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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国 バイテク製品の規制システムの国家戦略発表 省庁間の縦割りは改善するか?

白井 洋一

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2016年9月15日、米国連邦政府(ホワイトハウス)は バイオテクノロジー由来製品の規制制度の近代化と国家戦略に関する2つの文書を発表した。

1つは環境保護庁(EPA),食品医薬品庁(FDA)、農務省(USDA)、3省庁の「協調した審査枠組み(60頁)」で、3省庁の役割分担、連携体制を説明したものだ。

もう1つは、ゲノム編集技術など新しいバイテク技術が登場する中で、将来に向け、過剰規制を避け、かつリスクを効果的に評価することを目的とした「規制制度近代化のための国家戦略(19頁)」だ。

これらの文書は前年(2015年7月2日)に連邦政府科学技術政策局(OSTP)が3省庁に出した宿題に応えたものだ。

詳細は、2015年7月13日のGMOワールドII「米国オバマ政権はバイテク規制をアップデートする計画を発表」で宗谷敏さんが紹介している。

「今の規制システムは1986年にできたもので、新しい技術も登場しているので時代にあったものに改訂しろ」「3省庁が規制を分担しているが、一般市民には分かりにくいし、大学や小企業にとって申請のハードルが高く負担になっているので改訂しろ」「3省庁だけでなく、将来の状況を分析する権限を第3者機関の専門家に与えろ」というのがOSTPの出した宿題(要求)だ。

●3省庁の協調した枠組みの改訂

今回の文書はOSTPの宿題に応えているだろうか? 第3者機関の権限については、全米科学アカデミーに委託した報告書がまもなく公表されるらしいので、「省庁間の枠組みの改善」と「将来に向けた国家戦略」の内容を見てみる。

省庁間の協調した枠組み、役割り分担は原則、今までと変わらない。組織再編をするわけでもないし、任意相談の食品安全審査を義務化するわけでもない。どのバイテク製品、どんな形質をどの省庁が担当するのか、7つの例をあげて説明している。

(1) 害虫抵抗性トウモロコシ・・・EPA(植物内の殺虫成分)、FDA(食品、飼料の安全性)、USDA(栽培、環境影響)
(2)耐病性プラム(植物ペストを導入遺伝子に含まない場合)・・・EPA(植物内の殺菌成分)、FDA(食品、飼料の安全性)
(3)除草剤耐性ナタネ・・・EPA(除草剤の使用基準)、FDA(食品、飼料の安全性)、USDA(栽培、環境影響)
(4)色変わりバラ・・・USDA(栽培、環境影響)
(5)殺虫微生物(植物ペストを含まない場合)・・・EPA(殺虫成分)
(6)殺虫微生物(植物ペストを含む場合)・・・EPA(殺虫成分)、USDA(環境影響)
(7)インシュリン産生ウサギ・・・FDA(医薬品の安全性)

要するに、アグロバクテリュウムのような植物ペストを含まないものにUSDAは関与しない、動物や魚はFDAの担当、EPAは農薬の安全性(使用基準)のみに関与するということだ。複数の省庁が規制に関与している場合、連携をより強化するとあるが、それはMOU(覚書)によるもので、法的に明文化したものではない。一読して、今までと同じじゃないか、一般には分かりにくいと思った。後で述べるが、最大の欠陥は担当省庁のすべての承認が下りなければ商業化できないシステムになっていないことだ。

●これからの国家戦略

透明性を強化する、予測性と効率性を強化する 、規制制度の支える科学研究を支援するの3つが大目標で、それぞれ今までに3省庁がやってきた実績とこれからやるべきことを列挙している。「予測性と効率性の強化」でいくつか注目するものがある。

・ゲノム編集技術を用いたバイテク製品の規制について、生物農薬はEPAが、動物はFDAがリスクの審査のあり方をより深く検討する。
・組換え昆虫は3省庁で協議、検討する。
・新規の開発者(特に小企業や大学)の過剰な審査コストを減らすため、USDAは「規制の対象となるかならないのか(Am I regulated?)」の相談窓口を設置する。規制対象となる場合は審査のタイムテーブルを示す。
・FDAは国際基準に沿ったよりスマートな科学的な規制をおこない、消費者の信頼を高める。

ほかにも、小企業にとって不必要なコスト負担、過剰規制にならないよう配慮するという表現がいくつかあり、現行の制度が新規参入の小企業にとって大きな負担となっていることを意識しているようだ。

●除草剤耐性作物の承認ではEPAとUSDAの足並みそろわず 生産者混乱

今回の3省庁合作の文書は格調高く、今までの実績と今後のさらなる改善をめざす美しいお役所的文書だ。しかし、現実には省庁間の連携がうまくいっているとはいえず、今年も農業現場は混乱した。除草剤耐性作物の栽培と除草剤の承認時期のずれだ。

2016年11月9日、EPAはモンサント社の除草剤、ジカンバの組換えダイズとワタへの使用を承認した。

これは当コラム(2016年5月13日)「未承認品種の栽培トラブルまた?  不可解なM社のジカンバ耐性ダイズ販売戦術」で紹介したが、USDAは2015年1月に植物ペスト化の恐れはないとして、ジカンバ耐性のワタとダイズの栽培を承認した。しかし、ジカンバはオーキシン系除草剤で、植物の生長をかく乱する作用があるため、周辺の他の作物に付着すると結実不良などの生理障害がおきる。

EPAは慎重に検討し、周辺に飛散しにくい性質の製剤に限り、空中散布禁止など多くの条件を付けてようやく認可した。しかし、認可を待たず、ジカンバ耐性のダイズやワタ種子が一部地域で販売されたため、今夏、多くの違法使用、他作物への飛散トラブルがおこった。

「EPAの承認が遅れているのが悪い、グリホサートの効かない雑草対策に必要なのだ」という不満の声も多かったが、違法栽培に変わりはない。「省庁間の協調した枠組み」の事例(3)の除草剤耐性ナタネの項目でも、商業栽培するためには、開発者は3省庁すべての承認を得なければならないと書いてある。しかし、これを担保する明確な法律文書は見当たらない。USDAがEPAの判断の前に、栽培してもよいと承認したことが問題なのだが、また同じことを繰り返すのではないか心配になる。

●トランプ政権で米国のバイテク規制政策はどうなる

2つの文書はまだ決定ではない。意見募集(すでに終了)を経て最終決定することになるが、時期は未定だ。新技術への対応、不必要な規制を課して小企業のコスト負担にならないようにするなどは評価できる。しかし、3省庁の連携がうまくいかず、トラブルが起こると、世間一般やメディアはバイテク由来の製品を一括りにして批判し不信感を持つ。そうなると「不必要な規制や手続き」はなかなか減らせず、小企業ほどその不利益を被ることになる。

ところで、国内産業の復興を掲げ、大幅減税と規制緩和を選挙公約にしたトランプ新大統領は、バイテク由来製品の複雑な規制システムをどう見ているのだろうか。トウモロコシ由来のバイオエタノールは石油産業に不利だから反対という一方で、トウモロコシ栽培地域の重要な産業になっていると評価しており、あまり一貫していない。新大統領の今後の反応も注目だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介