とは見抜けなかっただろう」と言っていた。今回のSTAP細胞論文では査読の段階でネイチャー編集部でどんなやりとりがあったのか分からないが、専門家でも気づかずすんなり通ってしまったのかもしれない。

 これを科学の腐敗、堕落と批判するのは簡単だが、ピアレビューされ出版された科学論文と言っても絶対真理ではない。論文が出たからと言って中味を100%鵜呑みにしないほうがよい。

論文1、2本で大騒ぎする側にも問題あり

 世紀の大発見から一転して、先端分野のお粗末さをさらけ出した今回のSTAP騒動だが、有名一流専門誌に論文が載っただけで信じ込んでしまうマスメディアや科学ジャーナリストたちにも問題がある。

 研究者にとって切磋琢磨の競争は必要だし、よりランクの高い専門誌に論文を載せようとするのは良いことだ。しかし、科学者、研究者にも過度の上昇志向や拝金主義者はいる。有名専門誌にどれだけ論文を書いたかが重視され、研究予算獲得の基準にされる状況は変わらないしますます強くなる。

 組織や研究者個人の倫理観(モラル)や業績偏重主義の予算配分制度が批判されても、そう簡単には改まらないし、今後も一流専門誌に怪しい論文は載り続けるだろう。

 今回の騒動から学ぶ唯一の教訓は、有名専門誌に載ったからといって、周囲がすぐに信用して祭り上げないことだ。自然科学は一発ヒットをだせば、その後大もうけのできる浮ついた業界ではない。論文が載ったという発表の場に報道陣が群がり、フラッシュをたく光景が異常なのだ。

 論文発表は研究のスタートであり、ほんとにそうなのかと同業者から再現性がきびしく検証される始まりの場にすぎない。今回の騒動で科学、科学者が信用できなくなった、いったい誰を何を信じたらよいのかと批判する前に、「常識をくつがえす大発見」であろうと「人や環境に重大な悪影響」であろうと論文が1,2本発表されたぐらいですぐに大騒ぎしないことだ。

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