科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

遺伝子組換え食品 根強い不信感は解消されるのか?

白井 洋一

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昨年(2017年)4月から始まった消費者庁主催の「遺伝子組み換え表示制度に関する検討会」も大詰めを迎え、3月14日の最終回(第10回)で報告書がまとまる。5%以下の混入率なら「組換えではない」と任意に表示できたものを、実質0%に引き下げる方向のようだが、食品業界や流通業界の委員は強く反対している。報告書はあくまで検討会としての意見(提言、要望)であり、最終的にどう政治決着するかはまだわからない。

組換えダイズやトウモロコシなどが輸入農産物として日本に入ってきてから20年になるが、検討会を傍聴していて、消費者団体だけでなく事業者側にも「組換え食品」に対する不信感、不安感は根強い、変わっていないと改めて感じた。

「組換え食品に健康影響はない、安全だという情報が世の中に伝わっていない」、「国はもっとコミュニケーション活動をやるべき」、「表示制度の変更は組換え食品に対する国民のイメージが変わってからにするべき」という意見もでた。

定着した根強い不安の解消は難しいだろうが、2016、17年に出た組換え食品の健康影響に関する報告書と有害説を唱える論文の特徴を分析した結果を紹介する。

●20年間の研究から健康への悪影響はなし

組換え食品は安全という報告は今までにも多く出ているが、米国科学アカデミーの報告書「組換え作物 経験と今後の展望」(2016年5月)がもっとも多くの文献(約900件)を分析している。

組換えトウモロコシ、ダイズ、ナタネなどが広く商業栽培されるようになって20年。この間に発表された論文や研究機関の報告書を分析したもので、健康影響だけでなく、環境や農業活動、社会・経済的影響も調べている。約900の研究を対象にし、そのうち健康影響は約250ある。日本では「米アカデミー報告書 組換え作物は安全」という見出しで多くの新聞が報道したが、各紙ともそれほど大きなスペースではなかった。

報告書では、がん、肥満、内臓疾患、自閉症、アレルギーなどの原因になるという論文やネット情報もあるが、きちんとした条件を満たした研究ではそのような証拠は一つも得られなかったと結論している。ただし報告書は慎重で、今回の結論は、現在商業栽培されている、安全性審査済の害虫抵抗性や除草剤耐性作物などに関してと断わっている。組換え作物はすべて安全ではなく、新しい形質を持った組換え作物、食品は、なんらかの事前審査が必要だというスタンスだ。これを読んで「組換え食品は安全」と思うか「中には危ないものもある」と思うかは、人それぞれだろう。
参考 宗谷敏さん「GMOワールドII」(2016年5月20日)

参考 報告書の日本語訳(バイテク情報普及会)

●有害影響を示した論文の特徴を調べてみると

「健康に悪影響なし」という報告はあまりニュースにならないが、「ラットが死んだ」とか「がんになるかも」という「研究論文」はメディアが大きくとりあげる。「組換え食品、飼料は危ない」と唱え、内外で大きなニュースになった論文の特徴を分析した総説がPlant Biotechnology Journal(2017年10月)に載った。

組換え食品反対の市民団体などがよく引用する代表的な35の論文を分析した。フランスの確信犯的なセラリーニ教授の論文も入っているが、2006年に「組換えダイズでラットが死んだ」と発表し、日本にも講演に来たロシアのエルマコバ女史は、論文として発表していないので除外されている。

35報のうち、7つはどんな組換え品種を使ったか書いていない。組換えトウモロコシ、ダイズを実験材料にしたとだけ書いても論文になっている。当然、このような学術誌の質(評価)は低いが、論文には変わりないので、反対派やメディアには評価される。3つは商業栽培された品種ではなく、実験段階の植物を使ったものだ。1999年、ポテトでラットに腫瘍ができたと話題になった英国のパズタイ(Pusztai)の論文は、商品として完成していない実験植物を使ったものだ。

残りの25報も、「統計解析法が不適切で、(差がないのに)有意な差があると結論している」、「比較対照の実験区がないか不適切」、「投与量と生存率の量的関係を示していない」など、論文としてはすべて失格というのが結論だ。

研究者の出身地では、ヨーロッパが20で、うち15はイタリアのグループ、エジプトが6と続く。研究資金の提供元や利害関係の有無を明示している論文は1つもない。

使用した組換え品種が書いてある25報について、同じ品種を使った他の研究者の論文では、有害影響を示したものは今までに1つも報告されていない。

●イメージ失墜からV字回復した例はあるのか?

欠陥だらけで、まともな科学の世界では通用しない「論文」ばかりなのだが、メディアや政治家がとりあげ、今も「組換え作物、食品の悪いイメージ」の根拠になっている。これは日本だけではないが、組換え食品の印象が好転することは期待できるのか。

前に知り合いの二人の新聞記者にメディアが叩いていたもので、後からイメージが回復した例はあるのか聞いたことがある。いずれも組換え体を長く取材してきたベテランだ。どちらも1分ほど考え、一人は「ワクチンが以前ほど悪く言われなくなったかな、それ以外には・・・」、もう一人は「食品では思い浮かばないが、国産ロケットがはやぶさの帰還成功で好意的に書かれるようになった」と答えてくれた。

なるほど確かに、2003年に打ち上げられ、幾多のトラブルを乗り越え2010年6月に無事帰還した小惑星探査機「はやぶさ」は「お帰りなさい、はやぶさ」で本や映画になった。2014年の後継機「はやぶさ2」の打ち上げも「行ってらっしゃい」と好意的だった。組換え食品に「はやぶさ」のような救世主は現れるのだろうか。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介