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農と食の周辺情報|白井 洋一

どんなコラム?
一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介
プロフィール
1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

ネオニコチノイド系農薬とミツバチ 最近のうごき

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2020年8月25日

8月20日、農林水産省農薬対策室のサイトに農薬に関するよくある質問と題する15頁のリーフレットが更新された。

なぜ農薬を使わなければならないのか、殺虫・殺菌剤や除草剤を使わないで作物を栽培することの難しさを説明し、農薬の安全性はどのような基準で調べているのかなどを解説している。2018年に農薬取締法が改正され、来年(2021年)から再評価制度を導入すること、ネオニコチノイド系殺虫剤(以下、ネオニコ剤)によるミツバチへの影響評価もより充実させることなどを強調している。

本稿では農水省のリーフレットを紹介するのではなく、ネオニコ剤とミツバチ・ハナバチ類に関する、欧州、北米、日本の最近の動きを追ってみる。

●欧州 因果関係の科学的解明進まず

ネオニコ剤は天然のニコチンのように、昆虫の神経経路を阻害する殺虫剤だ。作物体内に浸透しやく殺虫効果が長く続くため、世界で広く利用されている。しかし、花粉に集まるハナバチ類にも悪影響を与えるため、使用禁止を求める動きも世界各地で広がっている。

欧州連合(EU)は2013年にネオニコ3剤(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム)をハナバチ類が多く集まるヒマワリ、ナタネ、トウモロコシで使用禁止にした。2018年には温室での使用を除き、すべての野外栽培作物で使用禁止となり、さらに他のネオニコ剤も規制強化する予定だ。

EUでは2013年に3剤を期限付きで使用禁止にしたとき、ハナバチ類減少の原因がほんとうにネオニコ剤によるものなのかを調査し、合理的な農薬管理策を作る予定だった。しかし、加盟国からの報告データが十分でない、複数の要因が絡み原因分析は難しいなどの理由で科学的解析は進まず、規制強化だけが政治的に先行した。

2020年7月28日、ネオニコ剤とハナバチ類の研究を担当している欧州食品安全機関(EFSA)は「農薬とミツバチの背景死亡率の根拠を評価」と題する報告書を発表した。

ネオニコ剤とハナバチの死亡の因果関係を明らかにしたものではない。これから詳しい原因分析をするうえで、いろいろな要因が絡んだままだと正確な分析ができない。養蜂で使われるセイヨウミツバチ、マルハナバチ類、単独性の野生ハナバチ(ハキリバチなど)ごとに、活動期間と非活動期間(冬季)の違いや、養蜂家による殺ダニ剤散布などの影響を考慮して、ハナバチ類の死亡率を評価したというものだ。マルハナバチや単独性ハナバチでは、結論を出すためのデータがまだ少ないなど、「これからさらなる調査が必要」というEFSAの研究中心主義の報告書で、ネオニコ剤とハナバチの死亡の因果関係はいつ解明されるのか疑わしくなるものだ。代替農薬がない農業現場の痛みなど全く感じられない科学レポートだ。

 ●フランス シュガービートへの使用認める

「フランス政府はシュガービート栽培にネオニコ剤の散布認める」とロイター通信(2020年8月6日)が報道した。

フランスはEUの中でも農薬使用に厳しい国だ。ネオニコ剤が禁止になるとナタネとシュガービート(テンサイ)の栽培が難しくなるので、特別に緊急使用を認めている国もある。フランスはこれまで特例使用は一切認めていなかったが、アブラムシが媒介するウイルス病への代替防除手段が見つからないため、3年間の使用を許可した。

「種子に粉衣処理するのは認めるが、畑で直接散布するのは認めない」、「ビートは花を付けないのでハナバチ類には影響しない」とフランス当局は弁解しているが、規制強化のとき、代替手段はあると言っていたはずだ。ビートだけでなく、大麦でもアブラムシが媒介するウイルス病の被害が心配されている。ネオニコ剤を禁止して、代わりの防除手段で作物生産が成り立つなら良いが、「やっぱりだめでした。特例で使用を認めます」では振り回されるのは農業者だけだ。ネオニコ剤禁止を主張する活動家や政治家はおそらく見て見ぬふりだろう。

