科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

環境ホルモンその後 ビスフェノールAはどうなった?

白井 洋一

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 メス化するオス、精子数の減少、警告本「奪われし未来」など1990年代後半から2000年代半ばにマスメディアを賑わした環境ホルモン。正式には「外因性内分泌かく乱物質」と言い、環境中の化学物質がヒトや動物の体内に入って、ホルモンバランスをかく乱し代謝や生殖に悪影響を与える。

 最近、ほとんど話題にならないが、環境省は毎年、内分泌かく乱物質の公開セミナーを開いている。今年も1月15日に欧州(フランス)と米国の研究者を招いて計5題の発表があった。

フランス ビスフェノールAの使用全面禁止に
 最初に講演したフランス・食品環境労働衛生安全庁(ANSES)のゴンバート博士は欧州全体の取り組みを紹介した後、フランスが2015年1月から、ビスフェノールA(BPA)の使用を全面禁止にしたと述べた。

 BPAとはプラスチックのポリカーボネートや缶詰サビ防止剤のエポキシ樹脂の原料で、過去の環境ホルモン騒動でも、怪しい物質の代表のひとつになっていた。一般に使用されている濃度での悪影響はほとんど否定されたのだが、ごくごく低い濃度でも、胎児や乳児に悪影響があるのではないかという報告がいくつか出たため、2007年頃から欧米で低用量(濃度)での再評価がおこなわれていた。

 欧州全体での評価は欧州食品安全機関(EFSA)の担当だが、フランスはこの報告を待たず、独自にBPA全面禁止としたのだ。

 発表後の質疑で、「まもなくEFSAの評価結果が発表されると思うが、EFSAが安全と言えば、フランスはどうするのか?」との質問があった。

 ゴンバート博士は「EFSAは安全とは言わないだろう。安全とする根拠がわからない」と答えた。質問者はさらに「EFSAは安全だと判断すると思う。米国も乳児向け容器の制限はしたが、全面禁止にはしていない」とコメント。ゴンバート博士は「ハザードベースで判断するか、潜在的なリスクベースで判断するかの問題だろう」と答え、かみ合わないまま時間切れとなった。

EFSA BPAに健康リスクなし でも耐容基準は下げる
 6日後の1月21日、EFSAは「BPAは許容値以下の使用であれば、胎児・乳幼児を含む全年齢に健康リスクはない」と発表した。

 BPAは高濃度(体重1キロあたり400~500マイクログラム)(1マイクロは100万分の1)では、肝臓や腎臓への悪影響やラットの乳腺への悪影響の可能性がある。しかし、この値は1日あたり耐容摂取量(TDI)の100倍以上であり、レシートなど感熱紙から皮膚を通して体内に入る量もきわめて低い。これらを合わせても全体として通常の使用では、妊婦や乳幼児、高齢者を含む全年齢層にとって健康リスクにはならないと結論している。

 今回の発表では、TDIを今までの体重1キロあたり50マイクログラムから4マイクログラムに引き下げたが、これは安全上の問題ではなく、低濃度まで測定した実験報告が増えたことと分析機器の精度が上がったためと説明している。4マイクロに下げても、新たに使用禁止となる容器はないようだ。なお、今回のTDIは暫定的な値で、ラットでの長期影響試験の結果が出れば、見直すこともあると補足している。

 よくある質問(Q&A)ではリスクとハザードの違いについても説明している。リスクとハザードは同じものではない。ハザードは固有の危害現象そのもの。リスクはばくろ量、ばくろ期間、ばくろ年齢を考量して数値で示す。高濃度のばくろ量では健康被害(ハザード)は起きるが、現実の使用状態を考えれば、リスクはないというのが今回のEFSAの結論だ。

 フランス・ANSESも1月21日に見解を発表している。

 見出しは「EFSAは現在のばくろ量では健康リスクなしとしたが、TDIは引き下げた」で、TDIを下げたのはやっぱり危険だと判断したからだと言いたいようだ。EU(欧州連合)加盟28国は化学物質の安全基準でも統一ルールを採用するのが原則なので、今後のフランスの出方が注目だ。遺伝子組換え食品のようにEUで認可しても、我が国は反対と独自路線を貫くのだろうか?

日本の厚労省はどうする?
 今回のEFSAの発表を受けて厚労省はどう対応するのだろうか? 実は日本も欧米の動きにあわせ、2008年7月にBPAの健康影響評価を食品安全委員会に依頼している。食安委の器具・容器包装専門調査会は生殖発生毒性に関する作業部会を作り、9回の会議を経て、2010年5月に中間とりまとめ報告書を出した。

 「現時点では低用量での試験データ、文献が少なく、具体的にTDIを決めるのは困難。知見が集まったら、改めて最終的な評価をする」というものだ。

 現在、日本でのBPAのTDIは体重1キロあたり0.05ミリグラムだ。これは今までのEU基準の50マイクログラムと同じ値だ。中間とりまとめでは、知見の集積を待って改めてとしていたので、これから何らかの動きがあるのだろう。

 参考:食品安全委員会 器具・容器包装専門調査会 中間とりまとめ(2010年7月7日)

環境省のプロジェクト研究 途中経過の説明を
 1990年代後半から今まで、環境省はSPEED’98,ExTEND2005,EXTEND2010と名称を替えて環境ホルモン研究を続けてきた。 EXTEND2010は、検討対象とする化学物質の選定と絞り込み、影響評価の手法開発の2つが目標だが、まもなく終了し次が計画されている。

 1月15日の公開セミナーで私は「基礎研究の重要さ、研究の継続の必要性は理解するが、一般人目線に立てば、何を研究しているのかわかりにくい。この物質にはリスクの可能性がある、この物質は問題ないというような情報発信をすべきではないか」と質問した。

 環境省環境安全課の担当者は「どの物質にリスクがあり、どれにないか結論が出ている物質がまだないので、指摘のような発信ができないのが現実」と答えた。「しかし、EXTEND2010の節目の年でもあり考えていきたい」とも言っていたが。

 ごく低濃度で濃度に比例しない作用や乳幼児や幼生動物への影響の可能性など、研究が深まるにつれ新たな知見が出てきたのは事実だ。白黒はまだはっきりしないが、基礎的な研究データの蓄積、継続が必要という研究者の声は分かる。しかし、環境ホルモン関連の研究は、1990年代に社会的な関心を集めたため始まったものだ。それで多額の予算がつき、今も額は減ったが研究が継続している。

 研究者や予算を出している環境省は、なぜ、今も環境ホルモンの研究を続けているのか、目的と途中経過を説明すべきだ。EXTENDを「拡大、発展」の意味で使っているようだが、「延長」という意味もある。緊迫、白熱した延長戦なら意味があるが、研究者のための研究費継続延長のためと思われないよう情報発信してほしい。

 さらに言えば、厚労省と環境省の縦割りの問題もある。ヒトの健康影響は厚労省で、リスク評価は食品安全委員会に依頼する。野生生物など環境への影響は環境省の担当だが、公開セミナーではヒトの健康影響もしばしばテーマにあがる。ミジンコやメダカも大事だが、一般人の関心はやっぱりヒトの健康だ。小動物で見つかった現象が生態系全体やヒトの健康にどの程度関係し、リスクがあるのかないのかを役所の縦割りにとらわれず、説明してほしいとも思うが、これは期待できないだろう。まずは環境省独自で節目の経過説明をしてほしい。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介