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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

デング熱の感染リスク 地球温暖化でどうなる?

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2014年9月3日

 今年、サッカーワールドカップが開催されていた頃、ブラジルではデング熱が大流行していた(ブラジルニッケイ新聞、2014年5月24日)。

 ホテルが足りず、野宿する観客も多いと伝えられていたので、蚊に刺されてデング熱に感染する日本人サッカーファンが出るかもしれないと心配していた。幸い、ブラジルからの帰国者にデング熱多発というニュースはなかったが、デング熱はマラリア、ウエストナイル熱ともに、蚊によって媒介される感染症としてもっとも警戒される疾病リストにあげられている。

 8月末に、東京・代々木公園で高校生3人が蚊に刺されてデング熱と診断された。9月2日時点で感染者は三十数人だが、いずれも熱帯・亜熱帯地域への渡航歴はなく、「国内では69年ぶりの感染」と大きなニュースになり、にわかにデング熱が注目されている。

 しかし、感染症や衛生害虫の研究者の間では、以前から地球温暖化、亜熱帯化によって、日本でもデング熱の感染リスクが高くなるかもしれないと指摘されていた。

 69年前の日本での流行は温暖化が原因ではない。太平洋戦争末期の1943~45年頃に流行したデング熱は、商船や軍用船の寄港地である長崎、呉(広島県)、神戸などで大発生しており、南方の戦地、占領地で感染した人が帰国したためだ。当時は「防空法」によって家庭に防火水槽の設置が義務付けられており、媒介するヒトスジシマカの幼虫(ボウフラ)の大量発生源になったとも言われている(国立感染症研究所資料、末尾の参考2)。

 地球温暖化によってデング熱の感染リスクはほんとうに高くなるのか? 媒介する蚊の生態などから考えてみる。

WHOは増えるだろうと予測
 8月27日、WHO(世界保健機関)は「地球温暖化が今のペースで進めば、感染症や熱中症がより深刻化し、2030~50年には年間の死亡者が今より約25万人増加するだろう」と発表した。温暖化対策の強化を各国政府に求めたものだが、特に増加すると予測した感染症はコレラ、マラリア、デング熱だ。

 温暖化でデング熱が増えるだろうという予測は特に新しいものではない。当コラム「地球温暖化 熱帯・亜熱帯起源の感染症が増えるとは限らない」(2012年12月20日)でも紹介したが、環境省や厚生労働省は日本で増える可能性のある感染症の代表例として「デング熱」をあげている。

 環境省の気候変動影響レポート2012(6頁)では、国立感染症研究所のデータから、デング熱を媒介するヒトスジシマカの分布が年々北上していることを紹介している。

 ヒトスジシマカの分布は年平均気温11℃以上の地域とほぼ一致する。1950年頃までは関東地方が分布の北限だったが、その後徐々に北上し、現在は岩手・秋田県のほぼ全域と青森県の一部で定着が確認されている。このままのペースで気温上昇が続くと、2035年には青森県全域と北海道南部に、2100年には北海道全域に分布が広がるだろうと予測している。

 ただし、このレポートでは、「ヒトスジシマカの分布北上が、そのままデング熱の流行拡大にはつながらない」、「デング熱は媒介するヒトスジシマカを通して人に感染し、人から人へ直接感染しないので、蚊に刺されるリスクの可能性がある地域が広がることを示しています」と慎重な書き方をしている。

温暖化より都市部の貧困・非衛生が問題
 米国メリーランド州小児デング熱ワクチン開発団体のHalstead 博士の総説論文「デング熱ウイルスと媒介蚊と人の相互関係」Annual Review of Entomology (2008)では、気候変動や地球温暖化との関係について、やや異なる見方をしている。

 熱帯・亜熱帯地域のデング熱はネッタイシマカ(Aedes aegypti)が媒介するが、この蚊は高温かつ多雨・多湿の年に多く発生し、デング熱の患者も多い。しかし、地球温暖化との関係を示す報告例はほとんどなく、博士は北半球の北部など温帯、冷温帯地域にデング熱は広がらないのではないかと予測している。

