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農と食の周辺情報|白井 洋一

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

シンプロット社の組換えポテト 言葉の壁を乗り越えようやく食品安全承認

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2017年9月28日

 今年(2017年)7月20日、厚生労働省は米国J.R.シンプロット社の遺伝子組換えポテトの食品安全性を承認した。2014年2月の申請から承認まで3年半、食品安全委員会の組換え食品等専門調査会で5回審査された長い道のりだった。
「安全性が確認された組換え食品一覧(厚生労働省)」 最初にじゃがいもの承認日(官報掲載日)

 組換え食品の安全性審査はサイエンスベースで研究者が行うので、多くのデータ提出が要求され、1回の審査で合格ということはほとんどない。こんなデータまで必要なのか、食の安全とは関係ないのではないかと思える要求もある。しかし、審査に通らないと日本に輸入できないし、北米、南米でも栽培できないので、トウモロコシやダイズなどの大手バイテク開発メーカーはほぼ要求通りデータの提出に応じている。

 シンプロット社のポテトは違った。専門調査会が要求したデータに対し、追加提出の必要はないといったんは拒否したのだ。日本の審査システムを理解していない、申請業務に慣れていなかったともいえるが、システムを理解し、研究者の要求をどのようにくみ取るかに精通するには、場数を踏む必要がある。その視点からシンプロット社のポテトの審査過程をたどってみる。

●シンプロット社のポテト
 正式名は「アクリルアミド産生低減および打撲黒斑低減ジャガイモ」(SPS-E12-8系統)だ。高温加熱するとおそらく発がん性があるとされるアクリルアミドの生成量を減らすとともに、傷みにくい。ジャガイモの栽培品種と野生近縁種から遺伝子を導入し、RNA干渉という技術でアクリルアミド生成と黒斑形成が起こりにくくしてある。

 食品安全審査のポイントはおもに、(1)導入遺伝子そのものの安全性、(2) 植物代謝系への影響、 (3)有害成分の生成 (4)アレルギーを誘発する可能性、(5)元の作物との栄養成分の比較だ。ジャガイモはもともとソラニンなどの有毒アルカロイドを含んでいるので、組換え体によってさらに有毒物質の量が増えないかが審査される。
米国シンプロット社が申請したポテト

●審査の経緯
 専門調査会の審査は2014年3月に始まり、2回目(2015年1月)、3回目(2015年9月)と進んだ。初めての申請ということで、書類の書き方、統計処理方法などデータの示し方の不備などが指摘されたが、RNA干渉技術を含め、安全性そのものを懸念する指摘はほとんどなかった。

 3回目の審査で、「安全性の本質ではないが」と断わったうえで、「実験データの世代がバラバラなので、統一した世代で、塩基配列と有害成分のデータを出してほしい」と要求した。

 栄養繁殖するジャガイモを調査会で審査するのは初めてだ。2000年代前半に承認したジャガイモ8件は厚労省時代のものだ。行政から独立した食品安全委員会としてはモデルケースとなるので、統一した世代を使った基準データを求めたのだ。「ジャガイモは栄養繁殖で増えていく。(トウモロコシやダイズのような)種子植物と違う。基本世代である繁殖母本(ぼほん)でデータを出してほしい」、「申請者には申し訳ないところもあるが、今後のためにも、きちんとして」と議事録に委員の発言が記されている。

 ところが4回目(2016年2月)の審査で、シンプロット社は求められたデータを提出しなかった。「どの世代を使っても個体は同質とみなせるので、結果は同じになる」、「あえて世代を統一して試験をやり直す必要はない」という反論だ。

 この回答に対して、委員から「われわれの要望が理解されていない」、「申請者(代理人)は出席していないが、過去の議事録を読めばわかるはず」、「代理人は正しく英訳して、米国本社にわれわれの真意を伝えているのか」という声があがった。

 専門調査会は非公開で、申請者も出席できなかったが、2015年1月から、必要に応じて申請企業の担当者が出席して委員の質問に直接答えられるシステムに変わった。

 シンプロット社も3回目以降は申請者が出席する機会はあったが、この権利を行使せず、食品安全委員会事務局を経由した文書のやりとりだった。

 暗礁に乗り上げるかと思ったが、1年後の5回目(2017年2月)の審査で、ほぼ要求通りのデータを提出し、ようやく専門調査会の承認が得られた。この1年の間に、米国本社の担当者が食安委事務局を訪れ、意見交換を行い、指摘の真意(ジャガイモの審査は初めてで今後のモデルケースになる)を理解したようだ。

 「日本語、英語の壁というより、代理人の理解不足、初のモデルケースということが最初は本社にうまく伝わらなかったのかもしれない」(事務局担当者)。

●足掛け4年 5回の遺伝子組換え食品等専門調査会
1回目 2014年3月14日
2回目 2015年1月22日
3回目 2015年9月28日
4回目 2016年2月26日
5回目 2017年2月17日

新規開発者も参入しやすい審査制度に
 組換え食品の安全性審査がもっとも厳しいのはEU(欧州連合)だ。栄養成分や有害物質がもとの作物と比較して差があるときなど、必要に応じてラットを使った90日間給餌試験をやることになっていたが、今は最初からラット試験データ提出が当然のようになっている。日本はEUほど非科学的な過剰規制ではないが、「食品としての安全性」審査にあまり関係ないデータは考え直すべきではないか。

 今回のポテトでは、シンプロット社にとって初の日本申請であり、代理人の伝達力にも問題があったのかもしれない。しかし、議事録を読むと「安全性には問題ないが」、「申請者には気の毒かもしれないが」といった委員の声が何回か記されている。委員も今までの審査の基準を変えたり、ハードルを下げたように思われることはできない。いったん要求したものを、反論されたからといって「はい、そうですか」とも言えないだろう。100%要求に応えなくても、委員が納得できるようなデータをそれなりに用意しなければ決着しない。「科学的情報として、これとこれが必要」と最初に伝えるべきだろう。審査を重ねるたびに、「これも不足している、こんなデータはないのか(他社は出してきた)」と次々要求するのは考えものだ。

 2010年にハワイのパパイヤ産業協会が日本に食品安全性を申請し、10年かけて承認された時も、「申請者は委員の要求の意味を理解しているのか」、「添付書類の和訳が英文と一致していない」と指摘され、申請業務の不慣れさも目立ち、承認までに長い年月を要した。
参考 GMO情報「ウイルス病抵抗性パパイヤ、承認までの長い道のり」(2010年2月)

 シンプロット社は今回のSPS-E12-8系統以外の類似品種も開発しているので、次の申請はスムースに進むかもしれない。しかし、初めて食品安全審査を申請する企業、研究所にとって、日本の審査システムを理解し、専門調査会委員の意図を読み取るのはたやすいことではない。

 「組換え食品は厳しい安全審査を経たものだけが市場に出るから安全性に問題なし」は正しいのだが、新規参入メーカーへなんらかの配慮をしないと、「組換え食品、作物を商業化しているのは大手バイテクメーカーだけ。彼らが利益を独占している」という状況が続くことになる。

 この状況は大手バイテクメーカーが意図した結果ではない。審査規制のハードルが徐々に上がり、要求データが増えていった結果、これに応えられるのは申請業務に熟練し、スタッフを増員した大手メーカだけになったのだ。

 規制を緩くしろとは言わないが、過剰規制にならず、新規開発者も参入しやすいシステムに改善できないものか。今回のシンプロット社のポテトで改めて考えてしまった。

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