 ●米国、カナダ 安全性の再評価進行中 

米国、カナダでもネオニコ剤への風当たりは厳しい。EUのような全面使用禁止ではないが、規制当局は現在、安全性評価の見直し作業中だ。

米国環境保護庁は2020年1月30日、「ネオニコ系5剤の中間評価書」を公表し、意見募集をおこなった。

EUが禁止した3剤(イミダクロプリド、クロチアニジン、チアメトキサム)とアセトアミプリド、ジノテフランの計5剤で、人への健康影響とハナバチなど訪花昆虫への影響を中心に評価している。中間評価のあと、最終評価書となるがまだ日程は決まっていない。

カナダ保健省も2020年1月16日、「ネオニコ3剤の安全性評価の進行状況」更新版を公表した。

対象はEUが禁止した3剤だ。米国、カナダとも評価項目は多岐にわたり、最終決定には時間がかかると説明している。カナダでは段階的に使用禁止に、米国でも開花時期の使用禁止など、現在より規制が厳しくなるだろうという報道は多いが、両国ともまだ最終決定ではない。

●日本、イネ害虫駆除の農薬使用制限へ?

2020年6月27日、毎日新聞の一面トップに「イネ害虫駆除農薬制限 ネオニコ系 ハチ大量死一因」と大見出しの記事が載った。

ミツバチ大量死の一因とされるネオニコ系農薬への規制を強化するため、環境省は農薬の安全性評価生物に野生のミツバチを追加する方針を固めた。農水省も4月に施行した改正農薬取締法で、影響評価対象に飼育用ミツバチを加え、ミツバチに被害を与えない使用法を農薬容器に表示することを義務付けた。ネオニコ剤の製造や使用方法が制限されることになる—という記事だ。

日本では主にイネの穀粒を吸い、斑点状の傷をつけるカメムシ類の防除にネオニコ剤が使われるが、イネの開花期にミツバチが集まるため、養蜂業に被害が出るというトラブルが報告されている。しかし、一面トップの大見出しは大げさだ。すぐにネオニコ剤の製造や使用が制限されるわけではない。

記事を書いた記者は、2020年6月26日に発表された野生ハナバチ類の扱いに関する環境省中央審議会の見解をもとにしたのだろう。

環境省の審議会(土壌農薬部会)は、「農薬登録する際の野生ハナバチ類の扱い方」について意見募集を経て承認した。日本では飼育用のセイヨウミツバチは農水省が、野生ハナバチ類(ニホンミツバチと在来マルハナバチ)は環境省が担当する(法律はどちらも農薬取締法)。農水省が2018年に法律を改正し、農薬登録の際にセイヨウミツバチも評価することになったのに続いて、環境省も野生ハナバチ類への影響を考慮することになった。

しかし、飼育されているセイヨウミツバチでも、個体レベルではなく巣群レベルで農薬の影響評価をするのは難しい。規制が先行したEUでも、参考となる研究事例は十分ではない。ましてや野生ハナバチとなると文献は限られている。今回の環境省の扱い方でも、セイヨウミツバチでの実験データを基にして、リスク評価をおこなうとしている。いろいろな変換係数、不確実係数を用いて、野生ハナバチ用の基準値を算出するようだが、実際の行動距離、移動範囲もよくわかっていない種も多いので、評価は難航するだろう。

●ミツバチ巣箱への被害は減少傾向

農水省は2020年8月3日「2019年度のミツバチ被害報告結果」を発表した。
毎年この時期に発表しているが、農薬が原因の可能性のあるミツバチ被害の事例報告は、43件(9道県)で、2018年度の21件(13道県)より大幅に増えている。北海道が20件増えたのが大きいが、2015年にも北海道が29件で全国合計(50)の半分以上を占めている。一方、秋田、神奈川、長崎では「ミツバチ大量死はネオニコ剤が原因、市民団体が使用禁止を求める」といった報道が時折マスメディアに載るが、農水省の発表では事故件数は近年はゼロだ。

