科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

グリホサートに発がん性発表から1年 余波が欧米を揺るがす

白井 洋一

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 世界保健機関(WHO)傘下の国際がん研究機関(IARC)が除草剤グリホサートに「おそらく発がん性の可能性がある」とグループ2Aにランク付けしたのが2015年3月20日。当コラムでは2015年4月15日に1回目の記事を書いた。

 IARCの根拠について世界中のリスク評価機関は科学的に見ておかしい、決められた量の範囲で使っていれば安全、発がん性の心配はないと批判した。IARCは文書を取り下げるべきという意見もあったが、公的機関や多くの科学者は、IARCは実際の現場を考えず、1例でも危害(ハザード)を示唆するような論文があれば、発がん性ありとしたのだろうと距離を置いた冷めた見方をしていた。

 あれから1年、まあ判断基準の違いでしょうというところで落ち着くのかと思ったら、今年3月、IARCは開き直りとも思える追加文書を出し、欧米の行政機関も発がん性ランク付け騒動の余波に揺れている。

これまでのおもなできごと

 2015年3月20日 IARC、グリホサートを「おそらく発がん性の可能性のある」グループ2Aにランク付け。同時に有機リン系殺虫剤のマラチオンとダイアジノンも2Aにランク付けたが、メディアは「グリホサートに発がん性」だけを大きく報道した。

6月25日 IARC、有機塩素系殺虫剤リンデンを発がん性グループ1、同じく塩素系殺虫剤DDTをグループ2A、除草剤2,4-Dをグループ2Bにランク付け。海外メディアは少し報じたが、日本のメディアはまったく記事にせず。

7月30日 IARC、3月20日の要約に続き、根拠情報を含む全文書を公表。いずれのデータも人に対して明らかに発がん性を示したものはなく、動物試験の染色体ダメージと合わせて判断したものだった。内外ともメディアの報道はほとんどなし。詳細は当コラム(2015年8月5日)

10月26日 IARC, 赤味肉やソーセージやベーコンなどの加工肉を発がん性グループ2Aにランク付け。 大量に食べれば大腸がんや直腸がんを誘発するらしいが、内外のメディアは大きくとりあげる。日本でもお歳暮のハム製品の売り上げが減ったらしい。

11月12日 欧州食品安全機関(EFSA)、グリホサートの安全性再評価(更新)の結果を発表。人でも動物でも腫瘍の誘発など発がん性リスクを示すものはないと判断。IARCが使わなかった多数の企業提出データを含めて総合的に判断した結果とコメント。欧米のメディアは国際機関とEFSAの見解、真っ向から対立と大きくとりあげる。

セラリーニのグループ また論文 グリホサートと一緒に使う補助剤が危ない

 組換えダイズやトウモロコシ、それに使われる除草剤グリホサートを材料に、ラットに腫瘍ができた、生殖器官に異常が見られたと怪しげな論文を量産するフランスのセラリーニ教授のグループ。2月26日「グリホサートとともに使う補助剤が女性ホルモン合成酵素の活性を阻害する」と題する論文を電子ジャーナルに発表した。

 補助剤(co-formulant)とは、展着剤や界面活性剤のことで、農薬の有効成分を安定して長持ちさせたり、作物の葉に広く付着させるために使う。今回の論文はグリホサート単独では安全だが、実際に一緒に使う補助剤も含めて評価すると危険だというものだ。

 セラリーニのグループは2年前にも同じようにグリホサートに使われている補助剤が危ないという論文をだしたが、EFSAから実験方法が雑であり、ヒト細胞の処理など悪影響を誘導するような恣意的な実験設計だと厳しく批判されている(EurActiv, 2014年2月5日)。

 今回の論文へのEFSAのコメントはまだだが、論文を読むと実験方法は前と変わりがないので、今回も荒っぽい恣意的なものと言えそうだ。中味を熟読、精査せずに判断するのは科学的ではないかもしれないが、セラリーニらは今までも実験方法の粗さ、意図的な設計を指摘されても、改めず次々と掲載してくれそうなジャーナルを探して「論文」を発表してきた確信犯的グルーブだ。また今回も同じ手かと思われても仕方ないだろう。

欧米 最近の動き

 2016年3月に入り、続けていくつかの出来事があった。3月1日、騒動のきっかけとなったIARCが、グリホサートの発がん性には根拠がある、我々の結論は正しいという「グリホサートに関するQ&A」を発表した。

 Q&A形式で、IARCは他の候補物質と同じ原則に従って評価し、グリホサートでは動物実験で明らかな腫瘍の増加が見られたと評価の正当性を再度強調している。EFSAなど他の評価機関の結論との違いについては、「企業提出の未公開データは使わず、透明性確保のため、公開された科学的審査を受けた論文だけで評価した」と自分たちの方が科学的に信用されることを強調している。しかし、最後に「この文書はハザード(危害)のランクであり、根拠の強さを示したもの。(実際に)がんになるリスク(可能性、確率)はばくろの程度や物質の影響度の強さによって変わる」と書いている。

 どうして今さらこんなQ&Aを出したのかわからない。取り下げたり変更する気はない、我々は正しいのだと組織防衛心理から出したとしか思えない。

 日本語訳の全文は畝山さんの食品安全情報ブログを参照

 欧米の行政機関も振り回されている。欧州委員会は11月のEFSAの再評価を受けて、グリホサートの再更新を承認する予定だった。しかし、3月8日、採決を先送りにしたフランスが承認に反対し、ドイツも棄権する予定で、3分の2以上の賛成が得られないと判断したためだ。次回会合は5月18日の予定で、グリホサートの登録は6月末で切れるが、再承認がさらに先送りになっても、暫定的に使用は継続される見込みなので現場で大きな混乱はないだろう。

 しかし、欧州議会では、IARCやEFSAの判断とは別に独立の評価委員会を作って審査しろという意見も出ており、「グリホサートは危ない、発がん性のおそれあり」といった論調の記事がメディアから多数流されている。

 米国でも動きがあった。3月25日、環境保護庁(EPA)の内部監査室(Office of Inspector General)は「除草剤耐性組換え作物の抵抗性雑草問題に関するEPAの管理対策」について独自調査を始めると発表した。

 OIGは独立の内部調査機関で、内部監査法1978によって権限が与えられている。今回EPA-OIGは、3つの点を内部調査する。

(1) 除草剤抵抗性雑草の発達を遅らせるためにEPAがやるべきことはなにか?
(2) 認可された除草剤の人の健康や環境へのリスクを判定するためにEPAがなすべき手順はなにか?
(3) EPAが独立して、データを収集し、対策をとるのか?

 これらについてEPAの担当者に聞き取りや資料提供を求めるので、協力するよう要請している。

グリホサートに発がん性 都市伝説として定着するのか?

 EPA-OIG発表の公式文書では、とくにグリホサートだけを名指しにしていないし、IARCの発がん性ランク付けにも触れていない。しかし、(2)の人の健康へのリスクも調査することに絡めて、メディアは農薬散布者への健康影響も調査することを強調し、今回の内部調査のきっかけに昨年のIARCの発がん性ランク付けも影響しているだろうと報道している。最近はIARCではなく、WHOがグリホサートに発がん性ありと認めたと決めつけた記事も多い。当然、IARCの判断がリスクではなく、ハザードに基づく、現場での使用実態とは異なるものだという説明もない。今回紹介したように、IARCが発がん性ランクを発表しても、メディアが取り上げるものと無視するものがある。

 次回5月24日からのIARC会合の議題は「コーヒー、マテ茶、とても熱い飲み物」だ熱いお茶には発がん性ありと発表したら、メディアは記事にするのだろうか?

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介