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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

未承認ワタの混入トラブル 栽培目的も申請しておけばよかったのに

白井 洋一

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 昨年末の12月25日、農水省から「栽培用ワタ種子から未承認の遺伝子組換え種子の混入が確認された」という発表があった。

 ワタは日本ではほとんど栽培されていないが、それでも地域特産品として全国で合わせて約7ヘクタール、ほかにも観賞用として個人栽培もごく少数あり、ほとんどが中国からの輸入種子を使っている。

 農水省は遺伝子組換え作物のこぼれ種子の追跡や未承認系統の摘発にかなり熱心で、ワタでも検出法の開発を進めていた。開発した方法で市販されている栽培用種子を調べてみたら、日本で栽培未承認の系統が見つかったので、回収を命じたというのが今回の出来事だ。

なぜ栽培目的の申請をしなかったのか
 米やトウモロコシの未承認系統の微量混入と異なり、食用ルートではないので、ほとんどニュースにならなかったが、農水省の発表文の歯切れが悪い。「今回見つかった2系統は、食品や飼料の安全性承認はとれているが、メーカーから栽培用の申請が出されていないため、栽培用としては法律違反。でも仮に栽培されたとしても、我が国の生物多様性に悪影響が出るおそれはない」という見解だ。

 農水省は今回のトラブルの前から、こういうこともあるだろうと予想していたのか、「遺伝子組換えワタを栽培してはいけません。栽培したら法律違反になります」とホームページで警告していた。

 ここでも、多くの遺伝子組換えワタ(害虫抵抗性と除草剤耐性)が食用(主にワタ実油)と家畜飼料用として輸入承認されているが、開発メーカーから栽培用の申請は出されていない、だから栽培したら法律違反になると書いている。栽培目的の申請をしていないメーカー側に非があるような書きぶりだ。

 日本はトウモロコシ、ダイズ、セイヨウナタネ、テンサイ、アルファルファなど多くの組換え作物を食用(油や加工原料)、飼料用として輸入しているが、これらの作物は日本で栽培する予定がないものでも、栽培用の申請が出され、認可されている。ワタだけが特殊なのだ。

 最近の生物多様性影響評価総合検討会(2014年12月19日)の審査案件を見てみる。

 ワタ1件、トウモロコシ1件、ダイズ2件が審査されたが、「使用等の内容」を見ると、トウモロコシとダイズは「食用または飼料用に供するための使用、栽培、加工、保管、運搬および廃棄並びにこれらに付随する行為」とある。しかし、ワタだけは「栽培」が入っていない。皮肉にも、今回の事件の発表6日前に開かれた総合検討会の配付資料ではワタもトウモロコシやダイズと同じように「栽培」が入っていた。「この記載は誤りでワタには栽培は入りません。削除です」と事務方から訂正があった。おそらく書類を作った事務方もみんな同じとうっかりコピーアンドペースト(コピペ)したのだろう(公開された資料は修正済みのもの)。

 「栽培」が入るか入らないかで、生物多様性影響評価の審査のハードルが変わるわけではない。栽培申請しないワタでも、トウモロコシ、ダイズ、セイヨウナタネなどと同様に日本本土の隔離ほ場で試験栽培が義務付けられており、同様の試験データをとっている。添付する国外データの要求量も変わらない。

 2004年のカルタヘナ法施行前は、トウモロコシやナタネでも、栽培目的の申請を出す出さないはメーカー各社の判断に任されていた。それが法施行後、一律に栽培目的を含めて申請するようになった。輸送時のこぼれ種子などに行政側が神経を使うようになったためだ。

 実際に商業栽培はしないが、「栽培用」の認可をとっておくメリットもある。市民の見学用に展示ほ場で自由に栽培することができるからだ。ワタではこれができない。某メーカーの担当者が「展示用にワタを栽培することもあるかもしれないので、栽培用も含めて申請したい」と農水省にお伺いを立てたら、「ワタでは前例がないから」と断れたことがある。

 今回の件で、開発メーカーが栽培申請をしていなかったからとくり返しているが、農水省が申請を受け付けなかったのが実際だ。今後、どう態度を変えるか分からないが、使用目的の選択は申請者の判断に任せるべきだ。今回の件とはやや異なるが、日本の栽培承認区分が海外から見ると特殊であることは、GMO情報(2011年2月)「栽培用と食品・飼料用: 米国から見た日本・EUの承認状況」に書いた。この状況は今も変わっていない。

中国ブランドの組換えワタが混入していたらどうなる
 今回、中国から輸入した栽培用ワタ種子から検出された組換え系統は、害虫抵抗性(Cry1Acトキシン)のMON531と除草剤グリホサート耐性のMON1445系統だ。市販種子の全量がこれらの系統だったのか、一部微量が混入していたのか、農水省発表資料からは判断できないが、両系統は中国でも食用・飼料用として輸入許可が下りている。

 ISAAA(国際アグリバイオ事業団)の発表によると、2013年の中国の組換えワタの栽培面積は約420万ヘクタールで、全体の90%強だ。商業栽培しているのは害虫抵抗性品種だけと聞いていたが、除草剤耐性ワタも栽培していたのかとちょっと驚いた。あるいは食用・飼料用として輸入した種子が種子採種ルートに紛れ込んだのかもしれないが。

 他に中国が食用・飼料用として輸入承認している組換えワタは、害虫抵抗性のMON15985(Cry1Ac+Cry2Ab)、グリホサート耐性のMON88913、グルホシネート耐性のLLCotton25だ(2014年7月時点)。これらの系統はいずれも日本で食品・飼料安全性承認を受けているので、もし検出されても、今回以上のトラブルにはならない。

 問題は中国ブランドの害虫抵抗性ワタだ。公式な数字は発表されていないが、中国のBtワタは中国が開発したCry1AcとCpTI(カウビートリプシンインヒビター)を導入した品種が主流だ。これは日本向けに食品・飼料用の輸入承認を申請していない。ワタに限らず、中国は自国で開発中の組換えイネやトウモロコシでも海外での承認をとる動きはまったく見られない。

 Cry1AcプラスCpTIワタが輸入種子から見つかったら、農水省はどうするのか? 日本には交雑可能な野生ワタは存在しないし、在来品種もほとんど栽培されていないので、生物多様性や環境影響の心配はないのだが、農水省がどういう対応をするのか、ちょっと興味がある。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介