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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

遺伝子組換え、新育種技術 日本学術会議からの提言を振り返る

白井 洋一

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日本学術会議会員の任命拒否問題が収まらない。105人の推薦候補のうち、6人だけ任命しなかった理由を問われた菅総理は最初は「総合的、俯瞰的に判断した。個別の人事の詳細は答えられない」と言っていた。これで押し切るつもりかと思っていたら、「学術会議は大した活動をしていない、税金で賄っているのだから行政改革が必要だ」とか「会員の構成が旧帝国大学に偏っている、多様性が大事だ」など後から次々と難癖をつけはじめた。

学術会議の会員構成や活動内容を見直すのは結構だが、それはきちんと世の中に手続きを公開してから始めるもので、今回の不意打ちのような任命拒否の理由にはならない。多くの人が指摘するように、争点ずらし、問題のすり替えだ。

ところで、当コラムでとりあげている遺伝子組換えやゲノム編集など新育種技術について、日本学術会議はこれまでにどんな提言をしてきたのだろうか。良い仕事をしていると思うか、大した事はやっていないと思うかは各人様々だろうが、過去の活動を振り返ってみた。

●答申、勧告、提言、報告などいろいろ

学術会議から発信される文書には、さまざまなものがある。

「答申」とは、政府からの問いかけに対する回答だ。「学術会議は過去に3回しか答申を出していない」「仕事をしていない」と自民党から批判されたが、政府から問いかけがなかったから、答申を出さなかったようだ。

「回答」とは、政府以外の関係機関からの審議依頼に対する回答で11回ある。

「勧告」とは、政府に対して実現を強く勧めるもので4回。

「要望」とは、政府や関係機関に実現を望む意思表示をするもの。分かりにくいが「勧告」よりは控えめなようで1回のみ。

「声明」とは、目的を遂行するために特に必要と考える事項について、意思を発表するもの。2017年3月に「軍事的安全保障研究に関する声明」を出し、軍事目的の研究を原則禁止する姿勢を示し、学術会議発のニュースとしては珍しくメディアに注目された。

「提言」報告」は、年に数十件ある。「提言」とは、委員会や分科会が実現を望む意見を発表するもの。「報告」とは、委員会や分科会の審議結果を発表するもの。2008年まではあわせて「対外報告」と称していた。提言と報告で重みが違うのかはっきりしない。悪く言えば「報告」は異なる人の書いた文書をただ綴じただけで、用語や文体の不統一が目立つなど、読みにくいものが多いというのが私の感想だ。

●バイテク作物関係では4つの提言・報告

バイテク作物関係を見ると、提言が1つ、報告が3つ出されている。

「報告 バイオテクノロジーの現状と課題」(1997年6月)

北米で組換え作物の商業栽培が始まり、日本でも研究開発が盛んになりつつあった頃。バイテク分野の研究者23人、他分野の研究者25人へのアンケート調査。所属の違いによる解析も不十分で内容は乏しい。その後の活動にも活かされなかったようだ。

「提言 遺伝子組換え植物研究と実用化に関する現状と問題点」(2010年7月)

国内では組換え作物・食品への懸念、反対が根強く、民間企業の撤退など研究機関でも危機感が高まっていた頃。植物の機能解析の戦略的取り組み、野外栽培試験地の整備、若手人材の育成、社会受容に向けての取り組みなど4つの提言をしている。提言の方向は正しいが、これを束ねる司令塔的な組織がなかった。1997年から13年間、何も発信していなかったのも問題だ。

「報告 遺伝子組換え作物実験施設の環境構築」(2011年4月)

バイテク作物と植物工場の研究者が共同した報告書。閉鎖系温室や特定網室での組換え作物栽培実験のデータベース化を推進し、医薬品など高付加価値のある植物は野外ではなく、閉鎖系の第2種利用で実用化を推進するべき。現実的な提言だが、その後、高付加価値植物の第2種利用の動きは進んでいない。

「報告 植物における新育種技術(New Plant Breeding Techniques)の現状と課題」(2014年8月)

