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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

遺伝子組換え生物のカルタヘナ議定書の補足議定書「責任と救済」批准に向けて動き出す

白井 洋一

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 2010年10月に名古屋で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)とカルタヘナ議定書締約国会議(MOP5)。COP10では遺伝資源の利用と利益配分に関する「名古屋議定書」が採択され、MOP5では議定書を補足する「名古屋・クアラルンプール補足議定書」が採択された。あれから5年、日本は2012年3月に補足議定書に署名はしたが批准はせず、議長国として国際的にみてまずいのではという声も法律の専門家筋から出ていた。

 11月11日、環境省の中央環境審議会自然環境部会で、補足議定書に対応した国内措置のあり方を学識経験者による委員会で検討することが決まった。環境省は今まで、関係省庁間で検討中と、批准するかどうかを含め明言していなかったが、ようやく、批准する方向で固まったようだ。まずは専門家から意見を聞いたうえで、法律(カルタヘナ議定書国内担保法)の改正(数条の追加?)がおこなわれることになる。

補足議定書「責任と救済」とは
 遺伝子組換え生物の国境を越えた移動(輸出入)の前に、開発者は輸入国に事前に情報提供し、審査、承認のうえ、組換え生物の利用を認めることを義務付けたのがカルタヘナ議定書で、2000年1月に採択された。このとき、条文の中味を決めず先送りにしたのが第27条「責任と救済(補償)」で、2010年10月、名古屋のMOP5で空白の条文を埋める代わりに、さらなる付録の補足議定書を作って採択された。

 カルタヘナ議定書は、開発者側の事前通告による輸入国側の合意(Advance Informed Agreement, AIA)が根幹になっているが、輸入を認めた後に生物多様性(自然環境)に著しい損害が生じたときに、開発者側の責任で、救済や補償を義務付けたのが補足議定書だ。事前審査で問題なしと承認した後から生じる著しい損害とは何か? 具体的なイメージが定まらないまま、アフリカ諸国など途上国の要求に押された形で採択された。補足議定書は40国が批准すると国際発効するが、採択から5年たっても途上国の批准は進まず、現時点で32国とEUが批准したのみで、国際成立はしていない。

 どんな損害がおこるのか具体例がまったく示されず、AIAというカルタヘナ議定書の根幹を否定するような矛盾した付録の議定書は必要ない、このままお蔵入りでも誰も困らないと思うのだが、議長国であった日本国としては、「あれは民主党政権時代に決めたこと」と済ませるわけにもいかないらしく、批准に向けた作業に着手することになった。国内法の改正内容などは今後、このコラムで報告するが、2010年10月までの経緯の詳細は「GMO情報:カルタヘナ議定書の宿題「責任と救済」、補足議定書採択と残された課題(2010年11月)」を参照していただきたい。

2009年8月以降の国内の出来事
 補足議定書批准に向けた検討は、環境審議会自然環境部会の下にある遺伝子組換え生物等専門委員会が担当する。11月9日に環境省で1回目の専門委員会が開かれた。

 専門委員会の仕事は、カルタヘナ議定書国内担保法(カルタヘナ法)の施行状況と補足議定書批准に向けての検討の2つだが、9日の会合では主に前者について、2009年8月以降の国内の出来事が環境省事務局から報告され、委員が質問や感想を述べるフリートークの場になった。

 カルタヘナ法ではおおむね5年ごとに法の施行状況を点検し、問題点を洗い出し、必要があれば法改正をすることになっている。法律は2004年2月に施行されたので、2009年2、3月に最初の5年間の状況を検討し、8月に報告書を出している。今回はそれ以降の6年間を振り返ることになる。

 今回の報告書の内容はまだ確定していないが、組換え植物(作物)の試験栽培ではいくつかの点で、やや改善されたと思う。まだ研究開発の初歩段階の国内の大学、研究所の隔離ほ場試験栽培では、導入する遺伝子が同じなら、一括して1つの単位(バルク単位)として申請できるようになったことが大きい。今までは導入遺伝子が同じでも、導入位置が異なる場合はそれぞれ別系統として、多くの実験データの提出が必要だったが、これが1件の書類で済むようになった。研究開発段階では、野外試験でもっともよい系統を選抜するのが目的なので、最終的には不要になる系統の方が多いが、今まではこれらも含めて、温室栽培で多くのデータを事前にとって申請しなければならなかった。

