科学的根拠に基づく食情報を提供する消費者団体

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

ビタミンA強化米 ゴールデンライス フィリピン政府承認 商業栽培は実現するか

白井 洋一

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昨年(2019年)12月18日、国際イネ研究所(IRRI)は「フィリンピン政府がゴールデンライスの食品、飼料、加工用としての安全性を承認した」と発表した。実際に栽培が予定されている国では初めての承認だ。IRRIは、「すぐ商業栽培が始まるわけではないが、農家の水田を使った栽培が可能になり、実証試験、住民への普及・啓蒙活動が進むだろう」と期待している。

ゴールデンライスとは、ビタミンAの前駆物質であるベータカロチンを合成する遺伝子を導入した遺伝子組換えイネで、1990年代後半から研究・開発が進められてきた。米粒の色が黄色味を帯びているのでゴールデンライスと呼ばれる。

害虫抵抗性や除草剤耐性のトウモロコシやダイズなどは、大手バイテクメーカーの商品で、利益も栽培者だけと批判されるのに対し、ゴールデンライスは非営利の団体とアジアの途上国政府が共同で開発し、ビタミンA欠乏による夜盲症や免疫機能障害から農村の子供たちを救うということで、大いに期待されてきた。

しかし、開発当初は2~5年で実用化と言われたが実現せず、その後も「まもなく、あと数年以内には」の状態が繰り返されて、20年が過ぎた。近年、日本のメディアではほとんどニュースにならないので、「ようやく実現か」、「まだやっていたのか」、「ほんとうに商業栽培は成功するのか」など思いは様々だろう。

●なぜ20年もかかったのか

ここまで時間がかかった理由は、政府機関による安全審査のハードルの高さとグリンピースなど市民団体による政府を巻き込んだ強力な反対運動のためだ。開発に関わる知的所有権(特許権)をバイテクメーカーが抑えているのが問題とも言われたが、シンジェンタ社(スイス、2017年に中国のChemChinaに買収)は、2008年4月に特許権を無償提供している。

審査には食品としての安全性と、栽培する際の環境への影響があるが、食品の安全性は、特定の栄養成分の発現量を高めるため、医薬品と同じような審査が求められた。「安定した量が発現するのか」、「過剰発現のおそれはないのか」、「精米、炊飯による変化は」など、薬と同じような安定した発現性が求められる。動物試験だけでなく、ヒトを使った食餌試験も必要になる。

欠乏症対策としてビタミン補給は効果があるが、過剰摂取により子供や老人の健康に影響する場合もあるので、それ相応の臨床試験が求められる。組換え技術による医薬用食品という前例のない産物であることも、審査に時間を要することになった。さらに「人を使った食餌試験」も反対運動の標的になった。これまでの動きを振り返ってみる。

●これまでの主な出来事

1999年 スイスとドイツの研究者がゴールデンライス研究を開始。

2005年 ベータカロチン大幅増加イネの開発に成功。グリンピース、反対運動開始。

2008年 フィリピンの国際イネ研究所(IRRI)で試験栽培開始。フィリピン、ベトナム、インド、インドネシア、中国、バングラディシュが研究ネットワーク設立。シンジェンタ社、特許権を無償譲渡。

2008年 グリンピース、反対運動強化。反対理由は、「人を使った試験は危険」と「ビタミンA欠乏はホウレンソウやサツマイモを食べればよい。危険な組換えイネを食べる必要はない」の2つで、各国の活動家や政治家を巻き込んだ運動を展開。

2009年 ビル・ゲイツ財団、資金援助(3年間で2000万ドル、その後も支援継続)。

2009年 米国の研究所、中国の子供に親の承諾なしで食餌試験、グリンピースが抗議。

2011年 ヘレンケラー財団が研究開発支援。

2012年 中国の子供への食餌試験が論文(Am.J. Clinic Nutr)として公表。中国政府が内部規律違反として研究者3人を処分。
この事件は日本のメディアも「中国、組み換えコメの実験で補償 児童の親に一律8万元(約100万円)」(共同通信、2012年12月9日)の見出しで報じた。

2013年 フィリピンの栽培試験地で反対派が抜き取りなど妨害行動。

2015年 バングラディシュで現地品種に導入して試験栽培開始。

2016年 ノーベル賞受賞者100人以上が、ゴールデンライス開発を支援する共同声明。グリンピースに公開質問状を送るが、回答はなかった模様。

2017年 国際イネ研究所 比国だけでなく、米国、カナダ、豪州、ニュージーランドに食品安全審査を申請。いずれも2018年までに安全承認を得る。
これら4か国で実際に栽培する予定はないが、先進国で安全性承認を得ることのプラスのイメージ戦略があるとみられる。実際には、安全性未承認の組換え品種が輸出食品ルートに混入した際のトラブル防止対策になる。トラブル防止では、中国と欧州連合(EU)の安全性承認を得るのがもっとも重要だが、申請はしていない。両国の審査機関が簡単に承認するはずがないとわかっているからだろう。今後、EU、中国、そして日本への輸出米に微量の安全性未承認のゴールデンライスが検出されたとき、各国政府はどんな対応をするのか。日本は警戒すべき「未承認組換え品種(系統)」としてリストアップするのか注目される。

2019年 フィリピン政府が食品の安全性承認。

●これからの課題

冒頭のIRRIの発表でも、今回の承認は大きな成果だが、商業栽培が成功するにはまだいくつかの課題があると述べている。これから数年かけて、農民に栽培指導しなければならないし、農民だけでなく、コメを食べる人たちにゴールデンライスを正しく理解してもらう必要がある。

サイエンスニュース(2019年11月20日)も地元住民の理解が重要と書いている。バングラディシュでもまもなく安全性が承認され、栽培が始まる予定という記事だが、消費者の受容がカギだという。現地の品種に導入するので、風味や食感はほぼ同じだが、白米ではなく、黄色米なので拒否されないかという心配だ。バングラディシュでも反対運動は活発で、「黄色いコメは危険、食べるな」と不安を煽ることが予想される。

商業栽培への道のりを登山に例えれば、フィリピンで8合目、バングラディシュでは7合目というところだろうか。右肩上がりに普及して、全国どこでもゴールデンライスになる必要はない。ある程度の割合で普及し、地域にしっかり定着すれば成功だと思う。

●参考まで

私が独法・農業環境技術研究所に勤めていた時に書いたGMO情報「ビタミンA強化米 ゴールデンライスの開発阻害要因」(2007年8月)が、まだ読める。12年前の記事を読むと、実用化までに、なぜこんなに長い年月を要したのか、もっと短縮できる方法はなかったのかと改めて考えてしまった。

 

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介