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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

TPPにまつわる食の不安 BSEとGM食品から考える

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2016年1月6日

 昨年10月に大筋で合意したTPP(環太平洋連携協定)。米国は11月に大統領選挙があり、議会の承認はその後になるのではという話もあるが、日本はすっかり正式決定ムードだ。そんな中、TPPによって食の安全が脅かされるのではないかという不安がときおり根強くささやかれる。暮れの12月25日、厚生労働省は改めて「TPPに参加しても、わが国の食の安全や医療の水準が低下することはありません」というQ&Aを発表した。

 思い起こせば、TPPに参加すると食の安全が脅かされると騒いだのは2011~12年、BSE(牛海綿状脳症)の検査月齢見直しの時だった。今、再び国産牛の検査月齢の見直し作業が始まったが、メディアは「検査基準がさらに緩和される、TPPに参加したせいだ」とは騒がない。あの時の騒ぎは何だったのか? まずは2010~12年のTPPとBSEをふりかえる。

月齢見直しがTPP参加の要件だった?

2010年4月 米国農務長官来日 BSE検査対象月齢(20か月)見直しを要求

 9月 日米事務レベルの見直し協議を3年ぶりに再会

 10月 菅首相(民主党) TPPに参加するか検討すると表明

2011年1月 TPP参加は6月をめどに判断と表明

 3月10日 米国議員団 牛肉輸入制限緩和を日本のTPP参加条件にするよう大統領に書簡

 3月11日 東日本大震災

 5月 TPP参加の判断を先送り

 11月 野田首相(民主党) TPP交渉に参加を表明

 12月 厚労省 食品安全委員会に検査月齢見直しによるリスク評価を依頼

2012年1月 食安委プリオン専門調査会で検討開始

 10月 食安委「月齢30か月引き上げなど」の意見書まとめる

2013年2月 厚労省 米国、カナダ、オランダ、フランスからの輸入牛肉の検査月齢を20か月から30か月に変更

 3月 安倍首相(自民党) TPP交渉参加を正式表明

 4月 交渉参加11か国 日本のTPP参加を承認

 時系列でみると、「BSEの検査月齢見直しがTPP参加の条件だった」、「月齢を引き上げたから、TPP交渉に参加できたのだ」と見ることもできる。2011~12年の新聞報道では、TPP参加によって脅かされる食品の安全基準として、遺伝子組換え(GM)食品の義務表示とともに、牛肉の月齢引き上げをあげる例が多かった。しかし、今、輸入牛肉の検査月齢が30か月に引き上げられて、「わが国の食の安全度が低下した、脅かされた」と思っている人はどれだけいるだろうか? あれほど騒いだメディアや学者、文化人から月齢引き上げによる安全性の低下を実証した報道や意見も見あたらない。

 BSE対策は肉骨粉をエサに使わない、プリオンの蓄積する特定危険部位を完全に除去することが肝心で、20か月齢以下に限るとか、若齢牛を含む全頭検査はやっても意味のないものだった。2001年9月、日本でのBSE発生以来、続けてきた無駄な官営検査をようやくやめただけのことだ。科学的に意味のない検査であることを国民やメディアにきちんと説明しなかったため、「TPPに参加すると米国の圧力で規制緩和される」といった印象を植え付けてしまった2001年以降の政権与党や厚労省、農水省の責任は大きいが、これを指摘したメディアもごく少数だった。

厚労省のQ&Aの中味

 12月25日に出た厚労省のQ&A(TPPで心配されること)には、さすがにBSEは出てこない。7項目があげられ、5つは食品の安全、2つは医療関係(健康保険、薬価、外国人医師・看護師の入国)だ。食品の安全のQ&Aは以下の通りだ。

Q1 貿易の自由化が進むと食品の安全、安心が脅かされないか

→TPPでは、科学的根拠に基づく各国の安全基準の変更を求めるものではありません。

Q2 食品輸入が増加したら検査はどうなる

→輸入が増加しても、それに応じた検査、監視体制をとります。

Q3 米国は牛に成長ホルモン剤が使われているが

→以前から食品中の残留基準を定め検査しています。TPPは個別の食品安全基準の変更を求めておらず、問題のある牛肉が輸入されやすくなることはありません。

Q4 承認されていないGM食品が入ってくるのでは

→以前から食品安全性を審査しており、未審査、未承認のGM食品の販売は禁止されています。TPPによってこの制度が変更されることはありません。

Q5 残留農薬や食品添加物の基準が緩和されないか

→TPPは個別の安全基準の緩和を求めておらず、科学的知見に基づく残留農薬や添加物の基準値が変更されることはありません。

 

 おおむね妥当な回答だろう。日本の安全基準や審査システムが科学的にみて妥当なものならば変更を迫られる心配はないということだ。Q4のGM食品では以下の回答も付け加えられている。

→むしろ、GM作物の開発企業から輸入国への情報共有を奨励するなど、わが国にとって有利な規定も設けられています。

 わが国にとって有利な規定とは、協定の第2章29条の「現代のバイオテクノロジーによる生産品の貿易」のことだ。各国の現在の法令や政策の修正を求めるものではないと規定したうえで、各国の承認に必要な書類要件、承認産品の一覧リスト、未承認作物の微量混入への対応などについて、情報交換、情報共有のための作業部会を設置すると書いている。GM食品は導入形質ごとにケースバイケースで審査されるので、輸入承認のためにどんな提出書類が必要なのか現在でも不透明な点がある。要求される書類が科学的に妥当なものか、あるいは政治や感情の入ったものなのかがはっきりするのは日本にとっても悪いことではない。未承認系統の微量混入による貿易市場の混乱は、当コラムや宗谷敏さんのGMOワールドIIでも何度も紹介したように、安全の本質とはかけ離れたやっかいな問題になっている。米国の小麦、TPP参加国ではないが中国のBtイネ、台湾のパパイヤなどが例にあがるが、米国を除き、開発国からの情報提供は十分ではなかった。貿易上の混乱を最小限にし、未審査・未承認の産品を海外に出さないという意識が高まることは、日本にとっては歓迎すべきことだろう。

 参考 2015年11月5日 内閣府公表 TPP協定の全章概要(第2章29条は7頁目)

被害者意識はかえって不利になる

 TPPが正式に発効するのがいつになるか分からないが、よほどの円安にでもならない限り、日本の農産物は大きな影響をうける。しかし、食品の安全基準は科学的に根拠のあるものならば、そう簡単に参加国の圧力で捻じ曲げられることはない。GM食品の表示義務制度も、オーストラリアやニュージーランドも表示堅持派なので、各国それぞれの制度は当分変わらないだろう。ただし「遺伝子組換えではない」という表示の妥当性が問題になる可能性はあるが。

 米国などTPP参加国からの圧力、強い要求がまったくないとは思わないが、「海外からの圧力でわが国の安全基準が脅かされる」という被害者意識を持つのはよくない。被害者意識とは他に加害者がいる、自分は悪くないということで、日本の制度に問題がないのかどうか考えることをやめてしまう。この思考パタンは自由貿易、国際競争社会を生き抜いていくには不利になるだろう。

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