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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

外国人研究者の見たフクシマのツバメ ひな鳥にDNA損傷なし

白井 洋一

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 前回(4月29日)の当コラムの最後で「放射線による影響がなかったことを含め、その後についても記事にしたい」という新聞記者のことにふれた。

 日本経済新聞の滝順一さん(編集委員)で、2015年4月26日(日)の科学欄に「ツバメの白斑 放射性物質が影響? 断言できず調査拡大へ」という見出しで、日本野鳥の会の調査結果を詳しく紹介している。ウェブサイトには載っていないようだが読んだ方もいるだろう。「奇形が見つかった、個体数が減った、放射線汚染の影響か?」という発表や論文はニュースになるが、日経の滝さんのように、白黒がはっきりしないことでもその後の動きをフォローしてくれるメディア人が増えてほしいと思う。

 放射性物質でツバメに白斑(部分白化)が増えるという論文を最初に書いたのは、チェルノブイリ原発事故の現地で長年調査を続けている生態学者のムソー教授(Timothy Mousseau)(米国サウスカロライナ大学)だ。彼らは今年の3月と4月にも、フクシマのツバメと鳥類群集について、論文を発表している。興味深い内容だが、海外のメディアが興味を示さなかったのか、共同通信や時事通信も配信せず、日本のメディアでは報道されなかったようだ。

ツバメのヒナにDNA損傷なし
 2015年4月2日、サイエンテフイックレポート誌に「フクシマのツバメの発生量と遺伝的損傷」と題する論文が載った。

 2012年5月に福島第一原発から20~30キロ圏内の8地点で、ツバメの巣の放射線量を測定し、巣立ち前のヒナの血液を採取し、末梢赤血球のDNA損傷(遺伝的損傷)を調べたものだ。ツバメは放射性物質の貯まりやすい泥を集めて巣を作るので、ツバメの巣から高濃度のセシウム検出は今までにも報告されている。

 巣の放射線量は熱蛍光線量計(TLD)で測定し、血液のDNA損傷は中性コメットアッセイという電気泳動法を使い、血球細胞のDNA切断の程度を測定した。どちらの方法もムソー教授らがチェルノブイリでも用い、広く利用されている信頼できる調査法のようだ。

 55のツバメの巣のセシウム濃度は平均で1万9千ベクレル(Bq)/キログラムだが、480~14万3千Bqと大きくばらついた。DNA損傷は49羽のひな鳥で調べ、平均は10%だったが、これも5~25%と値のばらつきが大きかった。巣のセシウム濃度とひな鳥のDNA損傷度にはっきりした相関関係はなく、セシウム濃度が10万Bq以上の巣のひな鳥でも高いDNA損傷はまったく見つからなかった。

 この結果はチェルノブイリでムソー教授らが調べたものと一致しない。教授はチェルノブイリとフクシマの違い、特にひな鳥にはっきりしたDNA損傷が見られなかった理由について次のように考察している。

・調査したのは2012年で、フクシマのツバメの被ばくは2年間だけ。チェルノブイリは事故後10年以上経っても高濃度の汚染が残っており、そこで調査した。世代を越えた累積影響の違いかもしれない。
・フクシマの放射性物質はほとんどがセシウムだが、チェルノブイリはセシウムの他に、ストロンチウム、アメリシウム、プルトニウムの放出もあった。その違いかもしれない。
・フクシマの調査地は原発から20~30キロの地点。チェルノブイリのように原発のすぐ近くではない。オオクマ(大熊)、ナミエ(浪江)、フタバ(双葉)のような直近の立ち入り禁止区域(高濃度汚染地域)では調査していないので、今回の結果から、「フクシマのツバメのヒナに影響なし」と結論することはできない。

 確かに、今も一般人立ち入り禁止の20キロ以内での調査ではないし、これから出るかもしれない長期累積影響も否定できない。彼らとしてはチェルノブイリと並べて、フクシマでもなんらかの影響があったことをなんとしても証明したいのかもしれない。

 その熱意はともかく、「少なくとも20~30キロ圏のツバメのひな鳥でははっきりした遺伝的損傷はなく、巣のセシウム汚染濃度とも相関なし」と事実を発表したのは研究者として評価できる。

鳥類の多様度は年々低下している?
 ムソー教授らはツバメだけでなく、多くの鳥の個体数観測も続けている。2011年から2014年までの結果を「フクシマの鳥類の発生量と多様度に及ぼす放射性物質の累積的影響」として2015年3月、Journal of Ornithology (鳥類学誌)に発表した。

 1本目の論文と同じ20~30キロ圏の調査地で、事故直後の2011年7月中旬に6日間の個体数調査をおこない、その後も毎年同時期、同日数の調査を続けている。日本の鳥類研究者、愛好会会員が協力しているようだが、他人任せではなく本人が毎年現場に出向いて、一定の調査方法を継続しているのは立派だ。

 多様度は、種数が減ったり、種数は変わらなくても、特定の少数の種の個体数だけが増えると低下する。彼らは4年間の調査から、「全体として、放射線量は徐々に低下しているが、放射線量の高い地域では種の多様度が低い傾向がある」、「放射線量が低下しているにもかかわらず、4年間で種の多様度が低下しているのは、長期の累積的影響があったチェルノブイリの結果と一致する」と結論している。

 この解釈はちょっと疑問だ。論文を読む限り、4年間の種の多様度の変化(傾き)はそれほどはっきりしたものではない。彼らの統計処理では有意な差となっており正しいのだろうが、多様度を示す指標にはいろいろある。別な指標を使ったら、はっきりした関係がなかったり、逆の傾向が見られるのは、生態学ではよくあることだ。今回のデータも彼らの統計処理による結果で、見方を変えれば別な結果もできるという程度のものだ。

 発生量の変化や種数の変化にはさまざま要因が影響する。ムソー教授もツバメのヒナや成鳥が減った原因として、人がいなくなったこと、農業や林業の変化(衰退)、小鳥を食べる捕食者の増加など、放射性物質以外の影響の可能性もあげている。ツバメやスズメは典型的な人里鳥だ。山奥や人がいなくなった農村では生活しない。避難して人がいなくなったことも、原発事故による影響だが、放射性物質汚染による影響ではない。あたりまえのことだが、ここをしっかり抑えることが大切だ。

ムソー教授の研究者魂には敬意
 2014年5月5日のニューヨークタイムズ紙によると、ムソー教授はすでに10回、フクシマで現地調査をしているという。今年も7月中旬の定点調査で来日するだろう。

 記事を読むと、彼にとってチェルノブイリやフクシマの野生生物は、放射性物質という環境変異源による遺伝的影響や新たな環境への適応など、進化生態学として魅力のある研究材料なのだと思う。フクシマの住民感情など社会的なことには関心がないのかもしれない。それはともかく一貫した方法で継続調査を続ける研究者精神は評価できる。日本人の生態学研究者も定点で継続調査を続け、たとえ悪影響がなかった場合でも、どんどん論文にして海外に発信してほしい。

 それにしても残念なのは、サイエンテフイックレポート(SR)誌にのった[ツバメのヒナに目だったDNA損傷なし、セシウム濃度とも相関なし]の論文を海外や国内メデイアが取り上げなかったことだ。SR誌は、ネイチャー出版グループの電子ジャーナルで、ここに載った論文は注目度も高く、海外メディアがよくニュースにするのだが、やはり「悪影響がない、はっきりした関係はない」では、メディア人の興味をひかなかったのかもしれない。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介