自治体は「養蜂業者と水田の農薬散布者の間で適正な管理、情報の共有が行われているため」と回答している。ネオニコ禁止を訴える農民や消費者団体の事故件数はこの調査に入っていないのか。あるいは実際、養蜂業にとって重大な事故は起こっていないのか。この点が大いに気になる。

 ●ミツバチ、ハナバチ類の評価スケジュール

農水省がネオニコ剤の農薬登録評価にセイヨウミツバチを追加するのは2021年度からだ。いままでは一度農薬登録すればずっと使用できたが、欧米に合わせて再評価制度を導入した。ネオニコ剤だけでなくすべての農薬が対象で、使用量の多い農薬から評価し、除草剤グリホサートも初年度からの候補だ。

ネオニコ剤も早々に評価が始まる予定だが、ミツバチの個体レベルだけでなく、巣群レベルで実際に農薬に暴露されるシナリオに基づいた評価を目標としているので、現実に合った信頼できるデータが取れるのか疑問に思う。環境省の野生ハナバチ類を使った評価は農水省のセイヨウミツバチのデータを準用する予定なので、さらに不透明感が増す。セイヨウミツバチ、野生ハナバチを評価することは決まったが、評価の結論(使用制限や禁止)が出るにはかなり時間がかかるのではないか。

●コメの等級検査とネオニコ剤の関係

農薬のハナバチ類への影響評価とは別に、農水省では2019年に農産物検査規格検討会を立ち上げコメの規格や検査方法の見直しを検討している。これは2017年8月、農業の規制改革を推進し、競争力強化を掲げる安倍内閣の成長戦略によるもので、環境面からのものではない。

2018年2月15日の日本農業新聞は「コメ等級検査抜本見直し 2022年度までに等級廃止 農水省」の見出しで、1等、2等、3等という等級が廃止される可能性をあげた。

カメムシが稲穂を吸うと米粒が黒色化する。これが斑点米(着色粒)で、混入率0.1%(千粒に1粒)以下で1等、0.3%以下で2等、0.7%以下で3等となり、1等と比べ、2等では60キロあたり約600円、3等では約1600円も値段が下がる。少量の斑点米は色彩選別機で精米時に除去できるし、食味にはほとんど影響しない。コメの等級検査を廃止すればカメムシ防除用の無駄なネオニコ剤散布をなくせるという要望、不満は以前からあった。

2019年度の検討会では等級見直しの動きはなく、委員からも「等級廃止は消費者の検査制度への信頼低下につながる」、「今はみんなが農薬を散布しているから、カメムシによる斑点米も少ない。しかし等級を廃止すれば、防除しなくなるので被害粒は増えるだろう」など慎重意見が多く出た。後者の意見は斑点米問題に限らず、「作物栽培に農薬不要」論を唱える人たちにも考えてもらいたいことだ。

検討会では等級廃止や変更はしないことになったが、2020年度から農業者を対象にカメムシ防除のための農薬散布回数や水田の周囲の雑草防除について調査することになった(胴割粒・着色粒に関する調査)

カメムシは水田の周りのイネ科雑草にいたものが、雑草を防除したため水田に飛び込んでくるものが多い。さらに休耕田の雑草や麦畑から移動してくるカメムシも多い。これらの要因を総合して、ネオニコ剤を散布しなくても、イネの等級(品質)は確保できるのかどうかを地域単位で調査する必要があると思うが、実際には難しいだろう。なお、コメの等級については7月に政府の規制改革推進会議が「食味や食感など消費者のニーズを踏まえたものになっていない。新しい規格を策定すべきだ」と新たに注文を付けてきた。カメムシ斑点米問題とは別な観点から、等級制度が大きく変わる可能性もある。

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