科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

富裕国の脅しにひるまず途上国がバイテク農業に参入できる現実的提案

白井 洋一

キーワード:

 2014年6月30日のGMOワールドII「治験に進んだ遺伝子組換えスーパーバナナはハードルを越えられるか?」を読んで、昨年でた論文を思い出した。

 GMOワールドIIでは、豪州クインズランド工科大がウガンダなどアフリカ向けに開発を進めている栄養強化組換えバナナを紹介している。バナナと言ってもフルーツではなく、調理バナナ、主食用バナナだ。実用化は2020年頃とまだ先のようだが、技術的な問題とともに、社会不安を煽り続けるアンチGMイデオロギストたちと一部メデイアが、ゴールデンライス(ビタミンA強化米)と同じように、さまざまな手を使って開発を邪魔するだろうと予測している。

 EU(欧州連合)の富裕国を母体とする環境市民団体、グリーンピースや地球の友(フレンドオブアース)、およびその連携派生団体は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ途上国の組換え作物開発や輸入を阻止するため、豊富な資金力をバックに思想を共有する地元団体を支援し、反組換えキャンペーンをくり広げてきた。

 アフリカ諸国はかってEU富裕国の植民地であり、現在も旧宗主国の言語や文化の影響が大きく、農産物の多くをヨーロッパに輸出するなど経済関係も深い。

 米国の国際農業経済学者、ロバート・パールバーグ(Paarberg)博士は著書で、「EUの組換え反対は満腹な人間たちの傲慢、偽善的行為だ。組換え作物を作ったら、輸入しないぞと食糧不足、貧困にあえぐアフリカに圧力をかけている」と怒りをこめてEUを批判している。

 彼ほど過激ではないが、アフリカ諸国が自国での組換え作物の開発や商業栽培に反対、あるいは慎重な理由のひとつが、ヨーロッパの輸出市場を失うことを恐れているためというのは真実だろう。

 もし組換え作物を栽培してEUに輸出するとなると、食品の安全性審査に膨大な費用と時間がかかる。これを誰が負担するのか? EU向けに輸出せず、バナナのように自国で消費するものでも、フルーツバナナや調理バナナの一部はEUにも輸出されている。これにもし未承認組換えバナナが微量混入していたら・・・と考えただけで、アフリカ諸国は「まあ、自国での商品化、商業栽培は当面やめておくのが無難」ということになる。

輸出市場を失ったときのための保険、補償基金の設立

 「このままでは、いつまでたっても閉塞状況は変わらない。EUの圧力に屈しない経済的補償システムをつくるべきだ」とカナダのバイテク推進派の研究者が提案している。

 植物バイオテクノロジー誌(2013年6月発行)に載ったカナダ・サスカチュワン大学のスミスらによる「貿易損害補償制度によってアフリカの組換え作物導入を推進する」だ。

 平たく言えば、「アフリカがヨーロッパの脅しにひるまずバイテク農業に参入するためには、米加豪などバイテク先進国が利益の一部を拠出して基金をつくり、EUから輸入拒否された場合の救済制度を作るべき。これなくしてアフリカ諸国は安心して自国での組換え作物栽培に踏み切れない」というものだ。

 国際アグリバイオ事業団(ISAAA)の世界の組換え作物の商業栽培国によると、2013年に世界27国が商業栽培している(日本のバラはカウント外)。

 このうち、アフリカは南アフリカ、ブルキナファソ、スーダンの3国のみ。栽培面積の多いブラジル、インド、中国はいわゆる新興国であり、先進国(経済大国)と呼ばれるのは米国、カナダ、豪州の3国だけだ。この3国が中心になってアフリカ輸出補償基金を作れと提案している。

 提案では、現在商業栽培しているワタ、トウモロコシとともに、近い将来、病害抵抗性バナナの実用化が期待されるとして、バナナを例にあげている。2009年の統計では、アフリカからEU向けのフルーツバナナの輸出額は約1億8000万ドルで、西アフリカのカメルーン、コートジボアール、ガーナが大半を占めている。

 現在アフリカで栽培されている組換えワタとトウモロコシはすべてモンサント社など大手バイテクメーカーの製品で、EU向けの安全性審査はメーカーが申請するのでアフリカ諸国にコスト負担は生じない。万一、未承認品種の微量混入があっても、開発メーカーの責任(負担)になる。

 最初にどんな形質の組換えバナナが商業化されるか分からないが、大手バイテクメーカーは組換えバナナの開発は主導していないので、万一の微量混入に備えて、アフリカの開発者が自らEUに安全性審査を申請することは考えにくい。

 もし、混入トラブルがあったとき、あるいはトラブルはなくても、組換えバナナを栽培するなら、輸入しないぞとEU市場から取引を拒否された場合の補償基金制度は、利害関係者すべてが応分の負担をするというのが提案の骨子だ。

 利害関係者とは、開発者、栽培農家、支援団体(NGOや財団)、米加豪の先進3国政府だ。

 基金には長期・恒常的なものと、短期・緊急対応の2つがあり、補償額も10%程度輸出額が減った場合から100%減(全量輸入拒否)までいくつかのケースを想定し、準備する基金の額を試算している。問題は利害関係者が拠出する資金の割合だが、アフリカの開発者や農家に多くは期待できない。NGOや財団からの寄付も不確定だし、寄付依存は持続可能な商業活動にふさわしくない。

 となると、先進3国政府の拠出割合がもっとも高くなるが、拠出額は現在のバイテク作物の栽培面積に応じてとか、今までの利益に応じて決めるなどいくつかの案を出している。

EU市場の動向に左右されない対策は不可欠

 以上はあくまでも仮定の話で、今のところ実現に向けて大手バイテクメーカーや先進3国が動き出すという話は聞こえてこない。「そこまで我々が資金を出して、援助する必要があるのか?」という声も当然あがるだろう。EUが輸入拒否したバナナを米加豪の市場が喜んで受け入れるのかという疑問も残る。

 しかし、論文では、「米国は海外開発援助として、途上国の組換え作物・食品の理解・普及のために、能力構築(キャパシティービルディング)や技術移転、情報共有などに予算を投じている」、「その一部を回すか、さらに支援予算を増やすと考えれば、政府による財政支援は可能」と主張している。

 なるほどねと思う。能力構築や情報共有のような美しい理念より、市場を失ったときの経済補償基金制度を作る。その基金は米国、カナダ、豪州などバイテク先進国が負担するという現実的対策。先進国の拠出割合も最初は高く、軌道にのったら徐々に下げるという手もある。

 これでEUから「作ったら、買ってやらないぞ」、「もし微量でも混入していたら損害賠償を請求してやる」と脅されても、びくともしないとなったらそれほど高い出費ではないかもしれない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介