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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

よみがえったセラリーニの「組換えトウモロコシでラットに発がん性」論文をどう読むか

白井 洋一

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 「2年間のラット給餌試験で、遺伝子組換えトウモロコシと除草剤を混ぜて与えたら発がん性個体が増えた」というフランスのセラリーニ(Séralini)教授らの論文が発表されたのが2012年9月。その後、EFSA(欧州食品安全機関)など専門家筋から「実験方法がずさん」と酷評され、出版社は2013年11月に論文を取り消し処分にした。

 ところが今年(2014年)6月24日、別の専門誌から、ほぼ同じ内容で再出版された。セラリーニらは「我々は不当な弾圧には屈しない。業界の利益代表ではなく、科学者として透明生の高いデータを提供し、世に問うているのだ」とえん罪判決が逆転無罪となった英雄気取りだ。

 今回は欧米の主要メディアはとりあげず、今のところ無視された格好だが、組換え反対を商売にしている活動家たちにとっては一定の目的を達成したのではないか。サイエンスとは関係のない、市民運動や政治的な注目度、利用度という点で、彼らが力業で勝ち取ったポイントのように思う。

よみがえり論文の中味と著者らの声明文

 今回の再出版はNature News(2014年6月24日)が「がん(腫瘍)と遺伝子組換えの関係を主張した論文が再出版された。(しかし)ジャーナルが変わっても、今までの批判は変わらない」と伝えた。

 最初(2012年)に論文が載ったのは、エルゼビア(ELSEVIER)社が版元のFood and Chemical Toxicology誌だが、今回は同じく学術誌の大手版元、スプリンガー(Springer)社のEnvironmental Sciences Europe誌で校閲(査読)を受けた論文を載せるジャーナルだ。

 論文の中味はほとんど変わらず、前回指摘された問題点を改善したわけではないので、論文の評価そのものは変わらない。つまり、「使ったラットは2年近く飼育すると普通でも腫瘍ができやすい系統なので材料として不適切」、「各処理群の実験個体数が少ない、対照とする実験区が不十分」、「この結果から悪影響があるともないとも結論は出せない」、「正しい実験方法でやり直すべき」という評価は変わらないのだ。

 おもしろいのは論文本文よりセラリーニらのコメントだ。「健康リスク評価における利害衝突、秘匿性、検閲者の意識、除草剤と組換え作物の事例」と題し、6頁にわたり、セラリーニらの一方的主張を載せている。

 主張の要旨は以下のとおりだ。
(1)論文が取り消された後、5つのジャーナルから再掲載の申し出があったが、無料で論文を読むことができるオープンアクセスの電子版、Environmental Sciences Europe誌を選んだ。
(2)最大の問題は動物を使った長期影響試験が義務付けられていないこと。我々はそれを強調したが理解されていない。
(3)我々の論文を批判した研究者やバイテク業界には、毒性学や病理学を知らない人が多く、的外れの批判がめだった。我々は腫瘍の兆候があると言っただけで、がんになったとは言っていないが、そのちがいも理解されなかった。
(4)編集部は、我々の実験にねつ造や不正はないことを認めた上で、論文の取り下げを要求した2013年、モンサント社で働いていた研究者を編集幹部に採用し、その後、我々の論文取り消しが決まった。産業界の利害、圧力が働いたのは明らかだ。
(5)組換え食品の安全性は論争になっている。科学の発展のためには論文が公開され、それをもとに議論することが必要だ。そのため我々は再度論文を発表した。

 これだけ読めば、彼らは産業界やバイテク推進研究者側から迫害を受けた被害者だ。2012年9月、論文を発表したとき、うるさそうなメディア記者には知らせず、情報コントロールした前科にはまったくふれていない。利害関係のない中立、公正な研究者なら、2年間のラット実験の映像を映画にして反対派の商業活動に提供などしないと思うが、これも知らぬふりだ。世間はもう忘れていると思っているのだろうか?

セラリーニの過去の業績をふりかえる

 ここで、セラリーニの過去の論文業績を確認しておきたい。私の記憶する限り、彼がヨーロッパの遺伝子組換え安全性評価や規制政策の舞台で最初に注目されたのは、2007年3月、Archives of Environmental Contamination and Toxicology誌に載った「組換えトウモロコシ(MON863)のラット給餌試験の新解析によって肝臓・腎臓への毒性の兆候が示された」という論文だ。

 その後も精力的に論文を量産し、2008月12月にChemical Research in Toxicology誌に「グリホサート剤は人のへその緒、胚、胎盤細胞の壊死を誘発する」を発表。

