科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

NBT 新育種技術って何? 組換え技術を使うけど組換えじゃない?

白井 洋一

キーワード:

 「ゲノム(全遺伝子情報)編集」という言葉は、「筋ジストロフィー患者のiPS(人工多能性幹)細胞をゲノム編集技術を使ってピンポイントで正確に修復することに成功」(朝日新聞、2014年11月28日)などちらほら聞かれるようになった。しかし、NBT(New Breeding Techniques)、新育種技術という言葉は一般紙にはほとんど登場しない。

 ゲノム編集もNBTの技術のひとつで、分子生物学や育種(品種改良)の研究者の間では今、もっとも注目されている。この技術は家畜や魚の品種改良や医療分野でも使われるが、今回紹介するのは植物の品種改良に利用するNBTだ。植物育種の研究者たちは、NPBTとPlantを付けて、「新植物育種技術」と称することも多いが、ここでは世界標準にあわせてNBTに統一して話を進める。

 NBTにはさまざまな技術があるが、共通するのは「遺伝子組換え技術を使うけど、できあがった作物や食品には導入した遺伝子が残らないか、残っていてもごくわずかで自然におこる変異と見分けがつかず、開発者が申告しなければ分からない」ということだ。

 放射線や化学物質によって人工的に突然変異を誘導して品種改良する技術は数十年前から使われているが、できあがった作物の遺伝子を解析しても、どうやって変異を起こしたのか分からない。今までの遺伝子組換え技術では、導入した外来遺伝子がそのまま残っているので、調べれば分かる。当コラムでも何回か書いた「未承認の組換え系統が検出された!」という事件も、外来遺伝子が残っているから分かる出来事なのだ。一方、ゲノム編集は人工制限酵素を利用して、植物のねらった部位(遺伝子配列)のみに小規模な変異を誘導するので、作物に痕跡が残らないか、残ってもごく小さい変異のため、組換え技術で作ったのかどうか簡単にはわからない。

NBTにはさまざまな技術があるが
 ゲノム編集だけだとNBTの説明は分かりやすいのだが、今世界で取り上げられているNBTには7つか8つありややこしい。 筑波大学遺伝子実験センターの研究者たちが2013年に書いた本、「新しい植物育種技術を理解しよう」(国際文献社、1080円)では7つの技術を紹介している。

 人工制限酵素(ゲノム編集)、オリゴヌクレオチド指定突然変異(ODM)、シスジェネスとイントラジェネス、RNA依存DNAメチル化(RdDM),組換え台木を使った接ぎ木、アグロバクテリウムインフルトレーション(アグロ浸漬)、逆育種の7つだ。これは2011年に欧州連合(EU)の研究機関がピックアップした8つのNBTのうち、合成ゲノム(合成生物)を除いた7つだ。接ぎ木以外は専門用語だらけで難解そうだ。

 2014年8月に出た日本学術会議の報告書もほぼ同様の内容だが、さらに種子生産技術(SPT)や組換え雄性不稔(TMS)循環選抜、早期開花・世代促進なども追加されますますわかりにくい。

 筑波大の本も学術会議の報告書も専門家が読む分にはこれでも良いのだが、どちらも新技術の紹介とともに、市民、消費者の理解や社会・経済的影響も重要と書いている。個々の技術の羅列では専門分野以外の研究者でも理解しにくい文章構成になっているのが残念だ。

 逆育種とTMS循環選抜は最終生産物の3世代、4世代前の育種作業の時間と手間を省くための育種効率促進技術だ。アグロ浸漬も早期開花(世代促進)や個体選抜の効率化に使う場合はこれに入る。

 SPT(種子生産技術)は米国のバイテクメーカがすでに実用化している。トウモロコシの交雑種子(F1ハイブリッド)を生産するとき、自株の雌穂と雄穂が交雑しないよう雄穂を取り除く除雄という作業に代わり、組換え技術で作った雄性不稔親を使う。育種効率促進のお手本のような技術で、食品や飼料として利用される最終産物は3世代後の作物であり、導入遺伝子はまったく残らないので、「組換え体として扱わない」と日本でも2013年に認められている。

