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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ネオニコチノイド系殺虫剤とミツバチ減少の関係 クロかシロかはっきりしない理由

白井 洋一

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 餌(花蜜)を採りに行った働き蜂が巣箱に戻らず、女王蜂と幼虫が取り残され、巣群(コロニー)が崩壊してしまう「蜂群崩壊症(Colony Collapse Disorder, CCD」が初めて米国で報告されたのが2006年。欧州でも確認され、原因究明のため多くの研究費が投入されているが、原因はまだはっきりしない。

 1990年代に登場し使用量が急増したネオニコチノイド系殺虫剤が犯人だ、いやちがう、農薬だけではなく複数の要因が絡んでいるとさまざまな見解が出ているが、マスメディアや環境市民団体はわかりやすい単純な話を好むのか、もっぱらネオニコチノイド「単独犯説」に走りがちだ。

 最近、欧州でCCDに関する2つの報告書が出た。今回はこれをベースに、CCD問題の複雑さ、因果関係立証の難しさについて紹介する。

 原因の一つに挙げられているネオニコチノイド系殺虫剤とは、タバコに含まれるニコチンに似た化学構造を持ち、昆虫の神経系をまひさせる殺虫剤だが、詳しくは当コラム「ネオニコチノイド系殺虫剤の使用規制 最近の欧米の動き」(2013年9月25日)を参照していただきたい。

2つの欧州レポート

 1つは2014年3月13日、EFSA(欧州食品安全機関)の「ミツバチ類に対する複数のストレス要因の統合的環境リスク評価をめざして」と題する報告書だ。

 もう1つは4月7日、欧州委員会・ミツバチの健康に関する参照ラボラトリー(ミツバチラボ)が出した「2012~2013年における欧州全域でのミツバチ巣群減少に関する疫学的調査」だ。

 EFSAの報告書では、「CCDには様々な要因が絡んでいるが、今までの研究の多くは、ネオニコチノイド系など殺虫剤の影響に偏っており、複合要因も異なる殺虫剤を併用した場合を見ている」、「寄生ダニや感染病などCCDに関与していると考えられる要因との複合作用はほとんど調査されていない」、「ミツバチだけでなく、マルハナバチやハキリバチなど野生のハナバチ類も減っているが、これらの減少原因も詳しく調べられていない」と述べ、「殺虫剤だけでなく、もっと広い観点からの研究に予算を投入すべき」と提言している。

 ミツバチラボの報告書は、寄生ダニや感染病を病理学の専門家が共通の方法で調べた初めての広域調査だ。まだ1シーズンだけの結果で、なんとも言えないが、寄生ダニや感染症は昔から発生していたものと、近年出現した新タイプがあるので、昆虫病理学、疫学の専門家による解析が必須だ。今までやっていなかったのかという気もするが、3,4年分のデータが集まれば、CCDに農薬以外の要因がどの程度係わっているのか分かってくるかもしれない。

ネオニコチノイド系農薬以外に考えられる原因

 今回の2つの報告書でもCCDの原因は依然としてはっきりしないのだが、ネオニコチノイド系殺虫剤以外の原因として研究者は以下のものをあげている。順番は不同で、影響度は場所、年次によって変動している。

1.寄生ダニ
2.微胞子虫(ノゼマ)による感染症
3.けいれんを起こすウイルス病
4.幼虫に感染する細菌病、腐蛆(ふそ)病
5.コウチュウ類(ケシキスイ科)
6.ミツバチ品種の単純化(女王蜂の供給源が限られているため)
7.輸送によるストレス(米国では巣箱をトラックに積んで長距離移動する例が多い)
8.花蜜植物の減少(農地化や宅地化による生息地の消失)
9. 花蜜植物の単純化(同じ植物の花蜜だけでは栄養バランス不良になる)
10.気象、特に冬期の異常低温
11. ネオニコチノイド系以外の殺虫剤(有機リン剤、合成ピレスロイド剤など)

 さらに、最近はタバコリングスポットウイルス病(植物病原菌が変異してミツバチにも感染するらしい)、寄生バエ(野生のマルハナバチに寄生していた種がミツバチに寄主転換したらしい)、殺虫剤を種子にまぶすときに用いる展着剤(タルク剤)が関与しているなどの新説もでている。これらはいずれも実験室レベルの研究で、野外で実際に起こっているかは実証されていない。

