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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

環境省のゲノム編集技術取り扱い方針案 拙速、わかりにくいとメディアは批判(後編)

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2018年10月10日

環境省のゲノム編集技術の取り扱い方針案は、メディアにはあまり評判が良くないが、消費者団体、環境市民団体にも不評だ。9月29日(土)の午後、「たねと食とひと@フォーラム」が主催するシンポジウム「ゲノム編集に規制は必要か」が開かれた。

●シンポジウム 発表パネリストが充実 

主催する市民団体は長年、遺伝子組換え食品反対運動を続けてきた消費者団体や活動家とも重なる人たちだが、今回の発表メンバーをみて、興味を持ち私も参加した。

市民団体のシンポジウムというと、時には学界の主流から外れた退職した大学教授や助手などが、真実と嘘を巧みに交えて「不安と危険」を強調するパタンが多いが、今回は違った。6人の発表者のうち、山本 卓さんは広島大学教授で、ゲノム編集学会の会長。NHKテレビの特集番組にもよく登場し、ていねいに解説する。今回の環境省の技術検討会の委員もつとめた。石井哲也さんは北海道大学教授で、生命倫理の立場から、テレビ、新聞の常連。学術会議やゲノム編集学会で生命倫理分野の委員もしている。二人とも、メディアに登場するだけでなく、本業の学問でもきちんと仕事をし、論文を書いており、私は信用できる学者と思っている。

他の発表者は荒木涼子さん(毎日新聞科学環境部記者)、宮田 満さん(日経BP特命編集委員)、菊地富夫さん(山形県の有機農業者)、吉森弘子さん(主催団体の共同代表)だが、宮田さんは内閣府のバイオ戦略検討会議委員など、国のバイオテクノロジー政策の推進、応援団だ。山本さん、石井さん、宮田さんをそろって集めるとはなかなかの市民団体だ。

最初に一人15分の意見発表のあと、総合討論をおこなったが、3人の立ち位置と今回の環境省のまとめ方に関連した発言をひろってみた。

【山本 卓さん】
新聞では積極的推進派と書かれることが多いが、「安全性を評価したうえで積極的に利用するべき」と言っている。安全性評価は必要という立場だ。環境省の議論が短いという指摘もわかるが、検討会以前にあった水面下の議論が出てこないので誤解された。ゲノム編集で作ったもの、すべてが規制対象外になるわけではない。安全性の評価の中味はこれからの課題だ。

【石井哲也さん】
たった2回の検討で、最初から結論ありきだ。政府の総合科学イノベーション会議はもともと規制緩和路線。外来遺伝子が残っていないから、規制の対象外というのは安直だ。もっと慎重に議論すべき。ゲノム編集作物による悪影響の証拠、今のところないが、それはまだ実際に栽培されていないから。規制の対象になるかならないかが問題ではなく、安全性の担保がもっとも重要なはず。正々堂々、安全性の審査・承認を受ければよいではないか。

【宮田 満さん】
日本の農業や食品産業はじり貧の状況。ゲノム編集技術を含めイノベーション(技術革新)が必要だ。ゲノム編集を使ったかどうかではなく、安全かどうかが問題で、新しい表示のやり方を考える必要がある。今回の環境省の検討会、表に出た2回の検討会だけでなく、水面下での議論がでてこない。委員会行政の限界とも言える。結論はまあ妥当なのだが、心情的には環境省のやり方は失敗した。12回くらい検討会をやって、一生懸命やったところをみせるべきだった。このあとの厚生労働省の食品安全の検討会の進め方に注目したい。

宮田さんの発言「12回くらいやって一生懸命なところを・・・」には笑ってしまったが、たしかに「たった2回、結論ありきで決めた」という批判はでなかったかもしれない。6月の内閣府の答申書も「今年度中に扱い方をはっきりさせろ」ではなく、「来年度中には」として、検討に十分時間をかければよかったのかもしれないが、今となっては遅い。

●なぜ混乱するのか 研究者と市民・メディア人の関心の違い
シンポジウムで、荒木記者は、科学者、研究者の考えと一般人、消費者の考え方にかい離があると言っていた。石井さんも指摘したように、両者の関心のポイントが違うのだ。

作物や家畜の研究者たちは、ゲノム編集技術を利用した生物が遺伝子組換え生物のような規制の対象になるのかならないのか、環境省や農水省に見解を求めた。本音は、自分たちが研究開発している作物や家畜は、小規模な変異誘導であり、外来遺伝子も残らないので、規制の対象にはならないはずだ。そのお墨付きを与えてくれということだ。

一方、消費者や市民団体の関心は、食べて安全なのか、環境に悪影響がないのかが先だ。米国では高校生や一般市民でも簡単にできるゲノム編集技術もあるらしい。日本に入ってきたら大丈夫なのかという不安もある。しかし、役所も研究者もこれらにきちんと応えようとしない。

もうひとつ、研究者側に欠けているのは、遺伝子組換えの規制から逃れることに熱心で、組換え食品や作物が、商品として流通してから20年間でどんな悪影響があったのか、メディアにきちんと説明していないことだ。今のメディア人は、10年、20年前の組換え体反対運動、不安・懸念の歴史を知らない人が多い。インターネットで検索できる範囲の知識しかない若い人たちが主流になっている。「ゲノム編集は遺伝子組換えよりも正確な技術」とか「規制の対象外ということは遺伝子組換えではない。だから審査は不要、安全ですよ」といった研究者の論調は、果たしてメディア人に受け入れられているのだろうか。

 ●これからどうなる 食品の安全審査検討会に期待できるか?

9月19日 薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会 新開発食品調査部会 遺伝子組換え食品等調査会(撮影:森田満樹)

厚労省でもゲノム編集技術を利用した食品について、検討が始まった(薬事・食品衛生審議会 食品衛生分科会 新開発食品調査部会 遺伝子組換え食品等調査会)。

9月19日、10月15日に続いて、11月の3回目の会議で意見を取りまとめ、意見募集を経て、今年度(3月末)までに食品衛生法上の扱いを明確化する日程案が出ている。9月19日の会議では「外来遺伝子が残っていないから、安全ですとは言えない」、「効能、機能をうたう以上、開発者は届け出てほしい」、「どんなデータを出してもらうかは別の問題」、「ゲノム編集一律のまとめ方は無理ではないか」などの意見も出たが、予定通りの日程で審議は進むだろう。

ゲノム編集技術は変化、進化の早い技術だ。次々と改良バージョンが出ているし、医療に利用する場合の技術上の懸念も論文になっている。今の技術レベルでひとくくりにまとめるのは無理があることは多くの研究者が指摘している。食品の安全性でも、現時点では、海外や国内で開発された商品を1件ずつ、個別に判断し、審査事例を蓄積していくのが良いのだ。

厚労省も平成30年度末の期限を延長して、結論を平成の次の時代に持ち越しても良いと思うが、おそらくそうはならないだろう。メディアは「食品安全も拙速、たった3回の会議で決める」と報道するのだろうか。

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