 これらの技術は、最終的に利用される作物に導入遺伝子が残っていないことが証明されれば、組換え体ではないと認められるだろう。ただし痕跡が残っていたり、挙動が不安定ならばだめだ。安定して後代に残らないことを証明するデータの提出が必要になる。

焦点となるのは5つの技術
 学術会議の報告書では、育種効率化技術と変異誘導などの技術は別な視点で考えるべきと書いているが、複数の研究者による寄せ集めレポートなので首尾一貫せず、育種効率技術がNBTの主役のごとく紹介している部分もある。今後、扱い方が注目され、品種改良の手段としても期待の高いのは以下の5つの技術だ。

・人工制限酵素(ゲノム編集)
DNA切断酵素(人工ヌクレアーゼ)を使い、標的部分の遺伝子を切り取ったり、置き換えて変異を誘導し、植物の形質を変える。最初はZinc(亜鉛)フィンガーヌクレオチド(ZFN)の3タイプだけだったが、2010年にTALEN、2013年にCRISPR/Cas9という誘導効率の良い制限酵素システムが開発され、今大きなブームになっている。「ターレンはもう古い、これからはクリスパーキャスの時代だ」、「クリスパーという画期的な手法を手に入れた!」と豪語する研究者は日本にもいる。有望であり、さらに進化する可能性のある技術だが、標的とする部位以外(オフターゲット)も切断する可能性があり、実用化する上で最大の課題になっている。

・オリゴヌクレオチド指定突然変異(ODM)
人工制限酵素ではなく、ごく短いDNA配列を導入して変異を誘導する。ねらった部位を自由自在に編集することはできないが、オフターゲット変異のリスクは小さい。従来の突然変異誘導技術の延長とも考えられ、実用化段階にきている。

・シスジェネシスとイントラジェネシス
異なる種の外来遺伝子を導入するのが従来の組換え(トランスジェネシス)なのに対し、交雑可能な近縁種の遺伝子だけを導入する。人工交配(交雑)では目的外の遺伝子も入り、導入の効率も悪いので利用される。シスは近縁種の遺伝子をそのまま導入し、イントラは改変した遺伝子を導入する。シスは耐病性ポテトなどいくつかの作物で実用化段階に達している。

・組換え台木の接ぎ木
土壌病害に強い台木の上に接ぎ木する方法は、果樹や野菜で昔から広く利用されている。この応用で、台木は組換え体だが、接ぎ木した穂木は組換え体ではなく、穂木につく実(収穫物)には組換え遺伝子が残らない。接ぎ木の接合点を経由して、台木から穂木に導入遺伝子が転流するのを、ジーンサイレンス(発現抑制)技術によって抑制する。

・RNA依存性DNAメチル化(RdDM)(エピゲノム編集)
エピゲノム、エピジェネスとは、DNA情報よりもう1段上の遺伝子情報で、DNA配列は変化しないでおこる機能の変異(分化)で後代に伝わる。RdDMはエピジェネス的な働きをするRNAとDNAメチル化(不活化)技術によって、DNA配列を変化させずに植物の形質を変える。エピジェネスは発展途上の学問分野であり未解明な点も多く、品種改良への利用はまだ初期段階だ。

5つの技術でできた作物・食品は組換え体として扱われるのか?
 今回は味も素っ気もない技術の紹介だったが、次回はNBTを使ってできた作物が遺伝子組換え作物、食品として扱われるのか、それとも規制の対象外になるのかを考える。現在の組換え体と同じように扱われるなら、食品安全性や環境影響評価の審査を受けなければならない。それに「遺伝子組換え」という言葉だけで、中味や内容を確認せず、拒否感を示すのが今の消費者、流通業界だ。技術そのものの完成度(安定性)とともに、実用化するためには審査に要するコストや市場イメージが大きな問題になるのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介