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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

欧州連合 ネオニコチノイド系殺虫剤の使用全面禁止 1回の投票で決着したが混乱は続く

白井 洋一

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 欧州連合(EU)では、農薬や遺伝子組換え食品の承認は、科学や根拠に基づく判断ではなく、活動家や政治家の主義主張が優先し、社会問題化することが多い。農薬ではグリホサート除草剤とネオニコチノイド系殺虫剤でこの傾向が著しい。

 2018年4月27日、欧州委員会(EUの行政府)は、3種類のネオニコ系殺虫剤の使用禁止強化を決めた(EurActivロイター通信 2018年4月27日)。

  EUは2013年にミツバチや野生ハナバチに悪影響の恐れがあるとネオニコ3剤(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム)の使用を2年間、暫定的に禁止にした。2年間の禁止の結果をみて、その後の扱いを決めることになっていたが、延び延びになり、ようやく今回の決定となった。「温室を除く、野外のすべての農作物で使用禁止」と2013年より厳しい内容だが、欧州委員会は昨年から全面禁止の方針を出していたので、驚くことではない。意外だったのは、前回は加盟国投票でもめにもめたのに、今回は1回の投票ですんなり決まったことだ。

前回2013年の禁止までの流れ

2013年1月、欧州食品安全機関(EFSA)がネオニコ3剤のハナバチ類へのリスク評価書を発表。

 2月、欧州委員会が「ナタネ、ヒマワリ、トウモロコシなどハナバチが訪花する作物へのネオニコ3剤の使用禁止」を提案。

 3月15日、植物・動物・食品・飼料常設委員会で1回目の投票。賛成13国、反対9、棄権5で有効票(16国、人口比65%以上)に達せず。当時はクロアチアが未加盟でEUは27国。

 4月29日、農相・環境相会合で再投票。賛成15国、反対8、棄権4で有効票に達せず。フランス、スペイン、イタリアなどは最初から賛成だったが、人口の多いドイツは棄権から賛成へ、イギリスは棄権から反対へ回るなど混乱。

 5月25日 欧州委員会が専決(デフォルト)で2年間の暫定禁止を決め、12月から実施。

●今回禁止の背景

 2018年2月28日、EFSAは「ネオニコ3剤のハナバチ類へのリスクが再確認された」とする報告書を発表した。

EFSA 2018年2月28日

EFSA Q&A

 EFSAの報告書は、約590本の論文の実験結果を審査し、ミツバチや野生ハナバチに対してのリスクを再確認したとあるが、2013年末から2017年までの禁止による効果(ミツバチやハナバチの数が回復したなど)の分析はほとんどおこなっていない。吸蜜や吸水によるネオニコ摂取や農薬飛散による直接の曝露によるリスクを実験データから確認したもので、生産現場の実態は重視せず、リスク(確率)ベースというより、ハザード(危害)ベースに近い報告書だ。

 欧州委員会の決定はEFSAの報告を受けて科学的に判断したとEurActiv(4月27日)は伝えているが、昨年秋に欧州委員会は今回の決定に近い方針を出しており、11月にはイギリスも「ハナバチ類など訪花昆虫が減っているのは重大だ」と、全面禁止に賛成する意向を示していた(FarmingUK, 2017年11月9日)。

 2013年は使用禁止に強く反対したイギリスだが、今回はEU離脱とは関係なく、是々非々で判断するという立場だ。イギリスの変化で、2013年より厳しい規制になるだろうというのは、農薬業界や農業者団体からの失望、あきらめを含め大方の見方だった。

 前回はナタネ、ヒマワリ、トウモロコシなどハナバチが訪花する作物や麦類の種子粉衣禁止に限定されていたが、今回は温室栽培を除く、野外のすべての農作物が禁止対象になった。

 ●投票を急いだ理由は

 全作物禁止に対して、とくに東欧のシュガービート(テンサイ)生産者からの反対が多く、3月中旬時点で、全面禁止に賛成は7、8国、反対6国で、他は様子見という票読みだった(EurActiv、2018年3月19日)。

 3月22日の常設委員会では採決せず、5月下旬の会合で改めてという予定だった。投票しても有効票に達せず、混乱を印象付けるだけという欧州委員会の判断と想像するが、予定を早めて、4月27日の常設委員会で投票がおこなわれた。

 全面禁止に賛成したのは16国でフランス、ドイツ、スペイン、イギリスなど人口の多い国がそろって支持したので、有効人口票(65%以上)もクリアした。禁止反対はチェコ、デンマーク、ハンガリー、ルーマニアの4国、ポーランド、ベルギーなど8国が棄権した。当初、シュガービートは除くべきと主張していたドイツが賛成に回ったのが大きかったようだ。

 投票時期が早まり、賛成多数で早々とまとまった背景は分からないが、ロイター通信などは、司法判断との関係を示唆している。

 2013年の3剤使用禁止に対して、製造元のバイエル社とシンジェンタ社は欧州司法裁判所に不服申し立てをしている。その判決が5月17日に出るので、その前に決めてしまいたいという欧州委員会の思惑があったのではというものだ。しかし、意見のまとまらない加盟28国がこれに同調して早々に投票に応じたとも考えにくい。早期投票、決着の真相は今のところはっきりしない。

コミトロジー制の混乱は続く

 「温室栽培を除く全作物での使用禁止」は2018年末までに実施される予定だが、代わりの防除手段(代替農薬)は示していない。合成ピレスロイド剤など防除効果の低い農薬散布が増えて、むしろ環境への悪影響が大きくなるだろうとか、油糧作物やシュガービートの生産が減って、その分、EU域外からの輸入が増えるだろうという生産者団体の懸念はまったく顧みられていない。各国の事情を考慮せず、EU一律で禁止(または承認)する決定制度の欠陥が今後、尾を引くことになるだろう。

 農薬や組換え食品の承認を各国の投票で決める制度は、コミトロジー(comitology)というEU独特の決定システムによるものだ。コミトロジーは「政策実施助言委員会方式」と訳され、「欧州委員会の委任した政策事項を、各国政府代表で構成する会合(常設委員会や閣僚会合)で監視し統制する方式で、この会合で承認されないと欧州委員会は政策を執行できない」(拡大EU辞典2006、小学館)。

 欧州委員会が勝手に決めるのではなく、加盟国の意思を反映して決めるということだが、今までも、科学や根拠を基に投票するのではなく、各国の政治的、社会的思惑から、賛成、反対票が投じられ、棄権に回って明確な意思表示を避けるなどの混乱が続いてきた。

 今回はすんなり1回の投票で決まったが、5月17日の司法裁判所の判断で「使用禁止は違法」となったらまた混乱するのか。農薬の承認だけでなく、遺伝子組換え食品やゲノム編集を含む新育種技術でも、コミトロジーにより投票にかけられる「政策事項」が待っている。日本では、「EUは○○を禁止した」とだけ報道されることが多いが、決定に至るまでには複雑な背景があるのだ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介