 その他、遺伝子組換え作物や電磁波が怪しいという説も、反農薬、反組換えの団体から出されているが、組換えナタネやトウモロコシをまったく栽培していない欧州の国でもCCDは起きており、これらは毎度おなじみの不安をあおる団体発の似非情報と考えてよいだろう。

複合要因の解析はなぜ難しいのか

 ネオニコチノイド系殺虫剤を使っていてもCCDが起こらない地域もあるし、この殺虫剤を使っていなくても、CCDが起こっている地域もある。これが農薬メーカーがネオニコチノイド犯人説を否定する根拠になっている。

 多くの研究者が指摘するように、CCDの原因は1つの決定的要因ではなく、複数の要因が同時に働いたとき、蜂群にとって大きなストレスとなって起こるのだろう。ネオニコチノイドを使っていても、他のストレス要因がないか、ごく小さければCCDは起きない。しかし、他の要因が強いストレス源となっている場合、ネオニコチノイドを使うとCCDは起こる。ネオニコチノイドがCCDの複合原因のひとつであることはまちがいないだろう。

 複数の要因が絡んでいるのなら、それらの要因を組み合わせた実験区を作って、比較することはできないのか?

 実験室内や野外の網室で立証するのは難しい。CCDは働き蜂が巣箱に戻ってこなくなるので、蜂の帰巣(きそう)能力に悪影響を与えているのは確かだ。ミツバチの行動範囲は広いので、少なくとも半径1キロメートルくらいの網室で実験する必要があるし、自分の巣箱の位置を知るために、ある程度の高さまで飛んでコンパスを働かせるので、網室の高さも重要だ。東京ドーム程度の網室でもミツバチの帰巣行動の解明には小さすぎる。

 2006年に米国で初めてCCDが報告されて以来、多くの研究が実施され、農薬単独説や複数要因関連説など諸説が入り交じっているが、なかなかはっきりしない最大の理由はこのためだ。

CCDとハナバチ類全体の減少問題を分けて考える

 もうひとつ注意したいのは、CCDとミツバチを含むハナバチ類の個体数減少の問題を分けて考えることだ。先にあげたCCDの原因のうち、8から11はCCDとは関係なく、ハナバチ類の個体数減少の原因にもなっている。

 ネオニコチノイド系殺虫剤についても、ミツバチへの影響だけでなく、土壌生物や水生生物、穀物の種子を食べる鳥への影響にも注意すべきとの意見もでている。

 これは2013年6月、Journal of Applied Ecology(応用生態学誌)にのった「ネオニコチノイド系殺虫剤による環境リスクに関する総説」による。

 英国・サセックス大学の研究者による総説で、「ネオニコチノイド系殺虫剤は人や動物への影響が(他の化学農薬に比べて)比較的小さく、植物体内に浸透して作用するので効果が高いため、急速に普及した」とメリットを認めている。一方でメリット故に使用量が飛躍的に増えたため、「水に溶けやすいことが土壌や水系の昆虫相に影響を及ぼし」、「植物体内に浸透することから穀物の種子に移行し、これを餌にする鳥への影響も心配される」という新たな問題が起きていることを指摘している。

 ミツバチでも、植物に吸収されたネオニコチノイドが、花粉や花蜜に移行してから影響する問題は最近までほとんど考慮されていなかった。研究が進めば、今まで見逃されていたことがまだ明らかになると思うが、その場合、それがCCDの原因なのか、ハナバチ類など昆虫相全体への影響なのかを区別して考える必要がある。

複雑現象とどう向き合うか

 どんな要因の組合せによってCCDが起こるのか、結論がでるには時間がかかる。その間、反農薬の環境市民団体は「ネオニコチノイドが犯人だ、使用禁止にしろ」と声高に叫び続けるだろうが、これに対抗して、「ネオニコチノイドは犯人ではない、原因は別にある」と反論するのも、ちょっとねという気がする。「ネオニコチノイドだけを使用禁止にしても、CCDの真の原因解明にはならない」と言うのなら正しいのだが。

 複雑系の因果関係解明は難しい。分からないことは分からないと受け入れ、複数のストレス要因が重ならないような対策を立てるのが、現実的なベストの対応だろう(冬の異常低温はどうしようもないが)。しかし、何か1つをターゲットにしてたたくか、あるいは持ち上げることを好むタイプの人たちにはこんな地味な対策は興味がなく、聞く耳を持たないだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介