科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

どうなる日本の有機農業 伸びない栽培面積 政策審議会は次の5年間の方針示さず

白井 洋一

キーワード:

有機農業の推進に関する法律(有機推進法)が与野党超党派の議員立法で成立したのが2006年12月。この法律のもとに「有機農業の推進に関する基本的な方針」が作られ、農林水産省は方針に沿って施策を進めている。基本方針はおおむね5年ごとに見直すことになっており、2014年4月に一回目の見直しが行われた。

これは2014年1月8日の当コラム「5年で有機農業を2倍にアップ 推進基本方針見直し」で紹介した有機農業参入者への支援強化や研究・普及体制の充実とともに、栽培面積ベースで全耕地面積の0.4%から1%に倍増させる数値目標を掲げたのが目玉だった。

しかし、2013年に2万ヘクタール(0.4%)だった栽培面積は2017年になっても2万3千ヘクタール(0.5%)とほぼ横ばいで、目標達成は困難と農水省も認めていた。

そんな中、2018年12月から食料・農業・農村政策審議会の果樹・有機部会で、次の5年に向けての基本方針の見直し作業が始まった。

● 果樹・有機部会で4回検討したが

政策審議会の果樹・有機部会だが、有機の果樹だけ扱うのではなく、イネ、野菜、果樹、牧草などすべての有機栽培農業を対象としている。前回の見直しの時は審議会の企画部会で検討された。

2018年12月の1回目の部会で、上岡美保部会長(東京農大教授)は「なぜ栽培面積が伸びないのか、どうすれば伸びるのか。この2つを関係者ヒアリングによって問題点を明確にする」と述べた。

生産者と流通・加工業者のヒアリングが行われた。遺伝子組換え反対で有名な日本有機農業研究会の生産者は「農薬による発達障害など子供の将来への危機感が国にも国民にも欠けている」と不満を漏らした。小規模な商社も「ヨーロッパは残留農薬に厳しい。除草剤グリホサートは基準値未満でも認められない。発がん性など日本ももっと真剣に考えてほしい」と訴えたが、委員の反応は全体として冷静だった。

部会は栽培面積が伸びない原因は何か、どうすれば伸びるかのという当初の目的には向かわず、「面積を増やすことだけが推進ではないだろう」、「消費者理解などその前に考えるべき問題がたくさんある」というそもそも論も含めた意見が次々と出された。

委員から出た主な論点(検討すべき課題)は以下のようなものだ。

・有機農業の推進目的をより明確にすべき(なぜ国が推進するのか、利点を明確にすべき)

・有機農業が環境負荷軽減になり、持続的生産につながることを周知すべき

・「無農薬」、「特別栽培」など用語の違いがわかりにくい

・環境保全型直接支払い(補助金)制度の課題(特別栽培やエコファーマーとの違い)

・有機JAS表示制度の課題(2つの基準のわかりにくさと認証資格取得の経費負担など)

・消費者への理解促進とともに、生産者側の消費者ニーズ把握の努力など

● 部会再開はいつ? 見直しの方向は未定

いずれももっともな指摘、考えるべき課題だが、「慣行農業を含めた農業全体の中で、有機農業の位置づけを考えるべき」とか「栽培面積、生産額を増やすことが必ずしも推進にはつながらない」という意見は、「有機農業とは何かを原点に戻って考え直そう」と言っているようなものだ。これでは、有機農業を強力に推進するにはパワー不足だろう。何人かの委員がこのような意見を述べ、強く反対する人もいなかったのに正直びっくりした。

今回の部会の委員は生産者、流通業者を含めみんな紳士淑女で、学者のような感じだ。2006年、有機推進法が成立した頃は、遺伝子組換え反対運動も盛んで、原理主義的な有機農業活動家が多かった。彼らも老いたのか、最近の有機農業関係者はずいぶん大人しくなったなと思う。

2014年4月に「5年で面積倍増方針」が出たとき、私は農水省の担当者に「たんに面積倍増といっても増えないだろう。水田で増やすのか、野菜、果樹に重点を置くとかメリハリをつけないと」と聞いたことがあるが、特に重点領域は考えていなかった。実際、栽培面積は水田、畑(野菜)、果樹、牧草とも、ほぼ横ばいで増減がない。ヨーロッパでは有機栽培が伸び続けているといわれるが、面積率の高いイタリア(14.5%)、ドイツ(7.5%)、フランス(5.5%)などは有機牧草が3割から5割を占め、数字を大きく稼いでいる(2016年の統計値)。

国の予算措置も大きい。意外かもしれないが、米国は成長分野として、遺伝子組換え作物だけでなく、有機農業にも多額の支援をしている(面積率は0.6%)。有機認証資格を取るための費用を最大750ドル補助する制度があるし、慣行から有機栽培に移行する3年間の支援措置もある。日本ではこれらの点で目玉となるような補助金政策はない。有機栽培による環境保全型直接支払い(補助金)も10アールあたり8千円で、緑肥やたい肥使用の栽培と同じか少し高いだけだ。苦労して化学肥料や農薬を使わない栽培をしているのに安すぎると思う。

しかし、部会では予算措置について、農水省に強く改善を求める声はなかった。部会の委員だけでなく、議員立法(自民党を含む)で成立した有機農業推進法なのに、政治家からも予算増額の動きは見られない。

2019年4月8日、4回目の部会では、いくつかの検討事項を中間取りまとめとして農水省に示し、次の5年間の基本方針決定は先送りになった。農水省が地域、現場のヒアリングなどによって、問題点を整理し、どんな施策をとるのかを見たうえで改めて検討するという。

農水省の担当者によると来年度の予算要求にどんな施策を盛り込むか、8月末頃が目途のようだが、部会の指摘事項には抽象的なものもあり、どういう方向に収束するのか先が見えてこない。

ほんとうに栽培面積や販売額を増やしたいなら、わかりにくい制度を改正するとともに、補助金増額や認証費用への予算措置しかないと思う。有機農業は健康や環境に良いことを国民に知らしめれば、結果として有機農産物は売れて、栽培面積も自然に増えるだろうという期待は甘いと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介