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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

組換え作物と農薬使用量の関係 殺虫剤の使用量が減るとどうなるか

白井 洋一

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2016年6月30日に米国農務省統計調査局が今年の主要作物の作付面積とトウモロコシ、ダイズ、ワタの組換え作物の面積割合を発表した。

ダイズは昨年より1%増、トウモロコシは7%増で過去1位、3位の栽培面積だ。ワタも17%増だが、これは数年続いたワタの市場価格低迷による生産減からの反動だ。害虫抵抗性と除草剤耐性を合わせた組換え作物の割合は、トウモロコシ92%, ダイズ94%,ワタ93%で前年とほぼ同じで、2013年にトウモロコシが90%の大台にのって以来、ほとんど変わらない数字だ。2013年に登場した水節約型の乾燥耐性トウモロコシは2015年に80万ヘクタールと伸びているが(国際アグリバイオ事業団ISAAA, 2016)、面積比ではトウモロコシ全体の2.4%でほとんどは害虫抵抗性や除草剤耐性品種と掛け合わせたスタック系統なので、導入形質にかかわらず「遺伝子組換え作物」と一括りにしたバイテク作物のシェアは90~95%の範囲に落ち着きそうな気配だ。

組換え作物と農薬使用量の関係 新たな論文

組換え作物の主役である、害虫抵抗性(Bt)と除草剤耐性品種の普及で、米国農業の農薬使用量はどう変化したかは、2013年12月の当コラム「遺伝子組換え作物と農薬使用量の関係 メガ作物の場合」で紹介した。

これはペストマネジメントサイエンス誌(2013年9月)に載った論文で、農務省の統計データをもとに比較している。組換え作物導入前の1995年と15年後の2010年を比較すると、農薬使用量(有効成分重量で示す)は以下のように変化した。

トウモロコシ:殺虫剤は9割減、除草剤は微増(1.06倍)
ワタ:殺虫剤は8割減、除草剤も1割減
ダイズ:除草剤1.6倍、殺虫剤も大幅増(5.6倍)

ダイズは除草剤耐性品種だけだが、殺虫剤増加の理由は不明で、トウモロコシとワタの除草剤増減の理由も詳しく説明されていない。

2016年5月、同じペストマネジメントサイエンス誌に「組換え作物導入後のダイズ、トウモロコシ、ワタにおける農薬使用量の動向」という論文が載った。

こちらは農務省データではなく、民間の市場調査会社が米国2万以上の農場を対象に調査した農薬使用量データを使っている。組換え作物導入直後の1997年と12年後の2009年を比較すると以下のようになる。こちらも使用量は有効成分重量に換算している。

ダイズ:除草剤は1.3倍、殺虫剤は4.8倍増。グリホサートは2.3倍増えたが、他の除草剤は6割減。殺虫剤が増えたのは2000年代に入り中西部でダイズアブラムシの被害が増えたため。
トウモロコシ:殺虫剤は8割減、除草剤も2割減。グリホサートは20倍増えたが、他の除草剤は4割減。
ワタ:殺虫剤は7割減、除草剤は変わらず。グリホサートは5倍増えたが、他の除草剤は7割減。

除草剤はいずれの作物もグリホサートが大幅に増え、他の除草剤が減っているが、トータルでトウモロコシだけ減っているのは、グリホサート耐性品種の使用割合が比較的低いこと、アトラジンなどトリアジン系除草剤に対する環境保護庁の規制強化の影響など複数の要因が関係していると分析している。ダイズの殺虫剤が4.8倍に増えているのは大きな数字のようだが、もともと1997年の使用量がごく少なかったためだ。

トウモロコシとワタの殺虫剤大幅減少の理由は、すべて組換えBt品種のおかげではなく、ワタではもう一つの大害虫、ワタハナミゾウムシの根絶事業の成功が大きく、毒性の強い有機リン系殺虫剤から、生物農薬(BT剤など)や浸透移行性のネオニコチノイド系剤の種子粉衣処理に移行したことも大きいと分析している。この辺が、「組換え作物によって殺虫剤使用量が大幅に減った」としか書かないバイテク推進派の学者、団体と違うところだ。

殺虫剤使用が大幅に減るとどうなる

2つの論文を比較するとトータルでみた除草剤使用量の変化に差があるが、これは用いた調査データと比較年度の違いによるものだろう。一方、殺虫剤の増減はどの作物でもほぼ一致している。トウモロコシとワタで殺虫剤使用量が7~8割も減ったことは、作業者の健康や環境保護、作物残留などにとって良いことだが、マイナスの影響はないのだろうか?

