科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ヨーロッパのグリホサート 5年間延長で決着 次の標的はグルホシネートか

白井 洋一

キーワード:

12月15日で使用期限が切れる欧州連合(EU)の除草剤グリホサート。10月25日、11月9日の投票では賛成、反対とも有効票に達しなかったが、11月27日の3回目の投票で、5年間延長で決着した。グリホサートがほんとに使用禁止になったら輸入農産物の作物残留基準値にも影響し、EUの経済は大混乱するので、収まるところに収まった「EU恒例のドタバタ劇」とも言える。しかし、これで一件落着ではない。グリホサート禁止を求めた130万署名運動にもなんらかの返答をしなければならない。さらにグリホサート使用禁止の急先鋒だったフランスは、グリホサートのライバル除草剤グルホシネートの国内販売禁止を決めた。バイテク・農薬業界の合併・再編成の動きとあわせて紹介する。

 ●ドイツが棄権から賛成に回り5年間延長で決着

11月27日の投票は11月9日と同じ5年間延長案への賛否だった。9日は欧州委員会の常設委員会だったが、27日はワンランク上の各国の農業担当大臣による委員会だ。賛成、反対いずれも成立には16国、人口比65%以上が必要だ。前回は賛成14国(人口比37%)、反対9国(32%)、棄権5国(31%)だったが、前回棄権したドイツ、ブルガリア、ポーランド、ルーマニアが賛成に回り、賛成18国(65.8%)で5年間延長案が成立した(EurActiv、2017/11/27)。

16%の人口比を占めるドイツが賛成に回ったのが大きいが、ドイツ票だけでは足らず、他の東欧3国票も含めてかろうじて有効票を超えた。しかし、欧州のメディアはドイツの変身だけを大きくとりあげている。メルケル首相は知らなかった、シュミット農業担当大臣が独断で賛成票を投じたと怒っているらしい。ドイツはメルケル率いるキリスト教民主・社会同盟と自民党、緑の党との連立政権協議が破たんし、再選挙か、あるいは元の連立相手、社民党との再連立かでもめている。社民党はグリホサートに関しては反対か棄権すべきという主張だったので、今後の連立協議に影響するのではという論調が多い(EurActiv、2017/11/28)。

●フランス グルホシネートの販売禁止 活動家の次なる標的に?

政治家の言うこと、やることはよく分からないが、今回反対した国も含め、内心は使用継続で安堵しているところだろう。本来は15年間の更新を10年、5年と値切って、2022年まで5年間、問題を先送りにしたが、ヨーロッパの除草剤排除はグリホサートだけではない。

フランスの食品環境労働衛生安全庁(ANSES)は10月26日、バイエル社の除草剤グルホシネート(商品名バスタ)の国内販売を取り消すと発表した(ANSES、2017/10/26)

グルホシネート曝露によるリスクを最新の評価モデルで解析した結果、農業作業者だけでなく、農薬散布地周辺の子供の健康にもリスクがあるというのが理由だ。EUの農薬登録データベースによると、グルホシネートの登録期限は2018年7月31日までだ。

まもなく、再更新に向けた安全性評価書が欧州食品安全機関(EFSA)から出るだろう。モンサント社のグリホサートは、除草剤耐性組換え作物の右肩上がりの増加とともに、健康や環境への影響について多くの論文が出ているが、グルホシネートはそれほど論文が出ていない。除草剤耐性組換え作物としてワタ、ナタネ、ダイズ、トウモロコシ品種が販売されているが、グリホサートの陰に隠れて、環境団体の支援を受けた研究者の攻撃もほとんどなかった。グリホサートより、野生動植物に影響のありそうな論文もいくつかある。環境問題に熱心な活動家や研究者がグルホシネートをターゲットして本腰を入れるのか、今のところ定かではないが、来年7月の再更新がどうなるのか注目だ。

●グルホシネートはバイエルからバスフに売却 モンサントとの合併大詰め

グルホシネートは、グルホシネート耐性の組換え作物品種とともに、バイエルから同じドイツのBASF(バスフ)社に売却されることになった(BASF、2017/10/13)。

これはモンサント社とバイエル社の合併に伴う独占禁止法対策だ。両社の合併でもっとも独占率が高くなるのは除草剤耐性の組換え作物で、バイエルは早い段階から、自社のグルホシネートと関連の組換え作物の種子ビジネスを売却すると言っていた。EU、米国、ブラジルで合併に関する独禁法審査は進行中でまだいずれの承認も下りていないが、BASFへの売却で審査は進むだろう。 

●3大合併の進行状況

最後に、2015年末に始まったバイテク大手の合併、再編成の動きを簡単にまとめておく。

・ダウとデュポンの対等合併 
2015年12月発表、2017年3月デュポンの農薬ビジネスの一部をFMC社(米国)に売却、3月EU承認、5月中国承認、6月米国承認、9月新体制(ダウデュポン)(今後、農業、素材、特殊製品の3部門に分社化)

・中国化工集団(ChemChina)によるシンジェンタの買収
2016年2月発表、2017年4月EU、米国、中国承認、6月新体制(シンジェンタの社名残る)、10月中国化工の農薬部門をNufarm社(豪州)に売却

・バイエルによるモンサントの買収
2016年9月発表、2017年10月バイエルのグルホシネートと関連種子部門(ワタ、ナタネ、ダイズ)をBASFに売却

バイエルとモンサントの合併はまだ承認されていないので、来年7月のEUのグルホシネート再更新はバイエルが対応することになる。両社の合併後の社名も発表されていない。今回のEUのグリホサート承認で活動家や政治家が活気づいたのは、2015年3月の国際がん研究機関(IARC)の「おそらく発がん性の可能性あり」の発表とともに、グリホサートが組換え作物の最大手モンサント社の製品だったからだ。今まで活動家やメディアは、モンサントにターゲットを絞って攻撃してきたが、バイテク業界再編成後も変わらないのだろうか? もし「モンサント」という社名が消えたら、一番困るのは活動家やメディアなのではないか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介