2012年に人工制限酵素(クリスパーキャス9)の論文が発表され、農作物の品種改良でもゲノム編集技術への期待が高まり始めた頃。ただし当時はゲノム編集だけでなく、「遺伝子組換え技術を使うけれど、最終生産物に外来遺伝子が残っていない」技術をまとめて扱っていたが、その後、研究者はゲノム編集だけに偏重してしまった。

この報告は、当コラム「NBT 新育種技術って何? 組換え技術を使うけど組換えじゃない?」(2015年3月18日)でもとりあげ、以下のように書いた。
・市民、消費者の理解や社会・経済的影響も重要と書いている。しかし、専門分野以外の研究者には理解しにくい文章構成になっているのが残念だ。
・育種効率化技術と変異誘導などの技術は別な視点で考えるべきと書いているが、複数の研究者による寄せ集めレポートなので首尾一貫していない。

この報告に限らないが、複数の研究者が書いた文書を束ねただけの報告書は、文体、専門用語(略語)が統一していないことが多く、読みにくい。編集者が責任をもってていねいな作業を心掛ける必要がある。サービス精神の有無が問われるのだ。

このほか、関連分野では医学・医療領域におけるゲノム編集技術のあり方」(2017年9月)生物多様性条約、名古屋議定書におけるデジタル配列情報の取り扱い」(2018年1月)の提言書も出ている。

●政府との連携はいかにあるべきか

分野ごとの個別テーマだけでなく、「学術会議の機能強化について」(2011年7月)という大きなテーマの報告書も出ている。

提言ではなく、東日本大震災、原子力発電所事故直後でもあり、学者、学術会議会員向けの問題提起、意識の共有といった内容だ。その中の「政府との連携」ではこう書いてある。
・政府の現状認識、問題の把握等につき、政府とできる限り十分な情報共有と意見交換を行い、政府に対する助言・提言が有効かつ適切に形成できる基盤を構築することが重要。
・学術の立場から、科学者コミュニテイーを代表して、政府の政策に対し批判的な助言・提言を行うことのできる関係を構築しなければならない。(後略)

ごく当たり前の内容で、当時の民主党政権では、この文書に特に注文が付いたことはなかったようだ。しかし、その後のアベスガ政権は「政府の政策に対し批判的な助言・提言を行う」学者個人や集団の存在を煙たく思い、徐々に排除するようになったようだ。

 ●学術会議任命拒否は氷山の一角 

私は10月初旬、学術会議会員6人の任命拒否がニュースになったとき、とくに驚かなかった。気に入らない者は、徹底的につぶすアベスガ政権ならやりそうなことだと思った。世間一般からみて、大したことでなくても、アベスガ政権は容赦しない例を聞いていたからだ。

環境省中央環境審議会のある部会長の改選、再任に官邸筋から待ったがかかったことがある。2013年初旬、自民党が政権復帰した直後だ。部会長は民主党議員の選挙応援をしているという理由からだ。自民党政権の批判をしたわけではない。部会長は動物学者だが環境問題や原発事故対策でも根拠に基づいた中立的意見を言う人だ。応援した議員は同じ大学の同じ研究室の同級生だ。「友達の応援をして何が悪い。こちらから再任お断りだ」となったようだ。対象となった選挙区は菅総理(当時官房長官)の地元の神奈川県だ。

環境省や農林水産省の会議を傍聴していて、アベスガ政権になってから、ずいぶんと委員のメンバー構成が変わったなと感じることが多い。政府が任命し、税金で日当、交通費を出すのだから、政権に都合の悪い人を外すのは当然と考えているのだろう。

目障りな、気に入らない人間は、些細なことでも理由をつけて排除するのが、アベスガ政権では当たり前になり、政権の長期化とともに加速してきたのだろう。今回の学術会議6人の任命拒否は学術会議の独立性、学問の自由など大きな社会問題として注目されているが、今までにも委員や役職から外された研究者は複数人いるのではないか。学術会議の任命拒否は「負のアベスガ政治」の氷山の一角だと思う。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介