科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

牛肉・豚肉の原産地表示 WTO訴訟で米国また敗訴

白井 洋一

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 食品の原産地表示(Country of Origin Labelling, COOL)はどこの国にでも難しい問題だ。とくに貿易が絡むと複雑になる。米国は2009年3月に食肉、魚介類、野菜、果物などを対象に、COOL制度を導入したが、食肉の表示について、隣国のカナダとメキシコからクレームが付いた。米国の制度は輸出国側に不利で自由貿易を阻害するという理由からだ。

 WTO(世界貿易機関)の紛争処理委員会は1審(小委員会)、2審(上級委員会)とも、米国の主張を退けたが、米国は表示方法を変えてCOOL制度を続けた。この改訂版にもカナダ、メキシコは提訴し、2014年10月20日、小委員会は今回も米国の制度はルール違反と判断した。
 ALIC(農畜産業振興機構)ニュース(2014年10月22日)

米国の食肉表示法 2009年版と2013年版の比較

 この件は2012年11月21日の当コラム「ホットな戦いCOOL(原産地表示制度)」で紹介した。

 2012年6月、WTO訴訟で敗訴した米国はWTOの最終判定を参考に改訂版を作り、2013年3月に再施行した。しかし、カナダ、メキシコはこれにも納得せずWTOに再提訴。10月20日に出された1審(紛争処理小委員会)の判定は米国にとって予想以上に厳しいものだった。

 改訂版COOLも、WTOのTBT(貿易の技術的障壁)協定に違反している。カナダの牛豚肉、メキシコの牛肉の生産者・食品業者が受ける不利益は、米国の生産者・業者が受ける不利益よりも大きく、両国の輸出を阻害し、WTOの自由貿易の原則に反するというものだ。

さらに、改訂版は2009年のオリジナル版より、生産者のコスト負担を増やし貿易を阻害すると手厳しい内容だ。改訂版のつもりが、むしろ改悪だと判断されたわけだが、米国のCOOLとはどんな表示なのだろうか?

10月20日付けのWTO小委員会の決定文書(全206頁)の38頁に2009年オリジナル版と2013年改訂版の比較がある。

 オリジナル版は、出生(Born)、肥育(Raised)、と畜(解体)(Slaughtered)をおこなった国を並べて表示しているが、改訂版では、出生はカナダ、肥育はメキシコ、と畜は米国など、それぞれの工程をおこなった国名を区別して表示している。

 出生からと畜まですべて米国でおこなった純米国産は、オリジナル版では「Product of the U.S.」だったが、改訂版では「Born, Raised, and Slaughtered in the U.S.」となった。すべてが海外の1国でおこなわれた場合、たとえば純日本産牛肉は、オリジナルも改訂版も「Product of Japan」で変更はない。

 純米国産と純外国産は良いとして、問題は出生と肥育が米国を含む複数国にまたがる場合で、カナダの牛肉と豚肉、メキシコの牛肉が今回の訴訟の対象となった(注:メキシコの鶏肉でも同様のケースが想定されるが、今回の訴訟対象にはなっていないようだ)。

 複数国が絡む例として3つあげられ、オリジナルと改訂版の表示は以下のようになっている。

例1.カナダ(出生)→カナダと米国(肥育)→と畜(米国)
オリジナル「米国、カナダ産」
改訂版「カナダで出生と肥育、米国で肥育とと畜」

例2.メキシコ(出生)→メキシコとカナダと米国(肥育)→と畜(米国)
オリジナル「米国、カナダ、およびメキシコ産」
改訂版「メキシコで出生と肥育、カナダで肥育、米国で肥育とと畜」

例3.カナダ(出生)→カナダ(肥育)→と畜(米国)
オリジナル「カナダおよび米国産」
改訂版「カナダで出生と肥育、米国でと畜」

例2を原文で書くと以下のとおりで、改訂版はかなり長い
Original: Product of the U.S., Canada and Mexico.
Revision: Born and Raised in Mexico, Raised in Canada, Raised and Slaughtered in the U.S.

これからどうなる米国のCOOL

 2012年6月の裁定でWTOは、米国のCOOL制度は消費者の知る権利であり、制度そのものは認めている。カナダ、メキシコが訴えたのは牛肉・豚肉のCOOLであり、これに対してWTOは米国が生産者・製造業者に求めた記録や情報提示が、十分に消費者に還元されていないとコメントしている。

 WTOはこれが米国敗訴の主因とは言っていないが、米国側は「出生はどこの国で、肥育はどこの国で」と詳細に情報を列挙すれば文句はないだろうと考えたのかもしれない。

 しかし、一見して、改訂版の表示はオリジナル版より改善したとは思えないし、生産者・業者だけでなく、食肉を買う側の一般消費者にとってもわかりにくい表示だ。純米国産と純外国産は良いとして、複数国関与の表示は消費者に「牛や豚はいろんな国、業者を経てみなさんの食卓に上がるのですよ」と教えているだけのようだ。これは一般消費者だけでなく、COOL制度の提唱者、支持者たちが望んでいることではないだろう。

 米国がさらにWTO上級委員会に不服申し立てをするか、今回の裁定を受け入れ改訂版を取り下げるかは現時点では不明だ。たとえ上告しても米国に勝ち目はないように思う。

 カナダは米国がWTO裁定に従わない場合、牛肉・豚肉だけでなく複数の農産品に報復の輸入関税を課すことを決めている。米国内の主要生産者、食肉団体はこれ以上の紛争は米国の業界や消費者に不利になるだけで、政府はさっさと食肉のCOOL制度を廃止すべきと言う意見が大勢だ。

 一方、一部の消費者団体や純米国産牛肉を売りにする農業者団体は、「COOLは消費者の知る権利、選択の権利、食の安全にとって欠かせないもの。WTO裁定に屈するな」と政府や国会議員に圧力をかけている。

 2012年11月21日の当コラムでも書いたが、原産地(原産国)表示の提唱者や積極的推進側は、消費者の権利、食の安全確保のためと言いながら、自国や身内の団体の商品を売りたい、外国産やライバル会社の商品を買わせたくないという思惑があるので、一見するとCOOLは複雑そうな問題に見えてしまうのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介