科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

グリホサート発がん性ランク付け騒動 諸悪の根源は国際がん研究機関(IARC)の情報隠し

白井 洋一

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 2015年3月20日、世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC、本部フランス・リヨン市)が除草剤グリホサートを発がん性評価基準のグループ2A(人に対しておそらく発がん性がある)に分類して発表した。この件は3月27日の松永編集長のコラムで詳しくとりあげている。

 松永さんはIARCのランク付けが即、人への発がんリスクの高いことを示すものではなく、詳細を正確に伝えないメディアの記事に惑わされないようにと注意喚起している。確かにそのとおりかもしれないが、今回の騒動でもっとも悪いのは、メディアではなく、発表と同時に根拠情報をきちんと公表しなかったIARCだ。

マスメディアの問題点
 内外のメディアが大きく取り上げたのは、グリホサートが世界最大のバイテクメーカーであるモンサント社の製品であり、除草剤耐性のダイズ、トウモロコシなど遺伝子組換え作物に広く使われているからだ。IARCはグリホサートの他に4種の殺虫剤のランク付けも同時に発表したが、ほとんどのメディアはグリホサートだけをニュースにした。もし、グリホサートのランクが1ランク低いグループ2B(人に対して発がん性が疑われる)という評価だったとしても、「グリホサートに発がん性の可能性、国際機関発表」という見出しになり、同じような騒ぎになっただろう。

 メディアの習性からこれはやむを得ないことだ。モンサント、組換え作物に使う除草剤、国際機関が発がん性を指摘とくれば、評価が「おそらく(probably)」でも「疑われる (possibly)」でも大差なく、メディアが大見出しで扱うのは当然だ。

 組換え作物や農薬反対の市民団体は、国際機関のお墨付きを得て勢いづいている。中国では1988年に中国政府がグリホサートの使用を承認した際の手続きに問題ありと市民グループが訴訟を起こした(ロイター通信,2015年4月8日)。

 米国では、グリホサートが食品に残っていないか検査を求める消費者団体が増えているという。今までは年3,4件だった依頼が、IARCの発表後は週に3,4件と急増。笑いが止まらないのは残留農薬の検査会社だろう(ロイター通信,2015年4月9日)。他にも、農務省や環境保護庁を追及する動きも盛り上がっている。

IARCの問題点
 3月20日の発表後、メディアは「国際機関のIARCがグリホサートに発がんの可能性を指摘」と既成事実化して報道しているが、今回のケースでもっとも悪質なのはIARCの方だ。3月20日に発表した要約では、グループ2Aとする根拠は、人への影響データは限定的だが、明確な動物実験データがある場合としている。

 3月24日のNature Newsのインタビューで、評価を担当したIARCの研究者は、「動物実験で発がん性を示す根拠データがあった。評価は査読された論文と公的機関の報告書だけを使い、開発メーカーのレポートは使っていない」と述べている。

 査読論文と公的機関の報告書のみで、メーカ-のデータは採用しないという基準は結構だが、ではどの論文、どの公的機関の報告書からグリホサートは動物に発がん性ありと判断したのか、その根拠情報がはっきり示されていない。

 要約にあげられている米国、カナダ、スウェーデンの研究は人に対しての研究論文で、動物実験の論文ではない。WHOの2004年の報告書も引用しているが、どの実験データを使ったのか要約からは読み取れない。さらに、メーカーのデータは採用しないとしているが、メーカーの研究者が専門誌に投稿し査読を受けた論文も無視したのかも不明だ。

 今回は簡単な要約だけで、本文(フルレポート)は後で(今年後半?)に公表予定だという。これではあまりに無責任だ。過去に「グリホサートがマウス、ラットに明らかな発がん性を示す」という論文が出たら、ニュースになっていたはずだが、私の知る限り記憶にない。まさか、2012年秋に出て取り消され、再度、ネットジャーナルに載ったフランスの環境活動団体に属するセラリーニ教授の確信犯的論文を根拠にしたのではないだろう。もしこの「論文」を採用したとしたら、IARCは世界中の科学者から笑いものになる。まさかこれだけはないと思うが。

 ついでに難をあげれば、IARCの要約のタイトルは「5種の有機リン系殺虫剤と除草剤の評価」となっている。グリホサートは有機リン系除草剤ではなく、アミノ酸系除草剤だ。正確には「4種の有機リン系殺虫剤と1種の(アミノ酸系)除草剤の評価」と書くべきだ。国際機関のレポートとしてはお粗末な表記で、査読のある専門誌に投稿したら、修正を求められるだろう。

誤解する方が悪いのか 誤解される方が悪いのか
 松永さんは編集長コラムで「今回のIARCの分類には賛否両論、他の国際機関、政府機関のこれまでの結論とも大きな矛盾がある」と書いているが、IARCの分類(ランク付け)それ自体より、情報開示の仕方が問題なのだ。

 発表の仕方、情報の開示度で今回のIARCは落第だ。メディアや反対派団体の宣伝を鵜呑みにせず、信用できる論文や公的機関の報告に重きを置くのは、多くの場合は正しいのだが、評価の高い有名学術誌に載った論文でも信用できないものがあることはSTAP細胞騒動が教えてくれた。国連機関や各国政府の発表でも今回のような情報の出し方では信用度、信頼度を落とす。

 IARCはこれほどの騒ぎになり社会問題化するとは思っていなかったのかもしれない。今までと同じ基準でランク付けし、要約を先に出し、本文は後で発表するというスタイルも今までと同じと開き直っているのかもしれない。しかし、グリホサートを評価対象としたことで、IARCのランク付けの基準、評価システムが注目されることになった。IARCは各国政府の拠出金(税金)で賄われている国連の付属機関だ。責任を自覚して、一日も早く、本文全部を公表し、動物実験の根拠論文は何だったのかを示すべきだ。科学的に妥当なものかどうかの判断はそれからだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介