科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ゲノム編集応用食品の運用ルール確定 パブコメ314件への厚労省の対応を読む

白井 洋一

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ゲノム編集技術を利用して品種改良した作物や魚などの商業販売の運用ルールが確定した。6月28日から7月26日に意見公募(パブリックコメント)をおこない、厚生労働省の対応方針が9月13日の厚労省薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会で明らかになった。

9月14日のNHKニュースによると、この後、ルールを定めた通知をだし、10月1日から相談窓口を開設し、開発者が商業販売できる体制を整えるという。

ゲノム編集技術を利用して作った生物は、3つのタイプに分け、外来遺伝子を導入せず、小規模な変異を誘導して、遺伝子の働きをなくすだけのもの(タイプ1)は規制の対象外とする方向で、環境省、農林水産省、厚労省、消費者庁は足並みをそろえてきた。

狙った部位を正確に切り取ったり導入できるのがゲノム編集の最大の利点だが、外来遺伝子を導入する場合(タイプ3)は、今までの遺伝子組換え生物、食品と同様に法律によって管理される。

中間のタイプ2は、開発者が申請してきたものをその都度、事例ごとに調べ、対象外かどうかを判断する。また、開発者がタイプ1だから、規制対象外だろうと勝手に判断せず、まずは厚労省の担当部局(新開発食品保健対策室)に相談するよう、「事前相談」を繰り返し求めているのが、今回の厚労省の運用ルールの特徴だ。

消費者団体やメディアは、法律に基づく厳しい規制や食品表示の義務化を求める意見が多い。一方、開発企業や研究者からは、タイプ1を規制対象外とするのは合理的だが、厚労省に情報提供するデータについて、その程度や範囲を明確にし過度の負担にならないよう求める声が多かった。

これらの意見、要望に対して、厚労省はどのように対応したのか。9月13日の食品衛生分科会の資料4-2「ゲノム編集技術応用食品および添加物の食品衛生上の取り扱い要領(案)」にあるパブコメの主な意見と厚労省の考え方を読んでみた。

●安全性審査、表示の義務化は盛り込まず

意見総数は314件(通)で1件に複数の意見もあった。資料4-2では一つ一つの意見は載せず、主な意見として項目ごとにまとめ、厚労省の考え方を示している。

安全性審査(130件)は、「すべてに安全性審査を義務付け、情報開示すべき」というものだが、省庁の基本方針通り、タイプ1は法による審査の対象外、タイプ3は審査の対象となるという答え。しかし法による審査の対象外だが、届け出の対象とするというのは、やはりわかりにくい。「ゲノム編集応用食品は新規の技術であり、知見、事例の収集をおこない、今後の適切な判断材料とするために、当面の間、開発者に情報提供してもらう」くらいの説明があったほうが親切だ。メディアも担当者が変わるので、ていねいな説明があったほうが良い。

「欧州司法裁判所の判断に則り、組換え食品のように安全審査を求めるべき」という意見の回答も不正確で誤解を招く。「欧州連合においては、ゲノム編集応用食品を実際どのように扱うかは現在も検討中と承知している」と答えているが、昨年7月に出された欧州司法裁の判断は最高裁判決のようなもので、タイプ1のゲノム編集食品は組換え食品と同じ法律で扱うことは決まっている。行政府や議会が法律を改正するかどうかがこれからの問題で、「現在も検討中」は不正確な表現だ。農水省や消費者庁の担当者も説明会でこのような発言をしていたが、修正してほしい。

「ゲノム編集食品には不安がある、消費者の選択の自由として表示を義務付けるべき」という意見は123件あった。これに対しては、「表示は消費者庁の担当。意見は消費者庁に伝達とする」と素っ気ない。消費者庁はタイプ1の食品に対してどんな表示ルールを提示するのだろうか? 厚労省が法による規制対象にしないものを、表示だけ義務化するのは無理だし、「ゲノム編集食品ではない」という「でない表示」を認めない場合(あるいは認める場合)、どんな法的根拠で通知文書を出すのだろうか? 最後の山場は表示ルールということになるが、分かりにくく、ネガティブなイメージをもたらすものにならないようにしてほしい。

