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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

焼酎を農薬と呼ばないで 日本酒造組合中央会 名称変更を要求

白井 洋一

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 農水省と環境省は昨年秋から、エチレン、電解次亜塩素酸水、焼酎の3つの市販品を「特定農薬」として新たに指定する方向で作業を進め、2013年12月16日から2014年1月14日までパブリックコメント(意見募集)をおこなった。

 エチレンと電解次亜塩素酸水(塩酸か塩化カリウム液を電気分解したもの)はとくに問題なかったが、焼酎には製造者団体から「営業上大きなマイナスになる、焼酎という名は使わないでいただきたい」と強い抗議が寄せられた。

特定農薬とは

 特定農薬(特定防除資材)とは、農薬ではあるが、原材料の性質から、農作物や人畜、水産動植物に有害ではないと農水大臣と環境大臣が認めたもので、農薬取締法による農薬登録を受けなくても農家が使用できる。2002年の農薬取締法改正によって、農薬の登録基準が厳しくなり、病害虫に防除効果があるからといって、木酢(もくさく)液や薬草の粉末などを勝手に使うと法律上は違反になってしまった。

 化学農薬のように安全性試験や効果データを添えて農薬登録の申請をするには費用と時間がかかる。それではと言うことで、国が認めた製品に限って、登録なしで使っても良いですよというのが、「特定農薬(特定防除資材)」制度だ。

 今までに特定農薬として、「食酢」、「重曹(炭酸水素ナトリウム)」、「天敵」の3つが認められている。ただし、「天敵」も同一都道府県内で採ってきた土着天敵に限るという条件付きだ。茨城県で採ったテントウムシやクサカゲロウを隣の千葉県や福島県の畑で使ったら違反になる。

 エチレンなど今回の3製品は2002年に制度ができてから初の追加指定で、業界内では「果実の追熟用のエチレンと病害虫防除用の焼酎を特定農薬に指定する方向」(日本農業新聞、2013年11月2日)と伝えていた。

 ところがパブリックコメントで予想外の抗議が寄せられた。清酒、蒸留焼酎、みりんの製造業者、約1800社が加盟する日本酒造組合中央会からの要望書だ。

 焼酎の扱いをどうするかは2014年3月4日の農業資材審議会農薬分科会で検討され、酒造組合中央会の理事が参考人として出席し、「特定農薬制度の主旨は理解できるが、焼酎という名称は絶対に使わないでほしい」と述べた。

議事録

酒造組合中央会の3つの懸念

 酒造組合中央会は「焼酎」を特定農薬に指定したと公表されると、特定農薬制度の中味が一般消費者に十分理解されないまま、たんに「焼酎が農薬に指定された」という表面的事実だけが伝わるおそれがあるとし、3つの懸念をあげている。

1.「農薬として使われるものを消費者に飲ませるのか」と健康上の不安を引き起こし、焼酎の大きなイメージダウンになる。
2.クールジャパン政策の一環として、海外への輸出拡大に取り組んでいるが、中国の「白酒」、韓国の「SOJYU」などライバルの蒸留酒も多い。海外のインターネットで「日本の焼酎は農薬として使われている」と興味本位や悪意をもって流されると、輸出にも計り知れないダメージになる。
3.鹿児島県など九州の自治体では地元の焼酎振興のための条例が作られ、地域産業・文化を継承する取り組みがおこなわれているが、この運動に水を差すことになる。

 最後に、中央会は焼酎に含まれるアルコールに殺菌、殺虫効果があるのだから、「次亜塩素酸水」や「エチレン」のように一般化学名の「エチルアルコール」、「エタノール」としても良いのではないかと提案し、「焼酎という名称は絶対に使わないでいただきたい」と強調した。

エタノール、エチルアルコールに変更しても問題は残る

 焼酎ではなく、エタノール、エチルアルコールとすれば解決するかというとそうもいかないようだ。

 行政の担当者からは「販売されているエチルアルコールには工業用もあり、農薬としての安全性評価はおこなわれていない。農薬取締法で言う農薬とは、有効成分ではなく、製剤(製品)を指すので、エタノールという成分で指定することはできない」との見解。

 委員からも「エチレンも濃度98%以上のエチレンガスというのが正確なのだが、これ以外のものは販売されていないので、単にエチレンとした。この名称も問題があるのかも・・」、「エチルアルコールとすると、ウイスキーやスピリッツなども入る。こんどは別のメーカーからクレームが付くかも・・」などの意見がでた。

焼酎に代わる名称は?

 たしかに酒造組合中央会の心配、懸念はもっともだ。日本たたきをねらったインターネット攻撃も十分あり得る。いずれにせよ今回の出来事は、「農薬」であれ「特定農薬」であれ、「農薬」という名前が付けられると、イメージががた落ちし商売に響くということを示している。それほど「農薬」というネーミングは嫌われているのだ。

 審議会委員の誰からも酒造組合中央会の要望に対して、「そんな心配は無用」、「心配しすぎ、取り越し苦労では?」という意見はでなかった。農水省も審議会に諮る前から、焼酎の特定農薬指定は先送りと決めていたことから、酒造組合の心配はもっともなこと、商売への影響は大いにあり得ると判断したのだろう。

 エチレンと電解次亜塩素酸水は予定通り、特定農薬に指定されることになったが、焼酎は名称を含めて再度、検討し直すことになった。「特定農薬」という名称はやめて、「特定防除資材」という表現だけを使うという策もあるが、これも全体のバランスを考えると難しいかもしれない。農水省は焼酎の代わりにどんな名称をひねり出すのだろうか?

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介