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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

等級ランクを気にしない飼料米の大増産 農薬散布量は減るのか?

白井 洋一

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 今、農林水産省は家畜の餌にする飼料用米の大増産政策を進めている。2011~14年は10万トン台だったのが2015年には42万トンに急増し、10年後の2025年には110万トンをめざしている。2015年の食用米の生産量は約750万トンだったが、初めて供給過剰が解消され、米価も落ち着いた。これは食用米から飼料米にシフトしたためだ。

 食用以外にコメの新規需要を開拓し穀物飼料自給率を増やし、総合自給率向上に貢献する。水田としての機能を維持し、いざというときには食用米を作るというのが農水省の政策だ。一方で余る食用米、米価下落を防ぐための苦肉の策。飼料米を作るだけで、10アールあたり6~8万円の補助金が使われることに疑問の声も聞かれる。政策や財政の問題はさておき、今回は飼料米栽培による品質管理と農薬使用の問題を考えてみる。

飼料米に求められる品質基準
 飼料米は魚沼産コシヒカリとか山形産つや姫のような産地・銘柄は関係ない。食用米ではカメムシの吸汁による着色粒や高温障害による未熟粒が多いと、等級ランクが1等から2等、規格外と下がるが、飼料米ではこのような等級ランクもない。しかし、水分含量、異物混入などいくつかの検査基準がある。2014年3月の農産物検査規格検討会で、飼料米の規格が新しく設定された。

 もみ米と玄米で異なる点もあるが、水分含量は最高15%,被害粒は25%、麦などの異種穀物混入は1%、土やごみなどの異物混入は1~2%までとなっている。被害粒とは家畜の健康に影響する病害粒で、飼料大麦に準じて、発芽粒、芽くされ粒などが指定された。

農薬散布量は減らない むしろ増える場合も
 カメムシの吸汁による着色粒が多くても飼料米の品質には影響しない。カメムシ防除のため水田に散布するネオニコチノイド系殺虫剤がミツバチなどに影響していると心配する声もあるが、飼料米栽培では病害虫防除に使う農薬は変わるのだろうか?

 農水省が2015年12月17日に発表した「飼料米生産コスト低減マニュアル」では、病害虫防除についても現場に合わせた注意点をこまかく説明している。

 マニュアルでは、生産コストを減らす3大ポイントして、田植えから直播、化学肥料の代わりに安いたい肥を使う、規模拡大をあげている。食用米では肥料のコストは全体の7%だが、飼料米では収穫量を増やすためチッ素肥料を多く使う。農薬のコストは6%だが、マニュアルでは農薬を減らしたコスト削減は考えていない。

・ 飼料専用品種は多収で倒伏しにくいメリットあるが、品種によってはウンカの被害が多いものもある。
・ 種子消毒をきちんとやらないと、いもち病、立枯れ病、ばか苗病が発生する。
・ チッ素肥料を多く投入するとフタオビコヤガやイチモンジセセリ(イネツトムシ)の被害が多くなる。
・ スクミリンゴガイ(ジャンボタニシ)の分布する水田では、発芽直後の苗が食害されるので、直播はできない。
・ カメムシの吸汁による着色粒(斑点米)は飼料米の規格には影響しないが、食用米の被害の発生源となるので、地域の実情に合わせた防除が必要。
・ もみ米は玄米よりも残量農薬の濃度が高くなるので、出穂期以降に使える農薬の種類が限られる。
・ 収穫時期を遅らせ水田で水分乾燥(立毛乾燥)するので、食用米より栽培期間が長くなり、この時期の管理にも注意が必要。

 以上が病害虫防除の注意点だ。カメムシ防除をやらないで、周辺の食用米農家にめいわくをかけたという話は、私も茨城県と岩手県の農家の人から聞いた。飼料米を始めた1年目は等級は関係ないので、カメムシ斑点米防除は必要ないと思ったが、近隣から苦情があったので翌年から食用米に合わせた防除をやっているとのこと。私の聞いた限りでは「自分も食用米も作っているし、地域の和は大事」と農薬散布に対する不満は聞かれなかった。結論として、病害虫防除に使う農薬は食用米とほぼ同じで、品種や地域によってはむしろ増える場合もあるようだ。

良いエサ米を作らないと実需者は離れていく

 生産コスト低減マニュアルを作る前に、農水省は畜産農家や配合飼料業界を招いて実情、要望を聞いた。日本飼料工業会のヒアリング(2015年12月1日)では、「輸入トウモロコシと同等か以下の価格で安定的に供給されることが大原則。 国産のコメだから欲しいわけではない」と述べたうえで、飼料米の品質にも注文がつけられた。

 「含水率は低い方が望ましい。異物混入や未成熟米が多いなどのトラブルが今年実際にあった。米国の穀物飼料の生産者団体はたびたび来日して、米国産地の作柄や品質を説明し、我々ユーザーの希望も聞いてゆく。日本の飼料米生産者もこうした努力が必要ではないか。」

 もっともな指摘だと思う。米国のトウモロコシ生産者団体が日本で毎年開く、実需者や輸入業者向けの説明会を聞いていると、買い手の要望を実によく聞いている。「米国で余ったものを売るというのは1970年代のこと、今はそんな時代ではない」という姿勢だ。農水省の手厚い補助金政策がなくなれば立ち消えになる国産飼料米だが、たとえ補助金が続いても、「家畜のエサだから適当でいい」と品質向上の努力をしなければ、大手の実需者はしだいに離れていくのではないか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介