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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

意外と正しいのかも? 中国の組換えトウモロコシ承認遅れ

白井 洋一

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 米国産の遺伝子組換えトウモロコシが輸出先の中国で承認されていないため、輸入拒否、返品となる貿易トラブルが続いている。3月末には承認されるだろうとの期待も裏切られ、早くても6月下旬の国家農業生物安全委員会(バイオセーフティパネル)まで混乱は続きそうだ。

 承認遅れは、中国産トウモロコシの豊作による値崩れ防止のためとか、米国依存から輸入先を多極化するための戦略の一環など、政治的なものだとする推測、憶測が入り乱れている。

 今回問題となっている害虫抵抗性組換えトウモロコシはシンジェンタ社のMIR162系統(商品名はAgrisure Viptera)でVip3Aという殺虫トキシンを発現する。今までおなじみのCry(Crystal)ではない新規のトキシンだ。このあたりを根拠に安全性に関する知見が不足していると科学的な理由で注文を付けている可能性もある。

VIPトキシン
 この事件は宗谷敏さんが、2013年12月9日のGMOワールドII「中国の米国産トウモロコシ輸入拒否~強かな中国の禁じ手か?」で書いている。

 シンジェンタ社は2010年3月に中国政府に輸入承認の申請を出したが、さらなる追加データを求められ、承認は足踏み状態。日本や韓国では承認され、最難関の欧州連合(EU)でも2012年10月に承認されたので、2013年から北米で本格的な商業栽培が始まった矢先の出来事だ。2013年11月19日に「中国、未承認の米国産組換えトウモロコシの積み荷を拒否」とロイター通信が初めて伝えた。年末には米国通商代表部と農務省の高官が北京に飛び、早期承認を求め実務者レベルの協議が行われたが、中国は科学的データに基づき審査中と繰り返すばかり。その後も輸入拒否は続き、4月末で100万トンを超えている。拒否された積み荷は、すでに承認されているアジア各国や一部はEU市場に再輸出されているようだが、穀物商社など業界にとっては大損害だ。

 中国政府の生物安全委員会がシンジェンタ社にどのような追加データを求めているのかははっきりしない。中国に限らず各国が申請者に追加データを要求する場合、理由の詳細は公表されないのだが、Vip3Aという新規の殺虫トキシンを発現するので、審査をより慎重におこない、追加情報を求めている可能性も考えられる。

 VipとはVegetative insecticidal proteinの略語で、栄養型殺虫性タンパクのこと。芽胞形成細菌の一つであるバチルス・チューリンゲンシス(Bt)菌はさまざまなタイプの殺虫タンパクを作り、代表的なのが結晶性(Crystal)のCry(クライ)タンパクだ。Vipは結晶体を作らず、栄養成長期に溶解性の殺虫タンパクを作る。Vip1、Vip2などいくつかのVipトキシンが報告されているが、商業利用されたのはVip3Aが初めてで、Cryトキシンのように、組換え作物、農薬としての利用歴がないので、当然、ヒトの健康や環境への安全性に関する公表論文もごく少ない。

 「Vipといっても、Cryと同じBtトキシン。新規だからと特別視せず、アレルギー性や有害物質の産生という点で、問題なければ良いではないか」という意見もあるだろう。私もそう思う。実際、日本やEUの安全性審査では、特別視せず審査し、科学的に見て食の安全に問題ないと結論している。

 中国の科学者がVipを知らないわけではない。農業省や大学でもVipトキシンを使った中国オリジナルの組換え品種(ワタ)の研究をしているし、中国の研究レベルは高い。

 中国が求めた追加データの内容は不明だが、「Vipトキシンは新規のもの、もっと多くの安全性データが必要」と要求しても、まったく合理性を欠いているとも言えない。

参考:MIR162の評価書(食品安全委員会専門調査会,2019年11月5日)

2014年栽培の新品種でもトラブルの可能性
 米国産トウモロコシ拒否騒動が続く中、2014年1月に新たな問題がおこった。「シンジェンタ、未承認系統で新たな騒ぎが起こる可能性」とロイター通信(1月21日)が伝えている。

 今度は、トウモロコシネクイハムシ(コーンルートワーム)防除用のevent5307系統(商品名はAgrisure Duracade)で、ecry3.1Abという新規トキシンを発現する。ネクイハムシ防除用として現在販売中のMIR604系統(Cry3Aaトキシンを発現)と掛け合わせて、抵抗性発達を防ぐダブルストッパーとして利用するようだ。

 Event5307は米国で栽培承認され、日本でも2013年に輸入承認されているが、中国に申請したのが2013年2月で、当然まだ承認されていないし、 EUでも審査中の段階だ。

 ecry3.1Abトキシンとは、Cry3AとCry1Abを人工的に融合したキメラ遺伝子だ。キメラ遺伝子の作物への導入は、モンサント社のトウモロコシ(MON89034系統)でもCry1A.105として、Cry1Ab,Cry1Ac,Cry1Fの3つの遺伝子を人工的に融合したものがすでに商品化されており、特に新しい技術ではない。中国がこれにどんな要求を出すかは分からないが、今までの承認スケジュールから見て、2014年秋の収穫、出荷期までに中国やEUで承認を得るのは難しいだろう。

参考:Event5307の評価書(食品安全委員会専門調査会、2013年1月28日)

輸出先の承認を得てから商業栽培開始
 MIR162(Agrisure Viptera)騒動で被害を被ったブンゲ、カーギル、ADMなど大手の穀物商社は、「中国だけでなくEUでも未承認のものを栽培するとはとんでもない。今年の栽培は自粛すべき」と相次いで不快感を示し、栽培しても収穫物は引き取らないとシンジェンタ社に通告した。

 シンジェンタ社は「他社の品種では効果が劣る場合もあるネクイハムシ防除のために必要な品種。生産者も望んでいる。生産者には選ぶ権利、栽培する権利がある」と強気だが、業界全体の理解は得られないだろう。

 同社は過去にも、輸入先で承認されていない段階で栽培を始めた前歴がある。ネクイハムシ抵抗性のMIR604で、日本での承認がまだの2007年に栽培を始めた。秋から冬には日本でもまた未承認トラブルが起こるのではと関係者を心配させたが、2007年8月にようやく承認された。8月23日に「日本でも承認されました」とプレスリリースしたが、こういう発表自体ほめられたことではない。

 未承認系統による貿易上のトラブルは真の安全性にかかわる問題ではないのだが、組換え食品、作物では相対的に最重要問題になっている。

 2007年当時とちがい、中国はトウモロコシの輸入でも大市場になっている。米国の穀物生産者協会とバイテク種子メーカーの間には、主要輸出国で承認がとれるまで、米国、カナダでの商業栽培はしない(種子を売らない)という了解事項がある(主要輸出国とはどの国か明確に定義していないようだが)。

 輸出国と輸入国での安全性承認時期のズレや微量の未承認種子混入の扱いなどは、国際レベルで関係者全体で解決しなければならない課題だが、まずは無用な混乱を起こさず、貿易トラブルを最小限にするための方策を提案するのが大人の企業がとるべき姿勢だろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介