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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

デング熱流行をふりかえる さて来年は?

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2014年12月24日

 今年8月下旬に新宿・代々木公園周辺で確認され大騒ぎになったデング熱は、秋の深まりとともに収束した。10月30日に160人目が報告されたが、これは8月9日に発症した人の抗体検査に時間がかかったためで、10月15日の発表(159人目)が今年の最終感染だった。

 9月に148人、10月は8人、11月はゼロと、ヒトスジシマカ成虫の活動時期と一致していたが、今年の流行をふりかえるとともに、来年以降のことを考えてみる。

 厚生労働省デング熱の発生状況

2013年にもあった国内感染
 8月27日に初感染が確認されたとき、「太平洋戦争末期の1945年以来、69年ぶりの国内感染」と報道されたが、実は1年前の2013年夏にも日本国内で蚊に刺されてデング熱に感染した人がいた。

 2013年8月に日本に2週間滞在したドイツ人旅行者だ。厚労省が2014年1月10日に発表し、メディアも小さな記事で報道したが、ほとんど関心は持たれなかったようだ。
 詳細はユーロサーベランス速報(2014年1月23日)に載っている。
 51才の女性旅行者はドイツ・フランクフルトから直行便で成田に到着し、その後、上田(長野県)、笛吹(山梨県)、広島、京都、東京に2週間滞在し、成田からフランクフルトに戻った。帰国後、発症し、ベルリンの病院で検査を受けたところ、デング熱と確認された。

 笛吹でブドウ狩りをしたとき、数回蚊に刺されたという。この女性は2009年にケニヤ、2012年にシンガポールを旅行したが、2013年夏は日本以外には行っていないため、ドイツの感染症センターは、日本でデング熱ウイルスを保毒した蚊に刺された可能性が高いと結論し、日本当局(厚生労働省)に注意喚起を含めて通報した。

殺虫剤散布 都市部特有の問題も
 厚労省と国立感染症研究所はこの通知を受け、今年(2014年)も国内感染があるのではないかと対策を考えていた。毎年、熱帯・亜熱帯地域からの帰国者で200人前後の感染報告があるが、デング熱は発症しても比較的軽く、1週間程度で治ってしまうので、病院や保健所に届けない人も多いはず。媒介するヒトスジシマカは北海道と東北北部以外の日本全国に分布しているので、帰国したウイルス保毒者が蚊に刺され、さらに別の人を刺すことは十分ありうる。

 4月には国内でデング熱患者が出た場合の対策手引きを作り、8月27日に兵庫県西宮市で模擬対策訓練を実施した。ちょうどこの日に代々木公園で初感染が確認されたのだ。

 2014年10月31日、日本衛生動物学会東日本支部大会(千葉市)で、緊急企画「デング熱媒介蚊についての現状と今後の対策について」が開かれ、研究者、自治体職員、防除業者などが参加した(サイトには講演タイトルや要旨は載っていない)。
 講演した国立感染症研究所昆虫医科学部の沢辺部長は、「8月27日の模擬訓練はまったくの偶然。以前は関西の自治体は蚊による感染症対策に熱心だったが、発生がないので関心が薄れていた。西宮市は対策に協力的で、最初の模擬訓練を受け入れてくれた」とのこと。

 2014年9月17日の当コラム「デング熱 厚労省は正しい基本情報の提供を」で私は「ヒトスジシマカの行動範囲はもっと広いはず。論文も出ているのに、防除範囲を50メートル(m)程度としたのは疑問」と書いた。
 研究者も当然これらの論文は知っていたが、防除範囲を50m程度にしたのはやむを得なかったところもあった。熱帯・亜熱帯でデング熱を媒介するネッタイシマカは、主に住宅地や屋内におり、行動範囲は比較的狭く、海外の対策でも防除は患者の住居から50m程度としている例が多い。

 ヒトスジシマカは住宅地周辺だけでなく、墓地や公園にも多い。公園などでは50m以上飛ぶことは分かっていたが、公園が最初の発生源になるとは想定外だったようだ。

 厚労省は9月12日に、防除(殺虫剤散布)の範囲を50mから100mに改めたが、実際の防除では都会ならではの問題もいろいろあった。

 半径100mと円形で示すと、発生源(患者の家)が特定されるので、防除範囲は四角の区画で示してほしいと要望があった。「ここがデング熱患者の家だ!」などとネットに載せて喜ぶ人間がいるのだろうか?

 防除範囲を四角の区域にしても、区域外も殺虫剤を散布してほしいという要望や、区域内でも「農薬をまかれるのはいや、やめてほしい」という住民もあり、防除にかかわった業者や自治体は神経を使ったようだ。

 東京近郊の自治体の担当者は「うちの県では公園に農薬をまくのは消極的。野生生物保護のためで市民にもそういう意識が強い」、「来年、患者が出たときに周辺の公園の防除をどうするか判断が決まっていない」と自然保護との兼ね合いの難しさを指摘した。

 今年の代々木公園(東京都管轄)や周辺の新宿御苑(環境省管轄)でも、防除は生態系への影響を考慮してかなり慎重におこなわれたと報道されている。

 大都会の公園や河川敷には野宿して生活している人も多い。彼らが蚊に刺され、デング熱ウイルスを保毒した蚊を増やした可能性も考えられる。農薬嫌悪、環境重視の市民感情とともに都市部特有の問題が浮き彫りにされたのが今年のデング熱流行だった。

今年の流行からの教訓
 海外で感染した人が帰国や入国してから日本国内で蚊に刺され、さらに別の人が蚊に刺されて感染した例は実際はもっと多いだろう。今年の国内感染者160人は血清型からすべて1型だったが、静岡県熱海市の患者は代々木公園タイプとは遺伝子配列が異なっており、現時点で少なくとも2つの国内感染があったことが分かっている。2013年のドイツ人女性は血清2型であり、今年の発生源とはまた別だ。

 今年は騒ぎが大きくなったので、発熱や筋肉痛など今まで経験したことがない症状の人が「もしや私も?」と病院や保健所に行って、デング熱と確認された例が多いだろう。来年はデング熱ではないかと診断を求める人は増えるだろう。

 デング熱は人から人へ直接感染せず、症状も比較的軽いので過度に怖れる感染症ではない。デング熱ウイルスには4つの血清型があり、別な型に重複感染すると症状が重くなると報告されているが、熱帯・亜熱帯のように1年中、媒介する蚊が活動している地域と異なり、日本で同じ人が重複感染する確率はごくごく低いだろう(まったくゼロではないが)。

 デング熱と似たような症状で、日本に普通に見られるヒトスジシマカやアカイエカなどが媒介する感染症として、ウエストナイル熱とチクングニア熱も警戒されている。いずれも人から人へ直接感染はしないが、ウエストナイル熱の場合、鳥や馬などにも感染しウイルスを保毒するので、感染ルートが複雑になり、いったん侵入するとやっかいだ。

 今年のデング熱流行は、日本人がほとんど忘れていた蚊による感染症を、行政、マスメディア、一般市民に再認識させてくれた。来年以降、国内感染が確認された場合、国や自治体は今年の流行を参考に具体的対策マニュアルを準備してほしい。公園での自然保護と防除の問題も、どう折り合いをつけるか考えておくべきだ。

 熱帯・亜熱帯からの帰国者や入国者は増えることはあっても減ることはないだろう。過度に怖れるのではなく、過剰な肌の露出を避けて蚊に刺されないようにする、公園や空き地に空き缶、ポリ容器、古タイヤなどを捨ててボウフラ(蚊の幼虫)の発生源にしないなど身近な心がけも重要だ。

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