科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ヨーロッパの混乱 グリホサートはさておきネオニコチノイド系殺虫剤は

白井 洋一

キーワード:

前回(5月25日)の当コラムで、欧州連合(EU)では除草剤グリホサートの再更新(使用期間の延長)が、科学的判断から逸脱した政治ショーになっていることを紹介した。6月6日に欧州委員会の植物・動物・食品・飼料常設委員会は3回目の会合を開いたが、今回も採択に至らなかった(ロイター通信)。再更新は本来15年間有効だが、9年間に短縮案でもまとまらず、1年から1年半延長し、さらに欧州食品安全機関(EFSA)の科学的審査だけでなく、欧州化学物資庁(ECHA)にも判断を求め、この結果が出てから改めて検討するという妥協案だったが、これでも採択されなかった。

ロイター通信によると、妥協案に賛成が20国、棄権が7国で反対はマルタ1国のみ。フランス、ドイツなど人口の多い国が棄権に回ったため、採択に必要な3分の2の支持が得られなかった。常設委員会でまとまらなかったということで、この後、臨時閣僚会議か欧州委員会の専決決定で、とりあえず今回の案で決まるだろうとロイター通信は推測している。 1年か1年半後にまたグリホサート発がん性騒動が蒸し返されることになるが、考えてみれば平和な時代、豊かな社会の産物ともいえる。

賛成票が3分の2に達しないだけでなく、主要国が棄権に回るため、反対票も3分の2を得られず、最後は欧州委員会の決定に委ねるあたりが、28国の連合体であるEUらしい。この責任転嫁システムは遺伝子組換え食品やネオニコチノイド系殺虫剤の承認採択でもおなじだが、今回はネオニコ系殺虫剤のその後をとりあげる。

EFSA ミツバチの死亡要因 2年間の調査結果発表

3年前の2013年5月24日、EUは3つのネオニコ系殺虫剤(イミダクロプリド、チアメトキサム、クロチアニジン)をミツバチに影響ありとし、12月から2年間、暫定的に使用禁止にした。この決定もイギリスが強硬に反対し、ドイツは棄権、後から賛成と二転三転し、最後は欧州委員会の裁決によるものだった。2年間の禁止は昨年12月までだったが、使用禁止は今年も継続中で、この後どうするかは加盟国の提出データを解析して検討中だ。暫定禁止期間が過ぎて、新たな方針が決まらないから、使用を再開するという国は今のところない。

4月6日に、EFSAが「EU域内のミツバチコロニー大量死に関する疫学調査の統計的解析」と題するレポートを公表した。
http://www.efsa.europa.eu/en/supporting/pub/883e

使用禁止前の2012年秋から2014年夏までの2年間の冬季死亡率と春夏季死亡率を加盟17国からランダムに選んだ約5800の養蜂家を対象に調べたものだ。養蜂の規模、養蜂家の知識度、病害・感染寄生者の有無などとの関係を調べているが、農薬との関係は調べておらず、結果もはっきりしたものではない。

分かったことと言えば、冬季死亡率はベルギーが最大で、リトアニアが最小、小規模で専門知識の少ない養蜂家ほど死亡率が高い傾向が見られたことぐらいだ。春夏季の死亡率はフランス、イングランドが高いが、フランスは小規模養蜂が多いわけではなく、イングランドは2013年からの2年目の調査に参加していないので、この期間の死亡率の原因は特定できない。バロアダニやノゼマ微胞子虫による寄生や各種ウイルス病、腐蛆(ふそ)病細菌病は技術、知識の未熟な「素人」養蜂家に多い傾向を示しているが、統計学的に「有意な影響あり」とは言えない。さらに少なくとも3年間の継続調査が必要と書いてある。いかにもお役所的な調査報告書だが、農薬の調査をやらない限り、ネオニコ系殺虫剤の使用再開・禁止継続の判断には役立たないだろう。

北米でも解明進む バロアダニやノゼマ微胞子虫による感染症の影響大

ミツバチ大量死の原因はネオニコ系殺虫剤だけの単純のものではない。2015年9月2日の当コラム「ミツバチ減少の原因 複合ストレス説を示唆する論文」でも紹介したように、ダニやウイルス病など多くの原因があげられている。今年2月から4月に欧米のメディアがとりあげた論文を紹介する。

