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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

米国で5例目のBSE発生 メディアが報道しないのは非定型だから?

白井 洋一

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 2017年7月18日、米国農務省動植物検疫局は、「アラバマ州の11才の雌牛で、BSE(牛海綿状脳症)発生を確認」と発表した。

 米国では通算5例目だが、肉骨粉などエサを介して伝達する定型(classical)ではなく、主に高齢牛で自然にごく低頻度で発生する非定型(atypical)のL型であり、異常行動を見つけ食肉ルートに入る前に処分したので心配ないという内容だ。

  ロイター通信(2017年7月18日)でも配信されたが、日本のメディアはほとんど取りあげなかった。

 確かに、非定型であり、日本が輸入を認めている米国牛肉は30月齢までなので、食の安全上は問題ないが、過去3回の非定型発生では、日本でも大きく報道された。今回メディアが関心を示さなかったのはなぜなのか?

 過去3例の非定型は大きく報道

 米国では過去4例、BSEが発生している。最初は2003年12月、ワシントン州で、カナダから輸入した6才8か月の雌牛で見つかった定型で、これを機に日本だけでなく、世界各国で米国産牛肉の輸入を禁止した大事件だった。

 その後の3例はいずれも非定型だが、日本では毎回大きく報道された。2005年6月、テキサス州で発見された推定12才の場合、「米国で2例目、米国産では初、輸入再開協議にも影響か」(共同通信)と報じられた。年齢が推定12才と発表されたこともあり、「米国は出生からきちんと管理していない。日本のように全頭検査もやっていない。検査体制は大丈夫か?」(毎日)という論調も多かった。

 2006年3月、アラバマ州の推定10才以上の場合、時期が悪かった。日本政府は前年(2005年)12月に米国牛肉を20月齢未満に限り、輸入を再開したが、直後の2006年1月、除去が義務付けられていた特定危険部位の脊柱が輸入品から見つかり、再び輸入禁止になった。「米国で3例目、消費者不安拡大のおそれ」(毎日)と報道された。2005、06年の例では、米国農務省の発表でも非定型であるとは明言しておらず、日本の報道もたんにBSE発生と報じた。BSEには定型のほかにエサを介さない自然発生の非定型があり、検査法、確認法が確立したのは後からなので、やむを得ない面もあるが、米国産、日本産に限らず当時のBSE不安を増幅させる一因になった。

  6年後の2012年4月、カリフォルニア州の10才7か月の場合、米国農務省は初報で非定型と発表したが、日本では微妙な時期だった。米国産や日本産の食肉利用月齢を20か月から30か月に引き上げるかどうかを食品安全委員会で検討中だった。「米国で6年ぶりBSE発生、輸入規制の議論に影響も」(共同)、「 環太平洋連携協定(TPP)慎重論強まる」(毎日)など、当時の政治情勢と絡めて報じられた。

 非定型BSEの発生があっても、各国のリスクステータスには影響しないと国際獣疫事務局(OIE)は定めており、米国の3例の非定型発生でも日本は米国牛肉の禁輸措置はとらなかった。これは科学的には正しい判断だが、一部の政党、市民団体、メディアは「米国の圧力に屈している、政府は弱腰」と批判した。

 ヨーロッパ 今でも散発する定型BSEの原因を調査

 肉骨粉を使用しないエサ管理がされているにもかかわらず、ヨーロッパやカナダでは年に1、2例、定型BSEが見つかっている。 エサ管理徹底後に散発的に発生するBSEとは、異常プリオンのたまりやすい部位を牛のエサに使用しない規制を実施した後に生まれた定型BSE牛のことで、BARB(Born After Reinforced feed Ban)(バルブ)と呼ばれる。

 2017年7月13日、EFSA(欧州食品安全機関)は「60例のバルブの原因調査レポート」を発表した。

 2001年1月から、EU(欧州連合)は全加盟国でエサ管理規制を実施したが、その後も2016年までに計60例のバルブが発生している。60例を改めて専門家が総合的に評価し、さらに2016年に発生国関係者に聞き取り調査をおこなった結果をまとめたものだ。