「トレーサビリティ(生産流通の履歴管理、追跡可能性)を厚労省主導で確立すべき」という意見(88件)に対しては、「ゲノム編集技術を使った食品製造者は厚労省に届け出る。食品衛生法第3条で販売事業者は責務として履歴管理記録の保存が規定されている。したがって必要なトレーサビリティは確保されているものと認識している」という回答で、なにやら禅問答のようだ。厚労省は事業者に任意だが届け出を求め、従わない者や後から無届けが分った者は、事業者名を公表するから大丈夫というスタンスのようだが、これで世間一般が納得するだろうか。

●過大な情報提供にならないよう 開発者側の要求は盛り込まれたか

バイテクメーカーや研究者側が求めたのは、相談窓口に情報提供するのは良いが、提出するデータを合理的な範囲にとどめてほしいということだ。植物代謝に関与し、成分を大きく変えるものは、それなりのデータ提出が求められるが、関与する代謝産物のデータだけにすべきで、組換え食品の審査にように、栄養素成分全体の分析を求めると、測定数を増やすなど、膨大なデータになる。審査対象外と言いながら、結局、遺伝子組換え体並みの負担になるという心配からだ。

同様に、アレルゲンや有毒物質を産生していないことの確認も、一律に求めるのではなく、このような物質を作る可能性のあるものに限定するよう求めている。

これらの要求に対して、厚労省は個別に明確な回答はしていない。「まずは相談に来なさい。そこでどんなデータを出すべきか指示します」ということなのか。 開発者側の要求は消費者団体や一般人には受け入れられないかもしれないが、今までの組換え食品の審査が食品としての安全性審査の本質には関係しないデータまで求め、測定数や調査項目という見た目の充実に肥大していったことが背景にある(この問題は長くなるので「組換え体の安全審査の反省点」として改めて書く予定)。

開発者側は規制対象外とされたゲノム編集植物と従来育種による植物を掛け合わせた後代交配種についても、事前相談の対象としないことも求めていた。しかし、回答では「パブコメの多様な意見(67件)を踏まえ、今後継続して検討することとし、当面の間、厚労省に事前相談を行うこととする扱いに改める」とある。なにを今後継続して検討するのか? あいまいな回答だ。

この件に限らないが、「当面の間」がどのくらいの期間なのか、あるいはどんな状況に達するまで続けるのか、開発者側は常にチェックする必要がある。組換え食品の審査では、科学的にはあまり意味のない不要なデータの提出が、きちんと検証されず、延々と続いてきた側面がある。

●スタートが肝心 国内開発者の責任大 

パブコメでは「輸入食品の安全性の確保」として45件の意見があった。「輸入品は検証できず実効性がないので(届け出をする)国内の開発者のみに負担が生ずる」という意見に対し、厚労省は「英語版の厚労省ホームページや在京大使館を通じて海外への周知を図ることも検討している」と回答している。

これで効果があるのだろうか? 遺伝子組換え食品の場合は99%が大手バイテクメーカーの製品であり、関係団体に通知を出せば済む。大手以外の欧米の中堅メーカーも開発者を特定できる。しかし、ゲノム編集応用食品では、中国などカバーしきれない国の開発食品も出てくるだろう。タイプ1の場合は日本では規制対象外なので、「未承認品種の流入」といった問題にはならないだろうが、組換え体として扱われるタイプ3のようなゲノム編集食品が、事前相談なしで日本国内市場に流入したときは大きな問題となるだろう。

先のことを今から心配しても仕方ない。日本の開発者、研究者、大手の輸入業者は厚労省の「まずは事前相談に」の運用ルールに従って、ことを進めてほしい。手続き上のミスで、役所から摘発され、メディアや一部の団体から攻撃されないよう注意してほしい。そのうえで、科学的ではない、過度のデータ提供とならないこと、「当面の間」の期間の確認など、行政側としっかり向き合う努力、体制作りが必要だ。スタートが肝心だと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介