●ミツバチの翅奇形ウイルス病 媒介するバアロダニは人が拡大させた
Science(2016/02/05)に載った英国ケンブリッジ大研究者の論文で、翅奇形病ウイルス(Deformed Wing Virus, DWV)はバロアダニが媒介するが、バロアダニは輸入された女王バチとともに侵入し、世界各地に広がった。
論文

●寄生ダニと翅奇形病ウイルスの相互利他的共生(互恵行動)がミツバチの免疫反応と健康に影響する
米国科学アカデミー紀要(2016/03/22)に載ったイタリアの研究チームの論文で、バロアダニとDWVは共生関係で両者が一緒になって相乗作用を高め、結果としてミツバチへのダメージが大きくなる。
論文

●米国 5年間の調査でバロアダニ感染 予想以上に深刻
Apidologie(2016/04/20)に載った論文で、2009~2014年に米国農務省とメリーランド大などの研究チームがおこなった全米41州と2つの自治領(プエルトリコ、グアム)での広域調査の結果。バロアダニは秋に、ノゼマ微胞子虫は冬に多く、バロアはDWVとノゼマはレイクシナイウイルス病の発病率と関係していた。バロアダニの感染は当初の予想よりはるかに多く、全米各地で高頻度で見られた。以前はほとんど見られなかった慢性麻痺ウイルス病も増えていた。農薬に関する広域調査の結果もまもなく発表する予定。
論文

●移動中に高温、低温ストレスに曝されると女王バチの貯精のう内の精子死亡率高まる
感染病ではないが、PLoS ONE(2016/02/10)に載ったメリーランド大の研究で、巣箱の移動時に異常低温(8度以下)や高温(40度以上)に曝されると、女王バチが貯精のうに蓄えた精子の活性が落ち、子孫を産めなくなる。巣箱の管理など養蜂家側の問題だと米国のメディアがとりあげた。
論文

感染症人災説でもネオニコ単独犯説でも解決しない

バロアダニやノゼマ微胞子虫、各種のウイルス病、細菌病などがミツバチに影響することを示す論文が増える中、「養蜂家がミツバチの加害者」(Science2.0、2016/05/05)のような論調の記事も増えてきた。

農薬だけが原因ではない、人間も犯人、ダニや寄生病菌は人間が持ち込んだ、管理の悪い裏庭(backyard)養蜂家や素人養蜂家がダニやウイルス病を広めているというもので、一部は事実だろう。しかし、ネオニコ殺虫剤単独犯説に対抗して、悪いのは農薬ではない、ダニだ、管理の悪い人災だと煽ってもミツバチ問題は解決しない。

ミツバチ、特にセイヨウミツバチは、人間が効率化を求めて高密度、大量飼育に向くように改良してきた家畜昆虫だ。ネオニコ殺虫剤を罪悪視する一部養蜂家が自らの過密・過酷飼育条件を棚に上げて批判するのは頂けないが、過密飼育が絶対悪となると、商業的はちみつ生産業は成り立たなくなるだろう。ダニや感染病の衛生対策をしっかりやったうえで、農薬や花蜜植物源の問題を改善していくのが、ミツバチにとっても人間にとっても良い方向なのだが、なかなかそうはいかない。

ところで、ネオニコ3剤を禁止中のヨーロッパで英国は昨年秋にイミダクロプリドを除く2剤の120日間限定使用を認めた。キャベツノミハムシの被害が多いナタネでの緊急措置だった。今年も秋まきナタネへの使用許可を農業者団体は求めていたが、環境食料農村地域省(DEFRA)は2016-2017年シーズンの使用は認めない方針だ(Farming UK, 2016/05/12)

緊急使用が必要な理由、使用した場合の管理措置などの提出書類が不十分なためというのが理由のようだ。ネオニコ系殺虫剤を使えないことによるナタネの被害、収量減は英国農業園芸開発委員会(AHDB)がデータを出しているが、公的機関や論文としての発表はまだ出ておらず、「ネオニコが使えなくとも被害がなかった地域もある」、「ネオニコなしでもやっていけるのではないか」という声も英国内では結構聞かれる。ネオニコ3剤の再評価の日程はまだ示されていないが、ここでもEUの迷走、混乱は続きそうだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介