 2011年4月、筑波大学の耐冷性ユーカリの申請が第一陣になったが、その意義は大きい。海外ではヨーロッパを含め研究開発段階ではバルク単位の申請が標準なので、日本もようやくまともになったと言える。

栽培目的ではない食品、飼料の輸入に試験栽培は必要か
 もう一つ世界標準に向けてやや改善されたのは、海外のバイテクメーカーが原料や飼料として輸入する組換え作物(トウモロコシ、ダイズ、ナタネなどの穀物種子)の審査・承認システムだ。まだトウモロコシだけだが、除草剤耐性や害虫抵抗性など今までに多くの知見がある系統では、日本国内での隔離ほ場試験を不要とし、海外の栽培試験データを使って審査できるようになった。
参考 組換え農作物の審査手続きの見直しについて(農林水産省 2014年6月)

 国内試験栽培を免除するとはなにごと、規制緩和、海外バイテクメーカーの圧力に屈したのではないかと思う人もいるかもしれないが、そうではない。もともと日本の制度がおかしかったのだ。

 カルタヘナ議定書でも、栽培目的で輸入する場合と、食品原料・飼料・加工品(Food, Feed, Processing, FFP)限定の輸入は別扱いで、FFPには特別な事前通告(AIA)を必要としないと明記している。ただし、輸入国は国内の規制の枠組みにもとづき、FFP目的の農産物の輸入承認を決定することができるとも書いてあり、日本はカルタヘナ法施行前から、輸入承認時にとりあえず1回、日本国内で試験栽培をすることになっていたので、そのまま引き継がれてきたのだ。

 学術誌Transgenic Researchの最新号(2015年24巻6号)に「遺伝子組換え作物の環境リスク評価における隔離ほ場試験データの栽培国から輸入申請国への転用性」と題する論文が載った。

 日本モンサント社の研究者が筆頭著者だが、筑波大学教授も名を連ねている。教授は農水省、環境省、文部科学省の遺伝子組換え植物の生物多様性影響評価の委員を長年務め、作物育種学、保全生態学の立場から、今まで開発者側に厳しい注文をつけてきた人だ。

 論文を要約すると、「FFP目的の輸入に、隔離ほ場試験を義務付けているのは日本と中国だけ、ヨーロッパでもやっていない」、「環境や生物多様性への影響評価と言いながら、日本では1か所、1年だけなのに対し、米国では複数か所(20~30地点)、2年間の栽培試験データをとっている」、「交雑可能な野生種が日本に分布しないトウモロコシやワタのFFP目的の輸入は、海外データの審査だけで十分ではないか」というものだ。

 この論文の中味と結論はほぼ正しい。ヨーロッパはFFPの輸入に対し、食品安全審査は科学を逸脱した厳しい条件を付けているが、環境影響についてのほ場試験は課していない。米国で複数地点、複数年の野外試験栽培をおこなうのは、環境影響評価のためだけではなく、地域にあった優良品種の選抜のためだが、結果として多くの野外試験データが得られている。

 日本に交雑相手の野生種(ツルマメ)が存在するダイズや、在来野生種ではないがセイヨウナタネとの道端での交雑が話題になったりするナタネでは、この論文の筑波大教授や農水省も「隔離ほ場試験は不要」と踏み込めないだろうが、ダイズやナタネでも今の日本での試験栽培は科学的には意味のないものだ。日本で複数年、複数個所の試験栽培をやっても、有害物質を大量に排出したり、近縁な野生種と頻繁に交雑する組換え作物でない限り、生態系や生物多様性への悪影響は検出されない。そんな危ない作物をバイテクメーカーが高いコストをかけて商品化するだろうか?

最初の一歩と最後の一手 隔離ほ場試験の目的を明確に
 海外のバイテクメーカーの隔離ほ場試験は輸入承認前のセレモニー的な最後の一手であり、「承認前にきびしく審査しています」と農水省も説明しやすいので、いまさら大幅に変えるわけにもいかないだろう。しかし、国内の大学、研究所の隔離ほ場試験は、初めて温室から野外に出し、優良系統を選び出すための最初の一歩だ。筑波大の耐冷性ユーカリによって、第一歩の障壁がやや改善されたのは大きな成果だが、まだまだ過剰規制になっているところもある。国内の研究者もどこが問題なのか、どこを改善したらいいのかを文書にまとめて、提言する努力をしてもよいと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介