プラントバイオテクノロジー誌(2015年6月)に「害虫抵抗性組換えBt作物での二次害虫の影響」という論文が載っている。

二次害虫とは作物の害虫だが、今までは殺虫剤散布によって経済的被害がほとんど問題にならなかった種だ。この論文では、Btトウモロコシとワタで大幅に殺虫剤散布が減ったことで、増加した害虫はなかったか、Btトキシンが殺虫対象とする害虫が減ったことで、代わりに相対的地位があがった害虫はなかったかを約190本の論文を用いて調べている。

米国のBtワタでは殺虫剤散布の減少で、Btトキシンの殺虫対象外のカメムシ類の被害が増えた。ワタ実を吸汁するため被害が深刻だったが、最近はBtワタでもある程度の殺虫剤散布は必要と認識されるようになり、2006~2010年頃のような大きな問題にはなっていない。同じように、殺虫対象外のカスミカメムシやコナジラミなどが増加した例は中国やインドのBtワタでも報告されている。

生態学的に注目されたのは、トウモロコシ害虫の主役の交代だ。これはCry1Abトキシンだけを導入したBtトウモロコシ品種でおこった。Cry1Abはセイヨウアワノメイガには効果があるが、ウエスタンビーンカットワーム(WBC)には効かない。2種の幼虫がトウモロコシの茎内で競合するとアワノメイガの方が優勢になるが、アワノメイガ幼虫がいなくなったため、WBC幼虫がトウモロコシ茎内で主役を占めるようになった。この問題はCry1FなどCry1Ab以外のトキシンを導入したスタック品種の採用で現在はほぼ解決したが、専門家も予測していなかった現象だった。対象害虫が激減することによって、隙間(ニッチ)に別な二次害虫が進出してくる可能性は、トウモロコシの茎にゾウムシ幼虫、根にコガネムシ幼虫を指摘する論文があるが、実際に農場で大きな被害が出ているという報告は今のところない。

お騒がせの欧州連合 土壇場でグリホサートを再承認

前回までの当コラムで紹介した欧州連合(EU)のグリホサート再更新騒動は6月29日、欧州閣僚会議でとりあえず決着した。本来の更新期間は15年間有効だが、7年に短縮でもまとまらず、1年半延長し、欧州化学物質庁(ECHA)の評価も含めて2017年12月末までに新たに判断するというものだ(EurActiv, 2016/06/29)。

6月末で有効期限の切れる中でのぎりぎりの決着のようだが、EUの決定システムの機能不全ぶりから、筋書き通りの決着と言える。6月6日の専門家会合、6月24日の上級会合でも承認、非承認のいずれの有効票に達しなかったことに対して、欧州委員会は「加盟国が自らの責任で決定できなかったことは残念、(代わって)欧州委員会が専決決定(デフォルト)した」とコメントしている。事実であるが、このような混乱する決定システムを作ったのは委員会であり、欧州連合の官僚体質、上から目線を表している。

グリホサート再承認に強く反対した各国の環境団体や政党は組換え作物にも反対だ。Btワタやトウモロコシで殺虫剤使用量が大幅に減ったことは無視するが、二次害虫が増えたことや別な害虫が優占種になったことはすぐに取り上げ、「組換え作物は失敗した、農薬散布量は減っていない」と叫ぶ。 実際どのような対応をとって問題を解決しているのかは知らないし、知ろうともしないようだ。日本の農薬嫌い、組換え作物嫌いの団体、政治家も似たような思考パタンだが、これが結構マスメディアに受け入られるのが不幸というか、不思議というか、おもしろい現象だと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介