科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

おそまつだったトリチウム水処理の公聴会 トリチウムしか残らない前提崩れる

白井 洋一

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東京電力福島第1原発から出る放射性物質を含む汚染水は、多核種除去設備(ALPS)によって浄化されるが、トリチウム(三重水素)は除去できない。トリチウムを含む処理水は原発敷地内にタンクを作り貯蔵されているが、タンクの容量にも限界があり、対策が迫られている。

経済産業省は2016年11月に有識者を集め「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(以下、小委員会)」を作り、9回の会議を経て、地下埋設、海洋放出、水蒸気放出など5つの処分方法を示し、風評被害が起こらないように配慮しつつ、どのように汚染水を処分するのが良いか、市民の意見を聞くことにした。

 2018年8月30・31日午前に福島県富岡町と郡山市で、31日午後に東京で、「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する説明・公聴会」が開かれた。私は31日の東京会場を傍聴したが、いずれの会場も動画配信されている

 3会場合わせて44人が意見を述べたが、多くは「海洋放出を含めてどの処分方法にも反対」や、「今のままタンク保管するも選択肢に加えるべき」という意見だった。経産省や小委員会が示した風評被害を最小限にする方策はほとんど議論されなかった。意見陳述人の構成が偏っていたというより、主催側の会議運営、情報の出し方がまずかったからだ。

 ●トリチウム以外の放射性物質も残っていた

なぜ、トリチウムだけ除去できないのか?  トリチウムは水と構造や性質が似ているため、分離しにくく、最後にトリチウムだけが残るというのが、今までの説明だった。

しかし、2018年8月19日、共同通信は「基準値超の放射性物質検出、トリチウム以外」と報じた。

東京電力によると2017年度に汚染水浄化後の測定で、ヨウ素129が1リットルあたり62ベクレル検出され、排水基準値の9ベクレルを上回っていた。他にも排水基準値以下だが、ルテニウム106やテクネチウム99も検出された。8月末には公聴会が開かれるが、トリチウム以外の存在はほとんど知らされておらず、議論もされていないと記事は問題点を指摘した。

公聴会では当然、多くの人がこの点について質問した。説明資料では22頁「参考資料2-2、タンクで貯蔵している処理水の性状」を示し(下図)、2016年11月の第1回小委員会でヨウ素129やルテニウム106などが残ることを資料として提出しており、委員にも説明したとしている。

たしかに第1回小委員会(2016年11月11日)東電提出資料2-2「廃炉・汚染水の処理の状況」17頁では、「タンクに貯蔵している水は、トリチウムを除く放射性物質の大部分を取り除いた状態」とあり、トリチウムしか残らないとは書いていない。

しかし、今までこの点については慎重な議論がされてこなかった。東電や経産省の対策に批判的な団体や研究者からも、「トリチウムだけではない、他にも残っているはずだ」という大きな声はなかったと思う。

30日の公聴会では、委員長や事務局の回答は「東電は多くのデータを出しているので、一見してトリチウム以外のデータかは分からない」とか「改めてデータを整理して次の委員会で示したい」など、納得できるものではなかった。

環境カウンセラーの委員は「1回目の小委員会で資料は示され、説明を受けたが、内容、数値について深く議論しなかったのは反省している」とコメントした。

他の委員からコメントはなかったが、第1回小委員会の議事概要(すべての発言を記録した議事録ではない)によると、「除去しにくい核種について、複数回浄化を繰り返せば放射性物質はさらに除去されるのか」という質問がある。これに対し、東電は「吸着剤の組合せを改良することで、さらに除去することは可能と考えている」と答えている。この回答で、「東電は将来、トリチウム以外の核種の再浄化をやるのだな」と安心したのだろうか。

●分離技術の実用可能性 説明が不十分

もうひとつ気になったのはトリチウムの吸着、分離技術についての説明だ。説明資料の8頁で、「トリチウムの分離技術は(残念ながら)ただちに実用化できる段階にある技術は確認されなかった」と事務局は説明した。

しかし、近畿大学工学部は2018年6月27日に「トリチウム水を除去する分離技術を開発」と発表している。

関係者に聞くと、すぐ実用化できるものではなく、まだ実験室レベルの段階らしいが、事務局の説明では「最近の近大工学部の新技術」についての具体的説明はまったくなかった。意見陳述人の中には近大工学部の技術に期待するものもいくつかあったので、「まだ実用段階ではない」ときちんと説明すべきだった。

●風評被害を心配するなら、まずは自ら誤解されない情報発信を

経産省や小委員会は、「トリチウムしか残らない」ことを前提に、風評被害などを考慮して、どう処分するのがもっとも適切かを議論してもらうために、説明・公聴会を開いたはずだ。

私も6月6日のコラム「どうなるトリチウム水の処分方法」では当然、「トリチウムだけが残る、この処理水が最後の難関」という前提で記事を書いた。

原発事故では、トリチウム水の処分だけでなく、汚染土壌の処分場所でも、「風評被害」を懸念して、候補地の住民の反対があり、作業が難航している。汚染水も汚染土壌処理もこれから長く続く問題だ。「風評被害」といかに対応していくか、良いモデルケースになることを期待して記事を書いた。

風評とは情報が正しく理解されずに歪曲されて広がることだと思うが、今回は最初の情報を出す経産省や小委員会、そして東京電力が、わざと誤解と反発を招くとしか思えないような情報の出し方をした。正直あきれ、がっかりした。

 公聴会では「トリチウムしか残らないという前提が崩れたのだから、公聴会をやり直せ」と傍聴席からヤジが飛んだ。彼ら彼女らの発言すべてを支持するわけではないが、「前提が崩れた」はそのとおりだろう。

 傍聴した公聴会(東京会場)や他会場の新聞報道によると、小委員会の委員長は、個人的見解と断りつつ、「トリチウム以外も再度、除去すべきだと思う」、「永久には無理だが、タンクで保管し続ける選択肢も検討する」と述べているが、今後、経産省や小委員会はどんな対応策を出してくるのだろうか。それにしても大きすぎる最初のつまずきだった

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介