 2009年12月、International Journal of Biological Sciences 誌に「3つの組換えトウモロコシ品種(MON863,NK603, MON810)がほ乳動物の健康に及ぼす影響の比較」

 2011年3月、Environmental Sciences Europe 誌に「組換え作物の安全性評価、現在の限界と改善の可能性(総説)」

 これらの論文はいずれも統計検定の手法でトリックを使い、毒性に有意な差がありと強調したり、むき出しの細胞に高濃度の除草剤液をばくろさせるなど荒っぽい実験で、いずれも実験手法が不適切、統計検定法が誤りと、EFSAを始め、各国のリスク評価機関から酷評された。EFSAは論文が発表されるたび、ていねいに中味を検討し結論をだしている。

 この間、組換え反対活動家や科学を信じないヨーロッパの一部の国々は、これらの論文を根拠に「やっぱり組換えトウモロコシは危ないのだ」、「予防原則に基づき、使用を中止すべき」と声高に騒ぎ、組換え作物の輸入承認作業も停滞したので影響力は大きかったと言える。

 セラリーニのグループは組換えトウモロコシやモンサント社の除草剤(グリホサート)だけでなく、さまざまな殺虫剤、殺菌剤でも、人や動物の細胞に及ぼす影響を、現実を無視した実験条件や巧みな統計トリックを用いて論文にしている。これらも一つ一つEFSAによって評価され、酷評されている。

 このような華々しい業績の後に登場したのが,2012年9月、Food and Chemical Toxicology誌の「ラウンドアップ除草剤とラウンドアップ耐性組換えトウモロコシ(NK603)の長期間の毒性」だった。「RETRACTED(撤回された)」と赤字の大文字が生々しい。撤回されたといっても「なかったことにした」わけではなく、今も本文がダウンロードできる。

 要はセラリーニとそのグループの量産する論文とはすべてこのようなものということだ。

バイテク推進側の対応にも問題 少し反省を

 今回のよみがえり論文について、SMC(サイエンスメディアセンター)が専門家のさまざまな意見を伝えている。

 大部分は「中味は変わらないので評価も変わらない」、「まあ、他のジャーナルに発表するのは自由でしょう」と冷静な意見だ。組換え食品・作物をめぐる論争は今後も続くし、セラリーニ一派や他の研究者から今回のような「問題論文」はまた発表されるだろう。そのときのために、今回のドタバタ騒動からの反省点を2つあげておく。

(1)論文撤回のやり方がまずい
 SMCの識者コメントにもあったが、今回の騒動でまずかったのは、最初のFood and Chemical Toxicology誌編集部の対応だ。セラリーニらの論文にねつ造やデータ操作などの不正はなかったが、取り下げを求め、著者らが応じないので、撤回処分にした。問題は実験条件の不備、実験結果からの結論の導き方のあやまりを見抜けなかった査読者・編集部側にある。Food and Chemical Toxicology(食品化学毒物学)誌はタイトルの通り、これまでにも農薬や化学物質の有害影響を強調する論文を多数載せている。セラリーニの論文が取り下げというなら、他にも同様に処分される論文はあるはずだ。

 遺伝子組換えは特別、社会的問題になったからというのでは、冷静なサイエンスベースの判断はできなくなる。まずは査読の段階で十分チェックすることと、著書らの過去の論文前歴に注意することだ。

(2)インパクトファクターの高低は関係ない
 よみがえり論文を引き受けたジャーナルのインパクトファクター(IF,論文が引用される度合い)は前のより低いとか、IFも付かない2流、3流のジャーナルとやゆする声もあるようだ。しかし、まともな研究者、科学ジャーナリストならこれに迎合すべきではない。ネイチャー、サイエンス誌のようにIFが最高ランクのジャーナルに載っても、信用できない論文があることはごぞんじのとおりだ。

 IFはそれぞれの論文に付いているのではなく、ジャーナル全体のランク付けだ。IF0.5のジャーナルに載った論文はIF2.0に載った論文より、価値が低い、信用できないという研究者がいたら、その研究者こそ信用できない、低価値学者だ。今回はふれないが、過度なIF崇拝は日本の研究・教育界に多くの弊害をもたらしている。

 くり返しになるが、ジャーナルを変えて再出版されたからと言って、セラリーニらの実験が正しかったと再評価されたわけでもないし、彼らの名誉が回復したわけでもない。今回の件について問われたときは、彼らの前歴を紹介し「却下された論文を別のジャーナルに投稿し、拾ってもらうのは珍しいことではない」、「正義感に燃えたまともな研究者なら、文句のでない実験方法で再試験して結果を世に問うべきだろう」ぐらいのコメントが大人の対応だろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介