科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

福島の動物たちのその後 ツバメの白斑、牛の全頭検査

白井 洋一

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 大震災、原発事故から4年と1か月経った4月17日に私の住む茨城県の2つの市でタケノコの出荷制限がようやく解除になった。翌週の4月24日にはさらに茨城県の1市と宮城県の1市でも解除されたが、まだ制限されたままの地域も残っている。イノシシの肉や山菜なども出荷(販売)できない地域は多い。福島県だけでなく周辺県でも原発事故の影響は続いている。

 最近はほとんどニュースにならないが、研究者は家畜や野生動物、植物の放射性物質汚染の動向を調査し続けている。特別な予算がつかない中、最初から土日に現地調査を続けてきた人や、3年間の国の予算が切れた後も継続調査を続けている人も多い。

ツバメの白斑の原因は?
 2015年2月19日に環境省主催で「野生動植物への放射線影響に関する意見交換会」が開かれた。

 研究者同士の情報交換が目的で、2012年に始まり今年で4回目だ。前回(2014年3月)の会合の様子は、当コラム「原発事故後の野生生物と研究者の責任」(2014年8月20日)で、ツバメの白斑異常とニホンザルの白血球低下について書いたが、今回はその後1年の動きを紹介する。

 1986年4月に起きたウクライナのチェルノブイリ原発事故では、放射性物質によって喉に白斑(部分白化)ができたツバメが10~15%生じたとフランスの研究者が論文に書いている。

 福島県でも2012年に白斑をもつツバメが1羽見つかったため、日本野鳥の会は、2013年から調査を開始した。汚染度の高い福島県飯舘村や南相馬市では2013年に81羽のうち8羽で白斑個体が見つかった(9.9%)。2014年は151羽のうち11羽に白斑があった(7.3%)。この数字だけを見ると、福島でもチェルノブイリと同様なことが起きているようにも見える。

 野鳥の会は2014年には、非汚染地の神奈川県川崎市と新潟県上越市でも同様の調査をした。川崎では121羽のうち2羽(1.7%)、上越では44羽のうち7羽で白斑個体が見つかり(15.9%)、福島よりも高い数値を示した。2年間のデータだけで結論は出せないが、ツバメの白斑の原因は放射性物質の被ばくだけではないようだ。研究者は今年も同じ地域で白斑個体の観察を継続するとともに血液を採取して生理学的な調査も計画している。

 福島市の野生ニホンザルで見られた白血球数低下も、別のグループ(東北大)がおこなった調査ではちがう結果がでた。 福島市より汚染度の高い南相馬市で捕獲した60匹のニホンザルの内臓のセシウム濃度と白血球数にはとくにはっきりした相関関係はなかった。これで放射線被ばくを受けても白血球には影響しないと結論することはできないが、「放射線被ばくが原因で野生ザルの白血球が減った」と断定することもできない。昨年のツバメの白斑異常やサルの白血球数減少はメディアでもニュースになったが、白斑は非汚染地でも見られるやサルの白血球減少に相関なしという今年の発表は、私の知る限り、どこのメディアも記事にしなかったようだ。

と畜前に血液から牛肉のセシウム汚染度を推定する
 2015年3月30日、畜産学会大会で「原発事故に伴う放射性物質による環境汚染と家畜、野生生物の実態」と題する講演会があった。

 東北大の研究者による3つの報告と宇都宮大研究者のイノシシの報告があったが、東北大の研究者たちは、原発20キロ圏内に残された牛の調査を地元の畜産農家と共同で今も手弁当で続けている気合いの入った人たちだ。

 この4年間の調査から、放射性セシウムは重金属のように体内には蓄積しないこと、汚染されていないきれいな餌を与えると数ヶ月で体内から排出されることがわかった。研究者たちが調査を始めたきっかけのひとつは、2011年に多くの家畜が殺処分されてしまったことへの無念の思いだ。被災地から移動させ、きれいな餌を与えたら、短期間で肉やミルクの汚染は回復するという確かなデータがあったなら、大量の家畜を殺処分しなくても済んだのではないか。こういう事故は二度とおこってはならないが、日本だけでなく世界の畜産関係者の今後のためにきちんとしたデータを残しておきたいという思いだ。

 彼らは今すぐ役に立つ研究もやっている。2011年7月、汚染稲ワラを食べた牛がと畜され、当時の暫定基準値、500ベクレル(Bq)/キログラムを超える肉が全国に流通する事件があった。現在の食肉の基準値は100Bq/キログラムとより厳しくなったが、餌の管理はしっかりやられており、出荷前にすべて検査するので、基準値超えの肉が流通することはない。しかし、検査の結果は報告する義務があり公表される。「もし100Bqを超える牛が出たら、マスコミは取り上げる。一軒、一頭の牛だけでなく、地域全体、県全体の牛肉のイメージに影響する」という心配がある。

 今までの調査から、食肉の部分で100Bq前後の比較的低いセシウム濃度でも、血液のセシウム濃度と相関関係があることが分かった。この関係をもとに、と畜前の血液検査で、この牛の肉は100Bqを超えそう、いや大丈夫と判定できる予測プログラムを開発している。これで100Bqを超えそうな牛は、と畜に回さないことができる。2011年12月に決まった「食品は一律、100Bq(飲料水は10Bq,牛乳は50Bq)」という基準値(指標値)の決め方もあまり科学的ではなく、かなり厳しい数値なのだが、たとえこの基準値内に収まっていても、「もし万一、100Bq超がでたら」という生産者の心配はつきないのだ。

異常なし、他でも見られるではニュースにならない
 畜産学会の後で、某全国紙の科学担当記者と話をした。講演会で東北大の研究者が「生態学の研究者は因果関係も調べず、福島の鳥で異常があったら放射線汚染のせいと言う。信用できない」と発言し、私がツバメの白斑の例をあげ、「生態学もまともな研究もやって発表しているが、メディアがニュースにするのはなにか変わったことがあったときだけ。そのあとはフォローしない」と言ったからだ。記者はツバメの白斑異常のことは知っていたが、今年の発表で非汚染地の新潟県でも高率で白斑個体が見つかったことは知らなかった。まじめそうな人で、「異常がなかったことも含め、動植物への影響のその後をまとめて記事にしたい」と言っていた。新聞記者にもまじめな人は多い。良い記事、地味な記事を書いても、編集デスクが取り上げないこともあるようだが、彼の今後の取材と記事に期待したいと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介