科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

寝た子を起こすか? 遺伝子組換え食品表示制度の再検討

白井 洋一

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 今年の4月から消費者庁で「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」が始まり、6月20日(2回目)に生協や消費者団体などの4人が意見を述べた

 遺伝子組換え食品の表示制度ができたのは2001年(平成13年)4月。あれから16年たち、「技術も進歩したので、当時は検出できなかったものも検知できるようになったのではないか」とか、「5%未満なら表示義務の対象外というのは、欧州連合(0.9%)、韓国(3%)、豪州(1%)に比べて緩いのではないか」などなどが検討会で議論されるらしい。政府(消費者庁)がすでに落としどころを決めているのか定かではないが、この後、事業者などの意見も聞いて今年度中に結論を出す予定だ。

 食品の安全性が確認された組換え食品だけが流通しているので、安全性には問題がないのだが、「組換え」とか「GMO」という言葉のイメージはよくないままだ。なんとなく不安に思っている人や安全性審査の中味を知らない人も多いと思う。今回は表示制度の始まった2001年がどんな年だったのかをふり返ってみる。

●表示元年 スタートからつまづく

 2001年4月に表示制度ができ、厚生労働省が認可した組換え食品以外は販売できないことになったが、5月にハウス食品のポテトスナック「オー・ザック」から、わが国未承認(審査中)のニューリーフプラスというポテトが検出され、商品回収騒ぎになった。その後もカルビーの「じゃがりこ」、ブルボンの「ポテルカ」、森永の「ポテロング」などからも検出され、回収が続いた。

 ニューリーフという害虫抵抗性のポテトは1996年から米国で栽培され、日本でも2001年3月末に承認され、ぎりぎり新制度に間に合った。しかし、ウイルス病抵抗性をプラスしたニューリーフプラスやニューリーフYという品種の日本での承認はまだとれていなかった。

 「安全性が承認された組換え食品一覧(厚生労働省)」の最初にポテトの承認日(官報掲載日)が載っている。

 現在は輸入国の安全性承認が下りないうちは、輸出しない、あるいは栽培しないというルールが徹底しているが、当時は米国など栽培国側の管理意識も低く、新制度移行の途中でおきたトラブルだった。やむを得ない面もあるが、この騒動が未承認の流通、回収など組換え食品のイメージを悪くした。7月には東ハトがポテトは北米産からオランダ産に切り替えると発表。「当社のポテトやコーンスナックから混入がでなかったのは、先手をうって対策を立てていたからだ」と日経産業新聞(2001年11月22日)は東ハト幹部の話を伝えている。他の大手食品メーカー、中小もこれに続き、厚労省承認済であっても「組換えポテトやコーンは使わない」きっかけになったのがニューリーフ(プラス)騒動だった。

●トウモロコシでもスターリンク騒動

 ニューリーフポテトより、メディアに騒がれたのは「スターリンク」という商品名のトウモロコシだったかもしれない。こちらは米国でも飼料用の許可しか出ていなかったが、食品用のタコス(メキシコ料理)から見つかり、米国で大騒ぎになった。日本でも飼料用トウモロコシから2000年10月に見つかり、2003年までさみだれ的に検出された。米国で食用として承認されなかったのは、アレルギー源に関する安全データが十分でなかったためで、米国国内の飼料限定という条件付きで認められた。日本向けの輸出飼料には混入しないことを前提としていたので、当然、日本に食用や飼料用の安全承認は申請していなかった。米国はこの騒動をきっかけに、たとえ飼料用であっても食品の安全性もセットで審査することにしたが、対応が後手に回ったことは確かだ。

 スターリンクは2001年に栽培を禁止し、輸出用や米国内食品ルートからもまったく検出されなくなったので、2008年4月に米国医薬品庁と環境保護庁はサンプリング検査を終了した。人のアレルギー源となることを立証したデータはなく、導入した遺伝子(Cry9C)は加工処理によって分解されるので、安全性には問題ないというのが専門家の考えだった。しかし、開発メーカーは食品安全の審査を申請せず、商品回収と弁償の道を選んだため、「スターリンクコーンはアレルギー源」というイメージが定着してしまった。もっとも最近の若い人はスターリンク騒動そのものを知らず、「スターリンク? なにそれ」、「ロシアの政治家じゃないよね」という珍問答を私も聞いたことがある。

 スターリンク騒動については、2008年6月に当時勤めていた農業環境技術研究所のウェブマガジン、GMO情報「スターリンクの悲劇、8年後も残るマイナスイメージ」に詳しく書いてあるので読んでほしい。

 コラムの最後で、「2008年4月の検査終了は米国でもニュースにならず、日本でも報道されなかった。メディアだけでなく、開発企業や行政省庁からも8年間の経緯についてきちんとした説明がない。このままマイナスイメージが定着するのではないか」と書いたが、残念ながらそのとおりになった。

●役所が安全と言っても信用されない

 そして2001年9月10日、日本産で初のBSE(牛海綿状脳症)感染牛が見つかった。英国などヨーロッパでの大量発生があっても、「日本では心配ない」と言ってきた農林水産省と厚生労働省の信用は失墜した。2003年7月に食品安全委員会ができ、安全性の審査を行政機関(農水省や厚労省など)から独立させたが、これはBSE国内発生を防止できなかったことへの反省が大きなきっかけとなっている。

 2017年6月20日の「遺伝子組換え表示制度に関する検討会」では、「安全性の問題ではなく、消費者の知る権利、選択の権利の問題だ」とある消費者団体は強調した。消費者団体はともかく、一般の市民、消費者でも多くの人が、「遺伝組換え、なんとなく不安」と思っているのは事実だ。それがあるから、制度見直し検討会が開かれ、義務対象を広げるか、5%基準を見直すかなどなどがテーマになるのだろう。

 今、日本では食用油など表示義務でない食品や家畜飼料用に多くの組換え作物を輸入しているが、「油や飼料ならまあいいや」と思う人もいるだろう。「検出できなくても、使っているのなら、全部表示しろ。それにかかるコストは二の次だ」と主張する人もいるだろう。寝た子を起こして2001年当時のモードになるのか、少しは冷静に判断するのか。消費者、一般市民の意識も重要だが、食品製造、流通業界が販売戦略として「食用の組換え作物」をどう位置づけるのかも大きいと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介