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執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

農と食の周辺情報

少子・高齢化社会 日本農業のゆくえも気になるが、学者の世界も深刻

白井 洋一

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人口減少時代の農業・農村

 今年(2012年)2月に政策研究大学院名誉教授・松谷明彦さんのセミナー「人口減少時代の農業・農村」を聴いた。

 松谷さんは大蔵省(今の財務省)のエリート官僚だったが、早くに学界に転じ、人口減少社会における経済分析で多くの論文、著書を出されている。「私も66歳の高齢者、死亡者の予備軍だ。今の若い人も20年、30年後の高齢者予備軍」と歯に衣を着せぬ語りが楽しい役人ぽくない人だ。「定年延長、もっと働こうと政府は言うが、55歳、少なくとも60歳になれば、労働効率は確実に落ちる。企業経営者側からすればたまったものではない」、「ワークシェアリング(一人あたりの労働時間を減らして、雇用を分け合う)も非現実的、絵に描いた餅だ」と政策にも厳しい。

 これからの農業でも、「付加価値の高い農作物による地域ブランド化は、流通コストがかかるし、競争も激しく、高齢者がやる農業には向かないのではないか」と懐疑的だ。「小麦やダイズなど穀物をもっと作るべき。パン向きの小麦は日本では作れないというが、日本の技術力で克服できるのではないか」、「野菜や果物でも東京や大阪に大量に売るのではなく、近くの中小都市をターゲットにすれば、流通コストもかからない。もっと近場に目を向けるべき」、「流通も自分たちでやり、生産したものを直接売れば自分たちの取り分は多くなる」などいくつかのアイデアを示された。

作られた団塊の世代

 松谷さんの講演は2005年にも聴いたことがある。そのとき印象に残ったのは、日本の急激な人口減少は政策的な結果によるものだということだ。第2次大戦後のベビーブーム(出生増)に対応するため、1948年に優生保護法が施行され、人口中絶が合法化された。これ以降、急激に出生数が減り、1946~1950年の数年間だけ突出して人口の多い、「団塊の世代」となった。

 欧米でも、第2次大戦後にベビーブームはあったが、ブーム後も緩やかに減少しており、日本のようないびつな人口構造にはならなかった。今回のセミナー資料の3頁目にも「人口をいじったことが、経済の縮小と財政・年金問題の根源」としてあげられている。

 松谷さんは「(優生保護法は)当時の状況からやむを得なかったところもあるが、やり方に問題があった。(日本人の)中絶への考え方が変わり、その後ずっと続いている。急に人口が減らなければ、今のような問題は起こらなかった」、「増やすにしても減らすにしても、国が人口をいじるとろくなことはない。その影響は50年、60年後に出てくる」と今回も述べていた。突出した人口増世代を、急激に減った若年層が支えていくのは確かに無理がある。

若手研究者の数が減っている

 国策で作られた団塊の世代の人たちに罪はないのだが、後に続く世代の就職を阻害しているとしたら問題だ。最近のネーチャー誌に「日本の若手研究者の数が減っている」という記事が載った。

 総合科学技術会議の調査によると、国立大学の研究職員は1980年には5万人だったが、2010年に6万3千人に増えた。しかし、35歳以下の若手研究者は1万人から6千8百人に減っており、その分、65歳以上の高齢者層が増えている。原因として、政府の政策が一貫していないことをあげている。1990年代には大学院を増やし、博士号取得者を量産した。

 しかし、2000年代に入ると、国家公務員の総定員抑制・削減政策に転じ、国立大学の教職員もこれに巻き込まれた。在職者のクビは切れないから、若手の新規採用が抑えられることになる。さらに、今まで定年が60歳や63歳だった大学も総じて65歳に延長し、運営交付金が減らされたことも、若手研究者の就職先を減らすことになったと指摘している。

 国立大学では国から支給される運営交付金が年々減っている。このままでは教職員の給料も減る。現役職員の給料を減らすか、それとも新規職員の採用枠を減らすか。議論の末、新規採用を抑制して、自らの給与水準を確保することにしたと私の出身大学の教授から聞いた。国立大学の教授クラスの年収は1200~1500万円のはずだ。運営交付金の削減率は年1%だから、年12~15万円の減収になる。大きい、生活に響くと言うかもしれないが、若手研究者を補充しないことによる大学、研究機関としての将来への悪影響は計り知れない。

 独立行政法人の研究所でも、年金の支給開始年齢が引き上げられたため、定年(60歳)以降も再雇用するようになった。しかし、これは研究所の総定員枠に含まれるため、新規の採用者が抑えられる。研究者がもっとも独創的な良い仕事をするのは30歳、40歳代であり、ごく一部の超人を除いて、50代後半や60代では研究活力は落ちる。年齢ととともに芸に磨きがかかり円熟味を増す役者の世界とはちがう。

2日間でも福島へは行きたくない

 東京電力福島第一原発事故に関連して、大学の先生方の悲しくかつ子供じみたニュースが2011年11月6日の河北新報(宮城県)に載った。

 2012年の経済学史学会を福島市で開催することになっていたのだが、二転三転の結果、福島開催は中止になったという。研究者が自分の研究成果を発表する場である学会は、全国の支部会が持ち回りで開催することが多い。経済学史学会は2011年5月に福島市(福島大学)で開催予定だったが、3月の震災、原発事故で会場を京都市に変更して11月に開催した。来年は福島で開催といったんは決まったが、「放射能汚染の心配がある福島に行くのはいや」、「余震が続いている。また大きな地震、事故があったら」との意見が出され、北海道小樽市に開催地を変えた。

 しかし、この変更に「福島を避けることは風評被害を助長することになるのでは」、「研究者団体としての社会的責任も考えるべき」との正論があがり、再度検討。学会員の投票の結果、やはり福島では開催しないことに決まったという。

 福島市は原発から直線で約60キロの距離にある。居住や立ち入りが制限されている地域ではない。そこでの2日間の学会である。子供を連れた女性研究者が多数参加する学会なのかと思ったが、学会ホームページの役員リストを見る限り、そうでもないようだ。社会科学系、文科系の学者の集まりだから、このような結論になったのだろうか。理科系の学者の集まりではこんな愚かなことはないと信じたい。

 放射性物質問題に限らず、「遺伝子組換え食品は危険。こんなものを食べつづけたら病気になる」とおっしゃる栄養学の大学教授の講演を聴いたことがある。「米国の食品安全基準はいい加減、牛肉の輸入審査基準をゆるめるな」と説く農業経済学の教授もいる。

 各国の制度や国際的な動向、新しい科学知見をろくに勉強せず、片寄った情報だけを流し続ける現役の学者達。彼ら彼女らは定年延長で居座り続ける。若年世代減少の中で、高齢者の割合はますます増えるが、大学や研究所の研究者高齢化はそれ以上だ。この構造を変える特効薬的な対策はおそらくないだろう。事態は深刻だ。

執筆者

白井 洋一

1955年生まれ。信州大学農学部修士課程修了後、害虫防除や遺伝子組換え作物の環境影響評価に従事。2011年退職し現在フリー

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一時、話題になったけど最近はマスコミに登場しないこと、ほとんどニュースにならないけど私たちの食生活、食料問題と密に関わる国内外のできごとをやや斜め目線で紹介