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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国のバイオエタノール 国内需要は伸びないが純輸出国に

白井 洋一

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 穀物価格が高騰するとまっさきに悪役にされるのがトウモロコシを原料とするバイオエタノール。2006~2008年、2012~2013年の世界的食料価格高騰の際にも、米国のトウモロコシエタノールが批判された。2006年からの高騰は豪州の2年続きの干ばつ、2012年は突如襲った米国の熱波、大干ばつがきっかけだったのだが、メディアの経済欄でも冷静に解説されることは少なかった。

 最近は穀物価格の低下(農産物価格の下落)で、輸入穀物価格は安定しており、円安でも日本経済への影響が小さいため、あまり報道されない。しかし、シェールオイルの登場、原油安、ゆれるバイオ燃料政策など、米国のトウモロコシエタノール産業をめぐる状況は微妙に変化している。

再生可能燃料の使用義務量(RFS)ようやく決定
 2015年11月30日、米国環境保護庁(EPA)は再生可能燃料の使用義務量(RFS: Renewable Fuels Standard) をようやく決めた。RFSはガソリンへの混合義務量で、EPAは2022年まで毎年、この数値を発表することが、法律(2007エネルギー自立・安全保障法)によって決められている。

 バイオ燃料の使用義務制度そのものに対して、石油業界や自動車業界の反対は根強く、毎回もめる。今回は2014、15、16年の3年分をまとめて発表したが、2014年分は本来、2013年末に決める予定だったものが大幅に遅れた。この2年間の動きは以下のとおりだ。

2013年11月15日 EPAは初めてRFSの引き下げ案を提示し、パブリックコメント募集。バイオ燃料業界は連邦議会で成立した法律に違反すると怒り、石油・自動車業界はこれでもまだ多い、もっと減らせと不満を表明。環境保護団体も中途半端な数値といずれからも批判された。

2014年7月13日 決定先送りで、再びパブコメ募集。

11月21日 さらに決定先送り。

2015年5月29日 2014、15、16年分をまとめて発表しパブコメ募集。

11月30日 最終発表。 バイオ燃料の総計では162億8千万ガロン(2014年)、169億3千万ガロン(2015年)、181億1千万ガロン(2016年)で、5月の提示案より、それぞれ2.2%, 3.9%, 4.1%増えたが、それでも2007年に決めた年間義務付け量を大幅に下回った。

 今回の決定についてもバイオ燃料推進、反対のいずれの業界も不満だ。5月の提案に数%上乗せしたことで、米国はバイオ燃料政策を後退させたわけではないことをアピールした苦肉の数値とも言える。

国内需要は伸びないが輸出は増える
 米国の再生可能燃料とは、トウモロコシエタノールだけではない。今回発表の2014年RFSでも、バイオデーゼル(10%)、先端バイオ燃料(6.2%)、セルロース系燃料(草本エタノール)(0.2%)が入っているが、トウモロコシエタノールが全体の84%だ。2016年にはセルロース系を約7倍に増やし1.2%とする目標をあげているが、それでもトウモロコシエタノールは80%を占め、圧倒的な主役の座は変わらない。

 今回の EPAの発表に対し、バイオ燃料業界やトウモロコシ生産者団体は納得していないが、実際はそれほど悲観しているわけではないようだ。国内需要は以前のように右肩上がりには増えないが、輸出という新たな需要が生まれたことと、穀物価格や原油価格の下落がすべてマイナス要因とはなっていないからだ。

 2015年9月1日、米国農務省経済調査局は「バイオ燃料の国際市場、貿易の重要性」と題するレポートを発表した。

 米国内のバイオエタノールの需要は2001年の約20億ガロンから年々増え、2011年には約140億ガロンとなったが、2011年以降はほぼ横ばいで停滞している。しかし、米国はエタノール輸出国になった。 かっては足りない分をブラジルのサトウキビエタノールから輸入していたが、ブラジル産の不足などで、2010年に4億ガロンを初めて輸出した。以後2011~13年も、12億ガロン、7億5千万ガロン、6億ガロンと輸入を大幅に上回る輸出が続いている。

 主な輸出先はブラジル、EU(欧州連合)、カナダで、ブラジルへの増加は砂糖価格の高騰や不作で原料のサトウキビが高騰したのが大きい。EUは政策的に米国産エタノールの輸入を制限し、2013年から大幅に減ったが、カナダなどへの輸出が増えている。各国の政策によって変動する部分が大きいが、バイオエタノールには他国、他の原料産業に強力なライバルがいないので、これからも年間10億ガロン程度の輸出は確保できるのではないかと予測している。

原油安はエタノール産業にどう影響するか
 最近の原油や穀物価格の下落は、エタノール産業にどう影響しているのだろうか? 2015年6月1日に出た米国農務省経済調査局のレポート「米国農業に対する最近の原油、ガス価格低落の影響」が簡潔に分析している。

 原油と天然ガスの価格が2014年後半から大幅に下がったが、これによってバイオエタノールの価格も下がった。しかし、ガソリン価格が安くなっても、バイオエタノールの需要はそれほど変化していない。エタノール製油所の燃料代や輸送コストも下がったし、原料トウモロコシ価格も下がったので、トータルではプラスマイナス両方の影響があり、特に損したわけでも儲かったわけでもない。原油安は少なくとも1,2年(2016年まで)続くので、エタノール生産に要するコストは業界全体で年間約50億ドル節約できると予測している。

 RFS制度があるので、ガソリンが安くなっても、エタノール混合をやめてガソリンに戻るわけではない。輸出の道も開けた。エタノール価格が下がるときには、生産コストも下がり、エタノール産業だけが不利になるわけでもないことが実証された。セルロース系燃料など先端的、次世代バイオ燃料が商業ベースに乗るには克服すべき技術的課題が多い。こうした状況を考えると、以前のような右肩上がりの増加は期待できないが、少なくとも2022年までは、年間140億(プラス10億)ガロン程度のトウモロコシエタノールの生産と需要が安定して続くのではないかと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介