 60例のバルブは、イギリス(28)、アイルランド(12)、スペイン(7)が多く、フランスが3例、ドイツ、ポルトガル、ポーランドが2例、チェコ、イタリア、ルクセンブルク、オランダが1例と11国で発生している。

 牛の生まれた年では、2001年が25例、02年が14例、03年が8例、04年が7例と規制初期が多いが、05、06、07、09、10、11年生まれでも1例ずつ出ている。最近、バルブが確認されたのは2015年のイギリス(2009年生)、アイルランド(2010年生)、2016年のフランス(2011年生まれ)だ。

 調査レポートは、「異常プリオンを含む汚染エサを食べた時期と異常行動からBSEと確認された時期には数年間のギャップがあるため、どのようにして汚染エサに曝露されたかを特定するのは困難」と断わったうえで、「母牛由来、環境要因、遺伝要因、医療行為などの要因に比べて、エサの処理や運搬中に異常プリオンに汚染された可能性がもっとも高い」としている。レポートでは、東欧では2004年のEU加盟前はエサ規制が徹底していなかったので、この時期に汚染エサがEU域内に入ってきた可能性があるとか、バルブが確認された国と確認されなかった国で、エサ管理の徹底度に差があったとは言えず、異常行動の検出(サーベランス)体制なども考慮しなければならないと書いてある。読みようによっては、ほんとはもっとバルブは発生していたと推察される記述だ。しかし、今のところ、食の安全に厳しいEUの市民団体や政治家からこのレポートを問題視する声は上がっていないようだ。

 日本では2001年10月に肉骨粉などのエサ使用を法律で禁止してから生まれた牛にバルブは1頭も発生していない。日本でバルブが発生しないのは、定型BSEの感染総数が34頭で、イギリス(18万4千頭)、アイルランド(1600頭)、フランス(1020頭)と比べて少なく、糞尿や肥料として牧草地に曝露された量が少ないからだという説がある。今回のEUレポートははっきり結論付けたものではないが、バルブの原因はほぼ汚染エサだとすると、この説は正しく、日本では汚染防止対策が成功したことになる。

次にBSEでメディアが騒ぐのは

 今回の米国の発生をメディアが報道しなかった理由はわからない。非定型だからとか、高齢牛だから日本人の食の安全に心配はないとデスクが冷静に判断した結果なのか。それとも米国の圧力など政治色の強いニュースとつながらないから、興味を示さなかっただけなのか?

 現在30月齢以下の輸入制限がある米国が、「米国も日本同様、リスクを無視できるBSE清浄国だ。月齢制限を撤廃し青天井にしろ」と要求して来たら、騒ぎになるのだろうか? 米国産牛肉の多くは30~48月齢以下で食肉になるので、月齢制限を撤廃しても、特定危険部位の除去と肉骨粉などを牛のエサにしないという2大条件を守っていれば、それほどリスクは変わらない。しかし、そんな事実を抜きにして各界から米国産牛肉危険説が再燃するような気がする。

 あるいはもっとも多くのBSE感染牛がでたイギリスが、管理されたリスク国から、リスクを無視できる清浄国に昇格したのち、日本に輸入申請をしてきたときはどう対応するのか? 先日大筋で合意したEUとの経済連携協定(EPA)では、「牛肉の関税を今の38.5%から16年間で9%に減らす」ことになった。

 イギリスの畜産団体はビーフの輸入再開を期待しているようだが(Farming UK)、今回の日本とのEPAも、EUを離脱したらイギリスに恩恵は及ばないだろうから、独自に日本に申請してくるのか? いずれにせよBSEは科学的な安全問題よりも、政治、経済絡みになったとき、メディアの関心をひくことになるのだろう。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介