 理由は、ネッタイシマカは休眠性がなく、寒い冬を越せないので、分布の北上は制限される。たとえ少数の個体が北上して生き残っても、低温期には繁殖できないので、デングウイルス毒は蚊の集団内に維持されないかごく少量になり、人への感染リスクも小さくなるからだ。

 博士は温暖化よりも熱帯・亜熱帯地域の都市住民の衛生環境の悪さ(上水道やエアコンがない)の方が心配だと述べている。また、海外旅行など人の動きの活発化で世界各地に飛び火的発生が増えることも懸念している。

 博士は熱帯・亜熱帯に分布するネッタイシマカの生態だけをあげており、日本など温帯にも分布する同じAedes属のヒトスジシマカ(A.albopictus)にはふれていない。

 日本の研究者が指摘したヒトスジシマカは卵の時期に越冬休眠するため、成虫が北上してその土地に定着できる。ただし、現時点の知見では、ネッタイシマカに比べて、ヒトスジシマカは体内でデングウイルスを増やす能力が低いこと、卵で越冬するがそこから生まれた幼虫にウイルス毒性は伝わらない、つまり経卵伝染はしないことが知られている(巻末の参考2)。

 もっともヒトスジシマカによるデング熱感染の研究例は少ないので、これから調べれば新たなことが分かってくる可能性は十分ある。

過剰に心配することはないのだが
 幸いなことにデング熱は今、西アフリカで大流行しているエボラ出血熱のような強毒性、高死亡率の重症感染症ではない。蚊に刺されて感染しても発症しない人も多く、重症のデング出血熱を発症した場合に、治療をしないでそのままにしていると死亡することもある病気だ。予防ワクチンは今のところないが、いつもとちがう発熱やだるさを感じたらすぐに病院に行けば回復する。

 デング熱で厄介なのは、複数のウイルス型に重複感染した場合だ。デングウイルスは1型から4型まで報告されている。共通の祖先型から長い進化の過程で、野生動物の宿主であるサルと媒介蚊を介して4型に分化したと言われている。

 4つの型はそれぞれ地域、大陸ごとに分かれて分布していたが、1950年代以降、人の世界的な移動が増えたため、各型が世界各地に広がり混在するようになった。今年のブラジルの大発生も重複感染患者が多いようで、ブラジルニッケイ新聞(2014年6月11日)は「4つのウイルスタイプ重複感染でより重症に」と報じている。

 あるウイルス型に感染すると免疫ができるが、さらに別なウイルス型に感染すると免疫バランスが崩れ、重症化するようだ。ウイルス型は病状からは判断できず、採血して遺伝子型を調べなければ分からない。

 今回の日本人の感染は、「デング熱流行地域で感染→帰国か訪日→ヒトスジシマカに刺される→8月上~下旬、代々木公園周辺でこの蚊たちに刺される」という感染ルートだが、日本国内で同じ人が異なるウイルス型を保毒した蚊に複数回刺される可能性は確率的にみてきわめて小さいだろう。

 東京・代々木公園周辺だけでなく、今後、他地域でもデング熱が発症する可能性はあるが、ヤブカのいるところで、肌を露出した服装は避けることだ。ヒトスジシマカはたまり水に産卵しボウフラが繁殖しやすいので、公園や空き地や墓地での空き缶やポリ容器のポイ捨ても要注意だ。

 世界規模の人の動きの拡大で感染症の発症リスクが高くなることはあっても低くなることはないが、過度に恐れず、日常の衛生管理や体調管理に注意することが大切だ。

 今回のデング熱騒ぎで早くも「免疫のない老人が危ない」、「腸内細菌は免疫力を高める」、「○○食品を食べよう」などの怪しげな広告が流れているが、とびつかないよう注意してほしい。

参考1:厚生労働省「デング熱Q&A」

参考2:環境省レポート「地球温暖化と感染症 いま何が分かっているのか?」

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